四話、青葉、新たなる船出
次の日、「青葉」は出港の時刻を迎えていた。
“ボオオオ…”
横須賀の地に響き渡る、「青葉」の汽笛。
「総員、帽振れーっ!」
武の力強い声に、艦舷に並んだクルー達が一斉に帽子を振り始める。港からも、振っている帽子が見えた。
「おい真田。」
帽子を被りなおし、艦内へ戻ろうとした時だった。
「何です?先任伍長。」
原田に呼び止められた。
「酒田はどうした?甲板にいないじゃないか。」
「あれ?さっき見ましたが…。千早!」
上手いとこ近くにいた千早を呼び止める。
「ふええ?」
「酒田知らない?」
「うん知らない。」
いいテンポでアッサリと受け流され、呆然となる武。
「…あー、」
「じゃあね~。」
武が二言目を発する前に、さっさと逃げる千早。
「あの~真田 一曹、先任伍長、酒田なら体調不良です…。」
いつの間にいたのか、松平が申し訳なさそうに報告を入れる。
「体調不良?報告はこなかったぞ?」
「急に崩したらしくって…。何でも、昨日に呑みすぎたとか。」
「まったく…。調子に乗りおって。」
腕組みしながら艦内へと戻る原田。
酒田 実は武たちの同期だ。クルーの中のムードメーカー的存在も兼ねているが…。
「まあ確かに、調子に乗りすぎるのがあいつの良くないトコだよなぁ。」
部屋へと艦内廊下を歩きながら、同期らしい会話の武と松平。
「甲板掃除でもやらせるか。」
「いや、夜間ワッチでも一回やってもらおう。」
あれこれ罰(笑)を考えながら、第20兵員室へと入る。
“ガチャ”
「酒田ー、大丈夫…じゃなさそうだな。」
ベッドの下段でノビている酒田がいた。作り笑顔の顔は真っ青だ。
「なぁに、どうってことない。少し呑みすぎただけだ。」
「少しには見えねーな。」
ホレ、と松平がペットボトルの水を渡す。…少々強めに。
「ぐえ。」
「それでも飲んどけ。見張りは休ませないからな。」
うへえ、という顔の酒田を見つつ、武は自分のベッドへと上った。
特務の為、第1艦隊から第8艦隊へと所属が変更となった「青葉」。表向きは「復帰訓練を兼ねての、東南アジア紛争鎮静化の増援」として、一路フィリピンを目指していた。
単艦で太平洋を疾走する「青葉」。そのCICには、武と千早の姿があった。
「秋恵ちゃん、大学留年が決まったらしいよ。」
「秋恵ちゃんて、松山 秋恵さん?」
「そうそう。必修科目また落としたんだって。」
「そんなに頭悪かったような印象ないけどなぁ…。」
高校時代の友達の近況を、千早から聞く武。そういえば誰とも顔を合わせてないなあ…。
『教練開始10分前。』
艦内放送でこだまする、大滝の声。
「トイレ行ってこよっと。」
すいませーん、トイレ行ってきまーす♪と椅子から立つ千早。
「なんだ、久々の演習に緊張でも…」
チャートテーブルを背にしていた橋本が、冗談交じりに気味に言った瞬間だった。
『あ、間違えた。教練開始。』
間違えたって何!?!?と、心中激しいツッコミを入れる武。なお千早はズッコケている。
「西園寺戻れ!た、対水上戦闘用意…!」
橋本ですら、いそいで演習用のタイムシートを出している最中だ。
「た、対水上戦闘、用ー意!も、目標は方位3-2-0…」
とたんにCICは、慌てふためくクルーの姿が目立つようになった。
『CICへ艦橋。攻撃に備え対空戦闘用意。並列してハープーン攻撃用意。』
「CIC了解。…対空戦闘用意。迎撃準備を優先!」
「アイサー。スタンダードの攻撃準備に入ります。」
とりあえずSAMの準備っと。しかし、防御優先とは珍しいな。
「目標、針路2-1-0に転針!距離60キロを切った模様!」
「了解!…艦橋、CIC。目標艦が針路を2-1-0に変更。」
『艦橋了解。』
グーッと重力の加わり方が変わる。艦橋で針路変更の命令が出たのであろう。
「スタンダードの準備よし!」
「対空レーダーに感っ!…ミサイルと認む!距離50キロ!」
