九話、あの日のリベンジ
ハワイから、南におよそ400海里の海上。
現地時間、午後8時。
“ザアア…”
一隻の軍艦が漆黒の中を航行していた。
「転舵ポイントまで、あとどのくらいだ?」
「4500ヤードです。11分ほどでしょう。」
CICでは、クルーが入念にルートの確認をしている。
この艦はアメリカの実験駆逐艦だ。ようやく実用化にこぎつけたレールガンや新型の武器菅制システムの他、イギリスが開発した戦略兵器を搭載できるようになっていた。
アメリカ政府は、テロリストに乗っ取られたも同然の世界政府に対するカードとしてイギリスの戦略兵器に期待を寄せていた。当然、そのプラットフォームとなるこの艦にもである。
「…?2時方向より接近中の艦艇を確認!」
「何?距離はどのくらいだ。」
「すでに20000ヤードを切りました。」
世界政府から新型艦の建造を禁止されているアメリカは、この艦の存在を公にすることができなかった。それゆえ、
「機関停止せよ。やり過ごす。」
「アイサー。機関停止!」
艦は徐々に速度を落とし、ついには停止した。
「アンノン、30ノットの高速で接近中。距離は6000ヤードを…、っ!」
レーダー員が息を呑む。
「どうした?」
「別バンド確認!射撃レーダー波です!」
「テロリストどもの艦か?対水上戦闘用意!機関始動!」
艦はすぐさま戦闘モードへと移行する。
「敵性艦、さらに接近!」
「警告を与えろ!対艦ミサイルへデータ入力!」
「相対距離、5000ヤード!…なっ!?」
「レーダー員、報告は正確にせよ!何があった!?」
「てっ敵性艦、さらに増速っ!60ノット…70ノット…!」
艦長は目を見張った。レーダースクリーンに映るグリップは、明らかに尋常ではない速度で迫っていた。
「敵性艦から応答、ありません!…対艦ミサイルの準備完了!」
「やむをえん、攻撃を…」
艦長が攻撃命令を下そうとした、まさにその時だった。
「ソナーに感!魚雷、…魚雷、ものすごい雷速で接近中!距離4000ヤードッ!」
「取舵一杯!デコイ投射せよっ!機関…」
取舵、それがアメリカ駆逐艦が最期にとった行動となってしまった。
“ドズゥーン…”
「っ!!」
重苦しい音が響く艦内。同時に左方向へと吹っ飛ばされた。
(そんなバカな…、4000ヤードも離れていたのに?一体何ノットの雷速を…!?)
衝撃波で軋む駆逐艦。いや、すでに駆逐艦という形状をしていなかった。
後には、暗闇に潜むかのような一隻の艦が、そこにいた…。
『…ポイントは北緯16°15′、東経128°19′。武装船などがいる可能性があるため、十分に注意するように。以上。』
「そのポイントだと…、あと2時間もあれば到達か。」
チャートを見ながらつぶやく橋本。
武たちが帰艦した後、司令部からお呼びがかかったのだ。民間漂流船舶の救助に向かわれたし、とのことだった。
「機関故障か…、それとも誘導機器の破損か…。」
「機関故障なら、本艦が曳航することもありえますね。」
三竹と橋本が、そんな会話を交わした時だった。
「対水上レーダーに感!10時方向!」
レーダー員の声が飛んできた。
「漂流船か?方向が違うようだが…。」
「確認せよ。識別急げ!」
橋本が命令を返した。
「IFFに反応あり!?…ああっ!」
びっくりしたような声。
「陽炎です!駆逐艦 陽炎!距離70キロ、15ノット前後で南下中!」
“カチッ”
橋本がサンドパワーへと叫ぶ。
「艦橋へCIC!10時方向より駆逐艦 陽炎接近!距離70キロ!」
まさか、こんなところで再会するとは思わなかった。一年ほど前の屈辱を思い起こす武。
「陽炎って…、あの時の艦だよね?」
「ああ…。」
重苦しい雰囲気を漂わせる武。正直、ぞっとする千早。
『艦長より全艦へ。これより本艦は陽炎と交戦に入る。対水上戦闘用意。』
攻撃命令が下る。
「漂流船舶の救助はいいのか?」
「おいおい、ドンパチおっぱじめんのかよ…。」
いきなりの戦闘命令に、戸惑うCICのクルーたち。
「静かに!命令は命令よ!…CIC了解。対水上戦闘、用ー意!」
橋本の一喝で、静まりかえるCIC。雰囲気は戦闘モードへと移っていった。
「対水上戦闘、用ー意!」
「陽炎、針路変更!…2-0-0…2-1-0、…2-2-0に転舵!」
