一八話、見えなかった未来
不明艦、CIC。
「ちっ。少し見くびりすぎたか。」
悔しそうな顔のヤンネ。北島も厳しい顔つきをしている。
「まさか、この世界で全速を出すことになるとは…。」
「本艦も駆逐艦です。例え短魚雷でも、当たれば被害は甚大になるでしょう。回避は不可欠だったかと。」
少々、ざわつきの出るCIC。
「手間をかけさせるやつには仕置きが必要だな。…光子弾の発射用意!」
「こ、光子弾の使用は禁止されています!」
「構わん!跡形もなく消滅させてやる!」
クルー相手にヒートアップするヤンネの肩を、トントンとやさしく叩く北島。
「艦長、どうか気をお静め下さい。我々の任務は青葉の撃沈です。」
「そんなことはわかっている!」
「ですが、光子弾を使えばこの世界のバランスが崩れてしまいます。崩れたバランスまでは、我々でも修正することは不可能でしょう。」
「だがな、だが…。」
「どうか冷静に。魚雷の信管セットと展開角を変更し、時間差攻撃を仕掛けましょう。ヤンネ艦長の腕であれば、そう難しいことではありますまい。」
北島の落ち着いた声に、力を抜くヤンネ。ふうっと息をつく北島。
「砲雷長、魚雷の信管を3秒の遅発にセット。展開角を2.5度にし、時間差で発射。」
「は、了解しました。」
北島の言葉と行動に、再び余裕を取り戻しつつあるCIC。
「艦長、青葉の艦首方向から接近し相対速度を稼ぎましょう。反航の一瞬を狙います。」
「わかった。…機関そのまま、針路2-7-0。」
“ザアア…”
158ノットという信じられない速度で疾走する不明艦。併走している青葉をすぐに抜いた。
「よし転舵、取舵90。」
「取舵90。」
クイックターンで90度曲がる不明艦。今度は青葉との距離をドンドン詰めていく。
「魚雷発射用意。展開角2.5度。」
「…発射用意よし。」
また、魚雷管が青葉を捉えた。
青葉、CIC。
「システムチェック3回目、終了しました。エラーは全くありません。」
『CICへダメコンルーム。電算機能に異常なし。システムオールグリーン。』
ダメコンルームからもチェックを試みたが、結果は“シロ”だった。
「目標アルファ、高速で接近します!距離30キロ!」
「今度はどうするつもりだ?魚雷はまだ残ってるのか?」
次のアクションを決められない大滝。
「艦長、ハープーンが一発残っています。それに賭けましょう。」
「しかないな。…ミサイル員、ハープーン発射用意。」
大滝の命令に、武が指を動かし始める。
「確か、先の攻撃ではアスロックは2発着水したな。」
「つまり、対処能力は4発同時までの可能性がありますね。」
また囮を使うか…。正直、打つ手が他に出てこない。
「艦長、緊急菅制モードでは対処できませんかね?」
「あれは対複数のときが有効なだけだ。しかも、今回は尋常な相手じゃない。」
「では全ミサイルを使っての飽和攻撃はどうでしょうか?」
「それは考えたが…。」
それが確実か?スタンダード辺りでも、真田 一曹なら水上目標にブチ込めるはずだ。
「ハープーン、セット完了しました。」
「それでいこう。真田 一曹、全ミサイルのプログラムを目標アルファにセットしてくれ。同時に弾着するような格好でお願いする。」
「全部って、全部ですか?」
「そうだ。アスロックもスタンダードも、本艦に搭載されているミサイル全部だ。」
もはやメチャクチャな命令だとは思わなかった。常識的な手段では、とても相手にできない目標がいるから。
「わかりました。」
それだけ言うと、プログラムの入力し始める武。千早も、アスロックの弾頭魚雷の諸元入力を始める。
「目標アルファ、25キロに接近!」
「レールガン射撃用意。ミサイルの飽和攻撃と同時に、できる限りの火力を叩きつける。」
「はっ。…前部、後部レールガン、射撃用ー意!」
“ウィィン…、ガッ!”