タイミングよく、レーダーにグリップが浮かび上がる。
「よーし、スタンダードを目標に…」
と言って転送されてきたデータには、目標数が4。
「はいい!?」
いやイージスシステムあるけどさ、普通は1発か2発でしょ。ちゃんと言ってよ電測員。
「新たな水上目標探知!方位0-6-0、距離85キロ!」
「艦橋へCIC!方位0-6-0、距離85キロに新たな水上目標探知!」
『CICへ艦橋。目標アルファへの攻撃を開始せよ。』
うわぁメチャクチャ…、と千早から漏れ出した声。
「スタンダードの攻撃準備よし!」
「スタンダード、発射!」
レーダースクリーンに、4つのグリップが同時に現れた。
「ミサイル4、さらに接近!距離40キロ!」
「ミサイル員、そのままハープーンの準備!砲術士、レールガンによる迎撃に備え!」
橋本が声を飛ばす。
「アイサー!」
「了解です!」
手を忙しなく動かす武。隣では、仕事のない千早がポケーっと見ている。
「対空レーダーに感!…目標ベータのミサイルの模様!距離80キロ!」
「数はいくつだぁ!」
思わず叫んだ武。今度は8とか言われたら、たまったもんじゃない。
「対空目標は2!…目標アルファ、針路変更!…1-1-0よりさらに転舵中!」
「スタンダード、攻撃用意!目標ベータからのミサイルを迎撃せよ!」
「アイサー!スタンダードの攻撃準備に入ります!」
忙しいせいか、それとも久しぶりの実戦演習だからなのか、声に力みが出る武。
「スタンダード、準備よし!」
手っ取り早くセットを終わらせる武。
「了解!スタンダード、攻撃かい…」
「新たな対空目標探知!…0-6-0よりミサイル2、距離35キロ!」
橋本の声を遮る、レーダー員の報告。
「くうっ、先のスタンダードの目標を変更!」
「アイサー!」
返答もそこそこに、設定変更に取り掛かる武。
「スタンダード、目標アルファのミサイルに到達!…1発命中せず!」
「砲術士、撃ちもらしたミサイルの迎撃用意!…ミサイル員、スタンダードの設定変更が完了し次第発射!」
「アイサー!レールガン、オールグリーン!」
スクリーンには、CICの忙しなさを物語るかのように多くのグリップが表示されていた。
「スタンダード、攻撃開始!」
そのスクリーンに、新たなグリップが追加される。忙しなさが増幅するかのように。
「レールガン、射撃目標確認!…射撃準備よし!」
「撃ち方始め!」
橋本の高い声が響き渡った。
『…教練、水上戦闘用具収め。』
演習終了の放送に、サンドパワーを外し息をつく乗員たち。
「ん~…、はぁっ。」
大きく伸びをする千早。後半戦にはしっかりと潜水艦3隻の相手をやらされた。
「今日はやけに厳しかったな。」
やはり間隔が開くと鈍るのか?いや、それでも今日は忙しかった。
「飛来数12に対し、被弾は0と。…結局、攻撃は出来なかったか。」
橋本が演習評価表をボールペンで埋めている。納得のいかない顔だ。
「あームリムリ。3隻同時に相手にしろって言われても、指は二本しかないよ…。」
ブーブーと千早が愚痴る。
「指は二本しかないが、対潜版イージスみたいなシステムがなかったっけ?」
「あるのと使えるのとは、また別なんだから。いちいち起動しなきゃならないし、アレ動作が安定しないのよね。」
「ふーん。」
プロトタイプと聞いていたが、そんなに使いづらいものなのか。
「針路の報告は後でいい。方位と距離を優先的に伝えろ。」
三竹がレーダー員への指導をしているのを横目に、武はシステムを演習モードから切り替えた。
対地巡航ミサイル2発、ハープーン対艦ミサイル8発、スタンダード対空ミサイル24発…。ディスプレイに出ている「青葉」のメインウェポンだ。
『副長より砲雷長、船務長、機関長。演習評価が済み次第、評価表を持参し艦橋に集合せよ。』
「三竹 少佐、行きましょう。仁科 大尉、後はお願い。」
「は、承知しました。」
砲術長にCICを任せると、三竹と共にCICの扉を開ける橋本。