距離が詰まる両艦。そこはもう、戦闘海域だった。
『CICへ艦橋。対空迎撃及びハープーン攻撃準備。陽炎の攻撃が確認され次第、ハープーンによる攻撃開始。』
「CIC了解。…真田、ハープーンのセット!スタンダードのイルミネーター、リンク確認!」
アイサー!の返答と同時に、データ入力をスタートする武。
「今度はしっかりとプレゼントしてやるからな…。」
「対空レーダーにミサイル反応っ!敵対艦ミサイル接近中!」
ちっ、向こうの方が早かったか。だが当たるかどうかは別問題だぜ。
「ハープーン、攻撃準備よし!」
「発射せよ!…艦橋、CIC!ハープーンによる攻撃開始をします!」
武が“FIRE”の表示に力を加える。
“シャアアアア…”
銛、それも武の意思を持った鋭い銛が「青葉」から放たれた。ブースターからジェットエンジンへ、青い炎を伸ばしていく。
「ハープーン、飛翔開始!…敵ミサイル、60キロに接近!」
「スタンダードの発射用意!発射数2発!」
てんてこ舞いの武。他のクルーに仕事を回したいが、それは橋本が許さない。
スタンダードのプログラミングを完了させる武。
“ググーッ”
「おっと。」
艦が転舵する。今頃、艦橋も戦場だろうな。
「スタンダード、準備よし。」
「了解。スタンダード、迎撃開始!」
雲浮かぶ空、そこに突き刺さんとばかりにスタンダードが舞い上がった。上空でクルリと向きを変え、
「スタンダード、飛翔開始!」
目的を果たすべく、太陽光をうけながら飛び去っていく。
『艦橋へCIC。ハープーン、第二波準備せよ。発射弾数2発。』
「CIC了解。…ハープーン、第二波攻撃用意!高空巡航とシースキミングに設定!」
武が了解の返答をする。高空巡航とシースキミングの併用は、橋本が大滝から教え込まれた戦術だった。
「それだけじゃあな。ちょっと味付けしておくか。」
あっという間に、ハープーンのプログラムを完成させる武。
「対空レーダーにミサイル反応!…陽炎、本艦のミサイルの迎撃を開始した模様!」
「真田 一曹!ハープーン第二波、攻撃開始!」
おいおい、まだ準備完了って言ってないぜ。…まっ、出来てるけどな。
「アイサー!ハープーン2、攻撃開始!」
再び「青葉」甲板に撒き散らされる発射煙。キャニスターランチャーから姿を現した、2発のハープーンミサイル。
“ゴオオオ…”
海面スレスレを亜音速で飛んでゆくハープーン。
「スタンダード、弾着まで5秒!…3…2…1!」
近接信管を作動させ、炸裂する弾頭。高温の熱波と衝撃波がミサイルを襲った。
“ズ、ズウウン…”
真ん中から真っ二つに折られるミサイル。そのまま海面に叩きつけられた。
“ザバアン!”
「スタンダード、目標に着弾!迎撃成功です。」
「よし、本艦のハープーンは?」
「第一波、たった今墜ちました!状況より、砲撃で迎撃された模様!」
“ザバン!”
「陽炎」を目の前にして海面に落ちる、「青葉」のハープーン。惜しくも銛は届かなかった。
「対空ミサイルは掻い潜ったんだな。それなら次は大丈夫だな。」
「陽炎」の第二波に備え、スタンダードのプログラムを開く武。
「対空レーダーに感!迎撃に上がった対空ミサイルの模様!」
「数はいくつだ?」
「2発です!ハープーンとの距離、40キロ!」
2発。橋本の顔が一瞬だがニヤけたのを千早は見逃さなかった。
「うわぁ…、あの人ニヤけてるよ。」
「作戦が上手いこといったからだろ。」
レーダースクリーンを見上げる武。「陽炎」のミサイルは、片方のハープーンにしか向かっていない。
“ゴゴオ…”
空中を飛翔するハープーン。それに2発のミサイルが喰らいついた。
“ドドン!”
重い音の後に、木っ端微塵に吹っ飛ばされたハープーン。破片が力なく海面へと舞い落ちる。
が、その爆発煙の下から姿を見せたのは、
「ハープーン残り1発、弾着まで20秒!」
“タンッ!タンッ!”
“ガララララ…”
「陽炎」の主砲とCIWSがうなる。が、それをあざ笑うかのように身を翻した「青葉」渾身の銛。
“ドン!”
272キログラムの高性能爆薬が「陽炎」のわき腹へと突き刺さる。
「ハープーン、陽炎への弾着を確認!」
“ギ、ギギィー…”
まるで断末魔の悲鳴のような「陽炎」の軋む音が響きわたった。