一七話、未知数との対決
ソナースクリーンに現れた5つのグリップ。信じられない速度でグングン接近してきた。
「面舵45!左舷バウスラスター起動!」
とっさの命令を下す大滝。艦が思いっきり左へと傾いた。
「雷速500ノット以上!命中します!」
距離表示が赤字になった。わずか100メートル。
「くう…っ。」
コンソールにしがみ付く武。衝撃を覚悟した。
「魚雷、全弾回避しました。後方1000メートル!」
「ヤツはどうなった!?」
不明艦のグリップは遠ざかっていく。
「目標アルファ、針路を0-3-0に変え逃走中!距離20キロ!」
「追い討ちをかけろ!ハープーンは準備できたか!?」
大滝の声に完了を伝える武。
「よし、全弾攻撃開始!」
「アイサー!ハープーン、攻撃開始!」
青葉の甲板を照らし、4本の銛が発射されていく。
“ゴオオ…”
すぐさま高度を低くとると、背を向ける不明艦へと突っ込んでいく。
「ハープーン、飛翔開始!弾着まで70秒!」
青いジェットを放ち、4発のハープーンは不明艦を襲う。
…はずだった。
「ハープーン、終末誘導に移行!弾着まで…、なっ!」
「どうした!?」
「ハープーン、全弾撃墜されました!近接防御兵器の模様!」
グッと唇を噛む武。当てられなかったのか…。
「レールガン、即応弾がなくなりました。ただちに補給を開始します。」
レールガンの射撃が、青葉の攻撃が止まった…。
不明艦、CIC。
「双曲正弦波レーザーにてミサイルを迎撃。全弾撃ち落としました。」
「現在、青葉との距離30キロ。」
落ち着きのあるクルーの報告。ヤンネは帽子を被りなおした。
「魚雷を回避したということは、逃げ道へ逃げ込んだか。」
「は。あの短時間で唯一の回避航路に捻じ込んできました。」
北島の言葉に、ふっと笑みを浮かべるヤンネ。
「操艦技術は確かなものらしいな。が、その旧式艦でどこまでいけるかな?」
魚雷の再装填は?と報告を求めた。
「あと30秒もあれば可能かと。」
「よし、30秒後に転舵だ。第二次攻撃を仕掛ける。」
「了解しました。」
不明艦のCICは、第二次攻撃に備え準備を進めにかかった。
「転舵開始!面舵180度!」
「ハッ!面舵180度!」
クッと船体を曲げ、一瞬で180度転舵を完了させる不明艦。艦とは思えない機動性だ。
「機関半速。針路2-1-0。」
「機関半ー速!」
海上を滑っていく不明艦。速度は瞬く間に80ノットに達した。
「青葉、キャパシタの充電を開始した模様!」
「針路修正、面舵40!そのまま回避転舵用意!」
『回避転舵用ー意。…用意よし!』
直後、青葉から蒼い閃光がほとばしった。
“クッ”
刹那で船体の向きを変える不明艦。右舷に水柱が上がった。
『回避完了。以後、続行します。』
次々と襲い掛かる砲弾を、次々と回避していく不明艦。まるで遊んでいるイルカのようだ。
「魚雷発射用意。展開角は20度。」
「了解です。…魚雷発射用ー意。展開角20。」
“ゴクンッ!”
旧日本海軍を思わせる、五連装の魚雷発射管が青葉へと向いた。
「発射だ。これで仕留めろ。」
「攻撃始め。…撃てーッ!」
“ズバン!”
5本の魚雷が不明艦から放たれる。
“シャアアアア…!”
