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八話、ようやく近づけた、かな?

 店に入ってきたのは、若い青年だった。武たちと同い年くらいだろうか。

「ふー。店長、いつものカレーちょうだい。」

 常連客らしい。はいよ、と軽く注文を受ける厨房の店長。

「仕事は終わったのかい。」

「今ちょうどですよ。終わるたびに、故郷へ帰りたいなぁなんて思っちゃって。」

「ほー、嫁さんでもいるのかい。」

「嫁はいないんですけど、これはいますからね。」

 そう言って小指を立てる青年。ハハハと店長の笑い声が聞こえた。

「そうかそうか。上手くいってるのかい?」

「いや、最近不機嫌でして。ちょっとしたことなんですけどね。」

 お冷を出しながら、真剣そうな顔をする店長。

「その油断、やめたほうがいいぞ。俺も昔、そうやって失敗した経験があるからな。」

「へぇ。店長にも青春時代があったんですか。」

「バカにするない。もう何十年前になるかね…」


 当時の俺は、日本で大手企業の社員やってた。自分で言うのもなんだが、いわゆる期待の新人ってヤツで忙しかったのを覚えてるよ。

 そんな中、とある商談を丸々まかされた。特別重要ってわけじゃなかったが、初めて一つの仕事を任された俺は張り切ったもんよ。

 その時、俺にはちょっと前に出来た彼女がいてな。仕事が忙しくなるあまり、彼女を放置しちまった。

「今日も仕事?まあしょうがないか。」

 元々、男勝りというか活発な彼女だったから大丈夫だと思ったんだ。…あの日がくるまではな。

“プルルルル…”

彼女はいつもなら昼休みあたりに電話をかけてくるが、今日は帰宅した後に電話が鳴った。

「…どうした、こんな時間に。」

『ねえ、本当に仕事忙しいの?』

「当たり前だろ。商談が近いんだ。今週も会えないな。」

 商談の日までは秒読みに入っていた俺の将来を賭けた、重要な仕事だ。

『ああわかったわよ!お仕事が忙しいのね!私は邪魔なのね!』

「お、おいおい…、仕事は忙しいが邪魔なんて言ってないだろう。」

 突然上がった声のトーンに、俺はびっくりするしかなかった。男勝りだが、急に怒り出すような短気な性格ではなかったと思っていたからだ。

『上辺だけの言葉なんていらないの!せいぜい、お仕事に精を出してくださいねっ!』

 明らかに怒り口調で言葉を並べられ、電話を切られた。

「…邪魔なんて一言も言ってないのに。」

 あまりにも短時間に起きた出来事で、俺は色々と整理がつかなかった。


 武はこの話に耳を傾けていた。別に意識して聞いていたわけではなかったが、どうも引っかかる部分があった。

(何かが…何かが似ている。)

「はいお客さん、日替わりの海鮮丼ね。」

 店長が厨房から手を伸ばし、トンと武の前に海鮮丼を置いた。

「で、その後どうなったんです?」

「なんだ続きが聞きたいのか?構わないけどな。」

 いつの間にか、千早も話を聞き始めていた。


 商談は上手くいったよ。おかげで俺は上司から珍しい誉め言葉を頂戴したもんだ。

 だけど心にはモヤモヤが残ってた。商談が終わった瞬間、急に彼女のことが気になりだしたんだ。

(あの怒り方は尋常じゃなかったな。機嫌を直してもらうか。)

さっそく彼女に電話した。そうだ、旅行にでも行くか。

『…はい。』

「仕事が片付いた。どこかに旅行でも行かないか?」

『…行きたくない。』

 よろこんでついてくると思った俺からすれば、予想外の返答だった。

「なんだ、風邪でも引いたか。」

『…風邪は引いてない。』

 やけに乗り気じゃないな。それでも俺は押したよ。

 『…わかった。熱海あたりでいい。』

 三十分くらい粘った末、彼女が疲れきった声でそう言った。

「そうか熱海か。また連絡するから、予定空けといてくれよ。」

 この時の俺は、この彼女からの合図を軽く見ていたんだな…。

 一週間とちょっと後、彼女を連れて熱海へ行った。シーズンから離れていたから、貸切気分を味わえたな。

「なんだか面白そうな店だな。ちょっと寄っていくか。」

「…うん。」

 色々まわったが、彼女に笑顔はなかった。それまでは笑顔がほとんどだっただけに、異様ともいえる雰囲気が漂っていた。

 そうこうしている内に、陽が落ちてきた。ちょうど浜辺へと立ち寄ったんだな。

 波の音の中、俺は意を決して彼女に話しかけた。

「仕事、忙しかったんだ。ゴメンな。」

「…うん。」

 返答の言葉は変わらなかった。笑顔もなかった。

(なぜこんなに不機嫌なんだ…。何をして欲しいんだ…。)

