五話、夜に女子二人が男子二人に…
「ということで、今回は演習のレベルを上げてみたわけだが。」
艦橋で主要幹部を見渡しながら、反応を探る大滝。
「艦橋は大変なことになってたな、副長。」
「は、お恥ずかしながら。」
見れば何があったのか、顔を腫らしている和田。
「…プッ」
思わず吹いた橋本。ギロリと睨みつける和田だが、三竹も笑いをこらえている表情だ。
「CICはどうだ?砲雷長。」
「は、はい、えーとですね…。」
残念、笑いをこらえるので精一杯だ。
「ああ、私が代わりに。」
これは無理だと判断した三竹が声を上げる。
「処理が追いつかない部分が多々あったかと。対水上戦においては対空迎撃で手一杯になっておりました。」
「そうか。対潜戦闘の方は?」
「統合対潜戦闘装置を使いきれていないようです。あれがフルに使えれば、改善の余地があると思われますが…。」
六九式統合対潜戦闘装置とは、対潜用のいわばイージスシステムである。千早が文句垂れている通り、まだまだ問題が山積しているようだが…。
「ふむ…。」
艦長椅子で腕組みをする大滝。
「まあ、今回の任務は潜水艦相手ではありませんから…。水上目標の処理能力向上に絞ってみてはいかがでしょう。」
「長い目で見る必要もあるからなぁ…。それがいいかもしれん。」
小倉の意見具申に、一応の肯定を見せる大滝。
「今回の演習レベルの上昇は、不明艦を意識したものですよ…ね?」
橋本の質問に、首をゆっくりと縦に振る大滝。
「つまり、艦長は本艦が不明艦と戦闘をする可能性があるとお考えですか。」
「“仮に”どこかの非政府武装勢力の艦だとしたら、当然のごとく無力化の命令が飛んでくるだろうしな。」
とはいっても、今回は多数目標の同時対処と目的がズレてしまったな。
「フィリピンまでは、あと6日ある。少しづつ演習を厳しくしていくとしよう。」
「各員、指導を徹底するように。」
和田が締めくくり、首脳幹部たちが頷いた。
「…それで、ゆっくりと後ろを振り向くと、」
石田が無表情かつ抑揚のない声で言葉を並べる。
「…また血まみれの女の人っ!」
「きゃあああ~!」
「うわああああ!」
急に上がった石田の口調に、悲鳴を上げる山本&橋本。
夜、千早たちの部屋。部下だの上官だの、そんな面倒な関係はどこへやらのこの部屋で、誰が始めたのか怪談が語られていた。
「そんなに怖かった?」
千早がキョトンとした目で山本を見る。
「ええぇ、怖いですよ。」
橋本がウンウンと頷く。やはりエリートでも一般人並に怪談は怖いらしい。
「私もそこまで怖いとは思わないんですけどね。…あ、西園寺さん。」
時間ですね、行きましょうか。と石田がケロッと言う。
「うん、夜間見張り行ってきまーす。」
手を取り合って震えている山本と橋本を尻目に、部屋を出て行く千早と石田。
「お、おい待て。ななな、何か楽しい話はないのか?」
「そう言われましても…。遅れちゃうんで、失礼します。」
「や、ちょっ、怖いか…」
“パタン”
二等水兵と少佐、恐ろしいほどかけ離れた階級差だが、石田は冷静に橋本を振り切った。
「やっぱり、西園寺さんは強いですね。」
「そお?ああいう話が怖いとは思ったことはないケド。」
赤い艦内照明の下、廊下を歩く二人。小さな千早と大きな石田のコンビは姉妹にも見える。
“ガチャ”
扉を開け、艦外へと出る。砲身のないレールガンが鎮座する前甲板だ。
「ご苦労様。交替よ。」
「一曹、お疲れ様です。」
先に出ていたクルーを艦内に入れ、右舷を望む千早。
「…。」
夜間の見張りなど正直ヒマである。じいっと水平線を見つめているしかない。
「は~あぁ…。あ、そうだ。」
ちょっと面白いことを考えた。たしか武と酒田は、艦尾の見張りだったはず。
「琴音ちゃ~ん、ちょっといーい?」
千早は左舷側の琴音を呼んだ。
同時刻、艦尾のヘリ甲板。
「…月。」
「きつね。」
「…ね、ね。…ネコ。」
武と酒田。こちらはしりとりの真っ最中だ。よほどヒマと見える。
「コルセット。」
「…トマホーク。」
「それさっき言っただろ。」
「え、うそ。じゃあ…、トレンチ。」
えーと…。チで止まる武。
“コンコン”
んっ?と音の方向へと視線を移す武。
「私よ私。」
「なんだ千早か。何か用?」
「ちょっと言わなきゃならないことがあって。」
改まっている千早なんて珍しい。思わず、
「…どんな用件?」
と乗っかってしまった。
「…あのね、実はさっき見たの。」
「何を?」
「…女の人を。」
「は?」
なんだなんだ?と酒田が寄ってきた。
「誰だよ、それ?」
「わからないの。…もしかしたらね、」
「もしかしたら?」
酒田が訊き返す。
「…この艦に憑いている幽霊かも知れない。」
「え。」
ホントかよぉ~、と笑い飛ばす酒田。一方、武は
「ないない。ありえないから。」
棒読みで視線をズラしている。明らかに怖がっているようだ。
「…でも見たんだよ。」
「いつだよ?」
「…今。そこに。」
…二人は後ろを振り返った。
白い着物?に長い髪。明らかにこれは…
「うああああああああ!?」
「○×△□@#$%¥~!?」
悲鳴を上げる酒田。
「…プッ。」
アハハハハッとついに笑いが堪えきれなくなってしまった千早。
「こんなもので上手くいくとは…。」
「へ?へ?」
混乱を極めている酒田の前で、幽霊?が着物を脱いだ。
「え?…あっ、石田二水か。」
「どうも今晩は。上官がこれでは、部下はついてきませんよ?」
ウフフッと笑みを浮かべる石田。冷静に指摘され、面目丸つぶれの酒田。
「おーい、何かあったのかぁ?」
悲鳴が聞こえたらしく、クルー数人がやってきた。
「何でもなーい!誤認よ誤認ー!」
走ってくるクルーを追い返し、大事になるのを防いだ。
「し、しかし…、この暗さだとキクな…。」
「酒田 二曹、そこで腰を抜かしている暇があったら手伝ってくださいよ。」
「手伝う?これをか!?」
「そんなわけないでしょう。」
千早があわてて担架を持ってきた。石田の指す方向へと目を向ける。
「あ…。」
見れば武がカンペキに伸びていた。
「こいつ、こんなに弱かったっけ?」
「武はね、けっこう怖がりなの。ここまでとは思わなかったけど。」
ズリズリと担架に引きづり上げると、
「ハイよろしく。」
「…俺?」
「文句言わない。上官命令よ。」
「普通は担架って二人で運ぶものだけどなぁ…。」
しかも脅かしたのそっちなのに…。なんか色々と矛盾しているような気もするが。
「あーもー担架いらん!」
結局、担いで医務室まで武を運んでいく酒田。
「…さて、戻りましょうか。」
「でもよく成功したね~。」
「真田 一曹、大丈夫なんですか?」
大丈夫よ、あれくらいなら。と、信頼性に欠ける笑顔を見せる千早だった。