その後の月曜日
修へ贈る予定だった負け惜しみのグラスが完成したのは、修が消えたと連絡が来た日の一週間後だった。本当に消えたのかと疑うこともしなかった。
透がわざわざ連絡を入れたのだから、それはきっと本当のことだろうし、そう思ったから梨香は修の家に確認に行くこともしなかった。
あっさりしたものだと、梨香は自分でも思っていた。透の学校の課外授業もあり、この一週間は忙しかった。だから寂しさを感じる余裕もなかった。
しかし長い付き合いであったし、執着もした。だからこれから唐突にこれから悲しみを感じることもあるかもしれない。
梨香は意地でも自分からは連絡を取る気はなかった。それは文字通り意地であった。修がいなくなってみれば、嵐のようなもの思いも執着も嘘のようであった。
修が自分の元にいてくれればと今も思わないでもないが、このまま会わない期間が続けば、そのまま後ろめたい思い出ぐらいには変わる気がした。
冷却窯から取り出してゆっくり洗浄をすれば、グラスは商品として出しても申し分のない出来であった。自分で使うのもいいし、商品として考案し直してもいいだろう。ほんの微量の紫が青を引き立てる素晴らしい出来であった。
そうして洗浄をしていると、汗の引いて来た首筋に風を感じた。誰かが使うのだろうかと振りかえると、そこには今まさに考えていた修本人の姿があった。
「ただいま」
修は微笑む。梨香は笑うことも出来ずに、その場に立ちつくすばかりだった。修は梨香の傍まで来て、おかしそうに首をかしげて見せた。修からは、微かな酒の香りとシャンプーの香りがした。
「さっきの透みたいな顔をするんだな」
修は梨香にグラスを作業台に置かせると、汗をかいている梨香に構わずに静かに抱き寄せた。梨香は女の中でも長身の方だが、それでも修の肩口に顔を埋めることになる。
修の身体は温かく、先程までの決意が女の本能に嘘みたいに溶解していく。わかっているのだ。散々痛い目を見たというのに。ここで突き放さなければまた同じことの繰り返しだということも。
なのに梨香は自分がこれまでもこれからも何も変わらないということを本能のようななにかで直感していた。
「梨香は、いいね。やっぱり」
梨香の項に顔を埋めて、修がそう呟く。きっと違う角度で透にも同じようなことを言っているのに。わかっているのに、しかし梨香は振りほどけない。
修は作業台のグラスを指して、これが例のグラスなのかと聞いてきた。梨香が頷くと、修は抱擁を解いてグラスのネックの部分を摘んで持ち上げた。青と紺のグラデーションに練り上げられたネックは、修の手の中でさらに華奢に見える。
修はそれを唇まで持ち上げて、空のグラスの縁に口付けて見せた。
「ありがとう、梨香」
グラスの青に修の微笑みが透かされる。梨香は考えることを放棄して、再び温かい修の身体に腕を絡めた。そして二人に訪れるありふれた夜を想うのだ。