不明艦を真っ直ぐ捉える、2基のレールガン。158ノットの目標に対しても、照準を合わせている。
「短魚雷の準備…、いや、まだ装填が終わっていないか。」
「実質、これが最後の攻撃になるかもしれませんね。」
橋本の重い言葉に、ゆっくりと首を縦に振る大滝。
「20キロポイントで攻撃開始だ。…決着をつけるぞ。」
「ハッ!」
レーダースクリーン上のグリップが、恐ろしい速度で近づいてくる。
「20キロまであと10秒。…5…4…3…2…1…」
「ミサイル、攻撃開始!全弾放て!」
大滝の怒号が飛んだ。
不明艦、CIC。
「青葉よりミサイル攻撃!…目標多数接近!」
「攻撃を優先する!魚雷発射!」
「魚雷発射!」
“ズバババババッ!”
5本の魚雷が飛び出して行った。程なく雷速は500ノットを超える。
「対空レーダーに多数の反応!ゆうに100を超えます!」
「自棄になったな。残念ながら青葉は終わりだ。」
冷静に迎撃を命じる北島。
「双曲正弦波レーザー、迎撃始め。」
北島の命令と同時に、紅い光がミサイルに照射される。
“ドドォン!”
熱波で膨れ上がるミサイル。直後に炸裂する。
“グワン!”
「無駄な悪あがきだ。」
“ドドーン!”
青葉のミサイルたちは、その数を急速に減らしていった。希望の光が消え逝くかのように。
「レールガンの砲撃が止みました。相対距離15キロ。」
「どんな艦長でも、最後は自棄になってしまう。それは仕方のないことだ。」
ヤンネがそうこぼした直後だった。
「ミサイル1!展開防御をすり抜け接近中!距離100!」
「なんだとっ!」
不明艦を、武渾身のハープーンが完全補足した。
青葉、CIC。
「魚雷きますっ!距離10000から急速接近中!」
青葉はそれどころではなかった。目の前の危機回避に奮闘する大滝。
「面舵一杯!左舷バウスラスター起動!」
完全なる命中コース。
「やられたか…。さっきとは射線が明らかに違う。」
敗北感を感じた大滝。
「レールガン俯角最大!魚雷を破壊せよ!」
橋本のとっさの判断で、砲弾が魚雷を襲う。
「ダメです!当たりません!」
「魚雷、命中コース!距離2000!」
「総員、対ショック姿勢とれーっ!」
大滝が発した声。誰もが躊躇わず、頭を抱えた。
(当たるのか…。)
武の頭に、不安が浮かんだ。
(衝撃はどのくらいだろうか?吹っ飛ばされるのだろうか?ひょっとしたら…)
長いような、短いような時間。心の声が聞こえては消え去っていく。
“…ドオオン!!!”
その時間はやってきた。轟音、持ち上げられるような衝撃。身体が右に左に揺さぶられる。
「艦、後部に魚雷命中!」
“ギイイイー…”
気味の悪い音が聞こえてくる。
“ジリリリリ…!”
「被害状況報告!」
「艦後部、VLS付近に魚雷1が命中!大量の浸水が発生中です!」
『CICへダメコン!機関停止!再始動不可!』
『CICへ艦橋!衝撃で負傷者発生!』
警報音が青葉の悲鳴のように響き渡る。体が思うように動かない。
「艦傾斜、右舷に10度!さらに増加中!」
「排水ポンプ作動させて!バラスト全ブロー!」
必死に命令を下す橋本の肩を、ポンと叩く大滝。
「少佐、ご苦労だった。これ以上は無理だ。」
「でっですが!」
「もういい。…これ以上は、人的被害が出るだけだ。」
そう言って立ち上がる大滝。傾斜にフラフラしながらも、マイクを掴んだ。
「…艦長より全艦に達する。本艦は現在、所属不明艦である目標と戦闘し、戦闘継続不可能なダメージを被った。」
騒いでいたクルーが静まり始める。誰もが大滝の声に耳を傾けていた。
「ここまでの健闘、艦長として感謝する。…総員、退艦!」
最後を語尾を強めた大滝。
「橋本 少佐、CICのクルーを連れて退艦だ。先導できるな?」
「艦長はどうするおつもりですか!?」
橋本の強い声に、大滝は笑みを見せた。
「何を心配しとるんだ。俺も降りるよ。」