表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/21

一三話、千早、航太。そして武

 「ようやく埼玉県に入ったな。ふぅ。」

 青梅インターを通過した。山梨から一時間半、目立った渋滞もない。

“スゥー…スゥー…”

 助手席では、千早が寝息をたてている。昨日、あれだけ騒いでたものな。

「…着いてからでいいか。」

 こうして見ると、可愛げがあるな。…おっと、何考えてるんだ俺は。


 “…キッ”

「千早、着いたぞ。千早。」

「ふええ?」

 眠そうに目をこすりながら身を起こす千早。

「ここでよかったよな。」

「あ、うん。…終わったら、連絡すればいいの?」

「俺は近くのカーショップでタイヤ買ってくるから。」

 昨日スタッドレスを穴だらけにされたからな。

「送ってくれてありがと。…じゃあ行ってくるね。」

「ああ。航太君によろしくな。」

 荷物を引っ張り出し、

“ブロロロ…”

 走り去っていく武のランエボを見送った。

「…。」

“川越少年刑務所”

 幾度となく来ているが、やはり慣れるものではない。身長の低い千早にとって、人一倍高く感じる塀。重苦しさが漂う。

「…。」

 意を決して門をくぐった。

 「西園寺 航太へ面会をお願いします。」

「ご面会ですね。少々お待ち下さい。」

 先に連絡を入れておいたおかげか、特に混乱することもなく案内された。

「こちらでお待ち下さい。」

 携帯あたりの持ち物を預けた後、面会待合室に通される。

「はぁ。」

 少し息をついた。さっきよりは圧迫感が緩んできたみたいだ。

(航太寂しがってるのかな。)

 会える嬉しさ半分、久しぶりの緊張感半分で複雑な気持ちの千早。

「ご面会の方、面会室へどうぞ。」

「えっ、はい。」

 いそいそと通された面会室に入る。面会というよりも面接に近い緊張感があった。

“ガチャ”

「失礼します…。」

 ゆっくりとドアを開け、室内を覗き込むと

「お姉ちゃん久しぶり。」

「うん…、航太。」

 机の向こうに航太がいた。ずっと変わらない呼び方に、肩の荷が下りたようだった。

「面会時間は30分です。」

 職員はそう告げると、ゆっくりと扉を閉めた。

「でも何で急に来たの?」

「ちょうど上陸休暇になったの。他に予定もなかったし。」

「あれ、ちょっと前まで休暇じゃなかったっけ?」

「フィリピン行って、すぐ帰って来たの。色々あってね。」

 寂しくない?嫌なことある?まるで母親のように訊いてしまう千早。

「大丈夫だよ。俺だってもう20歳だよ?」

「それはわかってるけど…、心配なの。」

「むしろお姉ちゃんの方が心配だよ。昔から無理ばっかしてるじゃん。」

「私は慣れてるから大丈夫よ。これでも海軍軍人よ。」

「それで軍人なんだから、余計心配だけどな~。」

 苦笑する航太。何よも~、と千早。

「ああコレ、差し入れの本。」

「これが話題になってるラノベかー。…こっちは何?」

「整備指南書。それ見て勉強しなさい。出所した後、就職に困るでしょ?」

「既に自動車整備業界に入るの確定デスカ?」

 本当は、武がその類に詳しいからなんだけどね。

「最近こういうラノベ増えてきたよね。」

「あら、知ったような口きくわねえ。ちょっと前までラノベのラの時も知らなかったのに。」

「そこは伏せといてよ…。面白いんだからいいじゃん。」

 最近ラノベにはまってるらしい航太。どこから知ったんだか…。

「お姉ちゃん。」

「ん?なあに?」

「お姉ちゃんて、彼氏いるんでしょ?」

「はぁ!?」

 いきなり見当違いの質問をされ、びっくりでは済まされない千早。

「こーゆーの読んでるとさ、お姉ちゃんに彼氏いるのかなって。」

「航太って本当に純粋ねぇ…。羨ましいわ。」

「それで?」

「わわわ、私はねぇ、…ええと。」

 堂々と「武がいる」とはどうも言えない千早。

「あれ?真田さんと付き合い始めたんじゃないの?」

「…へっ?」

 まさかの発言にポカーン。

「それ…、知ってたの?」

「そりゃ勿論。真田さんから。」

「あんのやろう~、何勝手に喋ってくれてんのよ…。」


 「!!?」

「どうしました、お客様?」

「あ、いや…、大丈夫です。」

(何だ?今ものすごい悪寒を感じた…。)


 「…まあまあ。でもさ、そろそろ考えないの?」

「考えるって?」

「その…、結婚とかさ。」

「けけけ結婚わわわ…。」

「…何でそんなに焦ってるの?」

 いや確かに「武のお嫁さんになる~」なんて言ったときもあったけどさ、いざ本気になって考えてみるとドキドキするわけですよ。

「まあ、お姉ちゃんの自由だからいいけどね。お姉ちゃんが俺を心配してくれるように、弟も姉の将来は気になるわけですよ。」

「それはわかるけど…、本気で考えてなかったからなぁ。」

 高校3年生の失敗をいまだに引きずっているせいもあってか、恋愛そのものを進めていこうという気持ちになれない千早。

「航太はどうなのよ?彼女とかいるわけ?」

「俺は…、二次元の中にお嫁さんが!」

「つまりいないのね。」

「…ハイ。」

 お互い、それぞれの理由で難ありの二人…。


 “キィー”

 武のランエボが目の前に止まった。ドアを開けて乗り込む千早。

「どうだった?」

「うん、思ったより明るかった。寂しがってもいなかったし。」

「そうか。久々の家族再会だし、よかったじゃん。」

 タイヤは実家に送ってくれと言っておいたし、エレナが射撃目標にしなければオッケー。

「ねえ、武。」

「ん?」

「武ってさ、結婚考えているの?」

“ブッ!”

 思わず、口に含んだお茶を吹いてしまった。

「何やってんの?」

「ゲッホゲッホ…。どうしたんだよいきなり。」

「ちょっと気になったの。人生無計画の武を見ていると見苦しいわ~。」

「千早に言われたくないぞ?」

「他人を無能人間みたいに言わないの。真面目に答えなさいっ。」

「いや真面目に答えろって言われても、結婚なんて考えたことないし…。」

「はー、これだから武は…。恋愛に疎いわねぇ。」

「そーゆー千早はどうなんだよ。」

「私はね、…今は武の訊いてるの!」

 メチャクチャだな…。刑務所行って精神状態がおかしくなったのか?

(しかし真面目に考えてみると…、結婚?)

 千早のことば通り、恋愛経験そのものが疎いので結婚なんて考えてもいなかった。

(そういえば、千早がお嫁さんになるーなんて言ってきたことがあったっけな。)

 でも、あれはその場のノリだろうしなー。

「ちょっとー、答えなさいよ~。」


 静かな車内。エンジン音と走行音だけが耳へと入ってくる。

“スゥー…スゥー…”

 帰りもご就寝か。また起こさなきゃな。

「航太…。」

 航太の夢でも見ているのだろうか。小さな寝言が聞こえた。

「結婚…か。」

 自らの中に、結婚願望があるのだろうか。自分のことのクセにわからない。

「武…。」

 なに?と答えようとして、寝言だと気づく。

「…ちょっと飛ばすか。」

 シフトアップし、右足へ力を加えた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