 商談の時よりも考えた。このままでは大切な彼女を失う、という不安が大きくなっていたからな。

「…お前、俺のことどう思ってるんだ?」

「…え?」

 彼女はびっくりしたように振り返った。俺もびっくりしたよ。分からなければ本人に訊くという、苦肉の策を実行しただけだったからな。

「俺はお前のことが好きだ。だからお前と離れたくはないんだ。」

「…。」

 イヤーな沈黙が下りた。あれほど心臓の鼓動がよく聞こえた日はなかったね。

「心配になったんだから…。私とは…その程度の…関係…だったのかなって…。」

 途中から涙声になってたっけ。まるで何かが弾けたみたいにね。

「ゴメンな。気づいてやれなくって。」


 カレーを差し出され、へぇ~と感心しながらスプーンをとる青年。

「じゃあ彼女とは仲直りできたんですか。」

「まあな。つまり、こっちが大したことないと思っていることでも、向こうはかなり気にしている可能性があるってことよ。」

「なるほど…。僕も気をつけないと。」

(向こうはかなり気にしている、か。)

 武の心の中に、何かしら決意が生まれた。


 その後、六人は再びビーチへと戻った。

「この前の水泳演習で落ちそうになったからなぁ。ちょっくら練習してくるわ。」

 もちろん、この酒田の台詞は真っ赤なウソである。四人の計画の最終手段、武と千早をビーチで二人っきりにすることだ。

「そうか…。」

 絶対に反対されるだろうと思っていた松平は、武のこの台詞に唖然としていた。

「どういう風の吹き回しでしょうね?」

「わからん…。とにかく計画どおりではある。」

 四人が木陰から見守る中、さっきと同じように千早は波打ち際で足を濡らしていた。

「千早…、ちょっといいか。」

 武が近づいた。返事をするわけでもなく、しかし拒みもしない千早。

「あの時は悪かった。素っ気無いこと言って…。」

「えっ、べ…別に気にしてないし。」

 プイッとそっぽを向く千早。

「俺、千早のことがただの幼馴染に思えなくなってきたなって、最近気付いたんだ。」

「あ、あっそう…。」

 言葉こそ素っ気ないが、明らかに気にしている様子だった。

「いや…あの時からかな?」

「な、何よあの時って…。ハッキリ言ってよ!」

 声が荒ぶる千早。武は声のトーンを変えずに続けた。

「バカだよな。なんで、あの時にそう言わなかったのかな。」

「あの時って…、あの時って…」

 千早の様子がおかしくなる。何かが壊れそうな感じに…。

「千早?」

 武が千早の顔を見ると、“あの時”の様な顔をしていた。

「どうしてあんなことしたんだろう?武が驚くとこ見てみたかっただけなのに。それで武が失神して心配して、でも武は私を幼馴染としか見てくれなくって、それで…」

 千早は、自分自身を追い詰める様に口走った。

「千早!」

 武は堪らず、千早を抱え込んだ。

「たけ…っ」

「そこまで追い詰めなくてもいいよ。俺こそ、そんな事言ってゴメン。」

 武は、千早の頭を撫でる。

「俺はたぶん、千早のことが気になってるんだと思う。…まだ正直に好きって言えないが。」

「…私が気になるなんて、武はロリコンだね。」

「ち、千早が大きくなってくれればいいじゃないか。」

 何言ってるのよもー!とようやく笑顔がこぼれた千早。

 そして、それを椰子の陰から見守っていた四人組は…。

「ふぅ。作戦成功だな。」

 一安心して安堵の息を吐く松平。

「一時はどうなるかと思ったよ…。」

 額の汗を拭う酒田。

「西園寺センパイ、嬉しそうですね。」

「ようやく暗いムードから解放される…。」

 漸く、息詰まりから開放される山本と石田。

 戻ってきた二人の姿を見て、一番安心しているのはこの四人であろう。


 青葉に戻り、第20兵員室

「真田、西園寺といい感じだったなぁ。」

「まあ真田にも春が来たってことか。ウンウン。」

 そしてこちらも計画通り、松平と酒田が武を攻め立てる。

「お、お前ら一体なぜ…。」

 やっちまった感で一杯の武。

 一方、青葉第21兵員室でも…。

「センパイ!本日は楽しかったですね~!」

「西園寺 一曹、真田 一曹とは今後どうされるんですか~?」

 こちらも、山本と石田が千早を弄っていた。

「ちょっ!何で…。」

 千早は冷や汗を垂らしていた。

「衣装のお返しです。」

「まだ覚えてたのー!?」


 後日、「真田一曹と西園寺一曹が付き合い始めた」と青葉艦内の噂で流れたそうな。

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