その雷速は、あっという間に500ノットを超えた。
「魚雷の展開確認。」
魚雷は真っ直ぐ青葉を捉えた。
「青葉、急速転舵します。針路2-4-0。」
「遅いな。残念だが艦長の腕ではなく、越えられない艦のスペックだ。」
ヤンネは艦長椅子に座りなおした。
「命中まで10秒!命中確実コース!」
「青葉か。面白い艦だったが…」
「ソナーに感っ!…ぎょ、魚雷1本が迎撃されました!」
その時、ヤンネの言葉が遮られた。信じがたい報告に、顔を上げるヤンネ。
「な、なんだとっ!?」
大きなソナースクリーン。そこの“CG Aoba”の文字は健在だった。
青葉、CIC。
「ふぅーっ…。」
大きく息を吐く千早。
「魚雷、木っ端微塵に吹っ飛びました。不明艦、再度遠ざかります。」
「了解。…西園寺 一曹、見事だ。」
戦闘中、初めて大滝の顔に笑顔が見えた。思わず表情が和らぐ千早。
「命中コースということは、確実に仕留めにきたな。」
「ええ。ですが、これで不意をつけることでしょう。」
「反撃に転じる!砲雷長、アスロックの準備だ。」
「アスロックですか!?」
突拍子もない指示に、驚きの声を上げる橋本。
「ハープーンでは迎撃されるだろう。だが短魚雷であればいけるかもしれん。」
「しかし、相手は80ノットですよ?」
「対空迎撃中は針路を変えなかったからな。ハープーンを囮に使えば、針路上にバラ撒ける。」
納得しきれていない様子だが、コクリと頷く橋本。
「アスロック及びハープーンの発射準備。共に発射弾数は3発。」
「アイサー。アスロック及びハープーン発射準備に入ります。」
「弾頭魚雷の諸元入力開始します。」
戦闘が始まってから、一言も口を交わしていない武と千早。だが、その意思疎通は声を介さなくてもできている。
(千早なら…、この地点での着水を想定するはず。)
(武なら…、この地点で着水させるはず。)
レーダースクリーンが、不明艦の転舵を表示した。
「相手が離脱する直前を狙う!機関、第一戦速!」
「アスロック及びハープーン、発射待機!」
青葉と不明艦、両艦の距離が急速に縮まっていった。
「レールガン、射撃開始!」
“ヒュウン!”
電撃の衣と共に、砲弾が不明艦目がけて飛んでいく。
“ザバッ!”
「命中、確認できません!」
「構わん、撃ち続けろ!意識を逸らせ!」
「アイサー!」
不明艦の周囲に次々と上がる水柱。
「目標アルファ、20キロを切りました!」
「そこだ!アスロック及びハープーン、攻撃始め!」
「ハッ!アスロック、ハープーン、発射!」
青葉の甲板が照らされた。同時に3本の銛がキャニスターランチャーから姿を現す。
“ジャアア…”
VLSからも、アスロックが飛翔を開始する。
「ハープーン、高空巡航開始します!アスロック、予定コースに到達!」
「ソナーに感!魚雷がきますっ!方位3-1-5!」
「短魚雷発射!一発破壊すれば穴が空く!」
千早が指を滑らせる。入力が間に合わぬほどの速度で接近する魚雷。
「魚雷2、命中コースっ!」
「短魚雷発射!」
“バシュッ!”
3本の短魚雷が青葉を離れていく。
“コーン!”
アクティブソナーが捉えた目標に向かって、思いっきり喰いついていく。
「短魚雷、命中します!」
“ズオーン!!”
千早のプログラムが、540ノットの高速すらも逃がさなかった。跡形もなく吹き飛ぶ魚雷。
「魚雷に命中!魚雷1を迎撃成功!」
「転舵!面舵一杯!機関、一杯!」
グッと傾く青葉。
「左舷に魚雷!距離200!」
「かわせーっ!」
“シャアアア…”
青葉左舷をギリギリですり抜けていく魚雷。10メートルもない差で、青葉は生き延びていた。
「アスロック及びハープーン、目標アルファに接近!命中まで10秒!」
目標を捉えたハープーン。目の前からは二本の光が襲い掛かってきた。
“ドドン!”
猛烈な熱波を浴びせられ、爆発するハープーン。銛はすべて折られてしまった。
“ザン”
だが青葉の意思は折られてはいなかった。生き残った2本のアスロック。着水と共に短魚雷を放り出す。
“ピーン!”
すぐにピンガーで不明艦を捉えた短魚雷は、短い弾体を舐めるなと言わんばかりに喰らいついてく。
「短魚雷、目標アルファの針路上に展開しました!命中コース!」
「…転舵してきましたね。回避するつもりでしょうか。」
「なあに、もうあそこまで行ったら逃げられまい。」
フッと笑みを浮かべる大滝。戦いは決着した。
…かに思えた。
「短魚雷、命…、なあっ!」
「ん?」
酒田の妙な声に反応する大滝。
「一体…、な…!?」
レーダースクリーンを見上げた橋本は目を疑った。
「どういうことだ!システムチェック!」
「いえ、システムはオールグリーンです!」
「ありえない!もう一度チェックしろ!」
大滝は固まっていた。不明艦の速度を表す数値に、“158.7”の表示…。