一二話、しばしお休みを…
「さて行かねばなりませんね。面倒ですが。」
ここは頼むぞ、と艦橋のクルーに告げる小倉。
「嫌じゃ嫌じゃ~、わしは行かん~!」
「艦長!駄々こねないで下さいっ!」
「だってまたお説教されるんだろ?わしは行きたくない!」
「艦の代表が行かなくてどうするんですか…。私だって嫌ですよ。」
ああ…、これが「青葉」の艦長なのか…。
「しかも“わし”って。あんたまだ50代でしょ…。」
大滝と和田のやり取りに、橋本が呆れる。
「ほら行きますよ。何も一人で行くのではないのですから。(グイー)」
「いやだぁ~、わしは部屋帰ってゲームやりたいの~!(ジタバタ)」
遊んでないでとっとと行け。お前艦長だろ。
“ガタンドタンドーン!”
『ちょっと、暴れないで下さいよ。』
『○×△□~!』
『あ、こら!誰か艦長を捕まえろー!』
ラッタルの下から聞こえる騒ぎ。
「はー…。でも、あんなことで呼び出す世界政府も問題よね。」
橋本はラッタルをゆっくりと下りた。
大滝に限らず、呼び出し喰らって士官連中がゲンナリしている中…。
「これが母への御土産。…こっちは父への御土産。」
「えーと…、8時10分に横須賀駅から出発して…」
「これで荷物はおっけ。…あー鍵どうしたっけ?」
第21兵員室。橋本抜きのこの部屋は、明日の上陸に備えてホクホク準備の真っ最中である。
「琴音ちゃん、いつも荷物一杯だね。」
「両親にいろいろ買って帰るものですから…。」
照れくさそうに言う石田。休暇に行くというよりも旅行先から帰ってきたような荷物だ。
「西園寺さんは、ご両親とかに御土産みたいなの持ち帰らないんですか?」
「あ、…うん。」
石田の何気ない一言に、表情が曇る千早。
(両親…か。)
そうだよね…。みんな家に帰れば、お父さんやお母さんがいるんだよね…。
「あの…、失礼しました!ご無礼なことをお訊きしたみたいでっ!」
一瞬にして変わった雰囲気を感じ取ったのか、突然謝りだす石田。
「あ、気にしなくてもいいから。そんなつもりで言ったわけじゃないと思うし。」
「それでも、やっぱりすいません!」
「?」
何が何だかサッパリわからず、キョトンとしている山本。
「それじゃあ、また明後日くらいにな。」
「ああ、松平も陸を満喫してこいよ。」
次の日、CPO室で上陸許可を貰う武。松平と酒田にしばしの別れを告げ、そのまま荷物と共に舷梯を下りる。
「ああ橋本さん、行ってき…」
と甲板上にいた橋本の顔を見て声を失った。
“ゴゴゴゴゴ”
(うわぁ…、メッチャ嫉妬オーラ出てるよ…。)
いつもなら埠頭でピョンピョン跳ねている千早が、どうもおとなしいと思ったら…。
「…ま、す。」
今日も士官だけ呼び出されているらしい。士官連中は、みんな上陸おあずけである。
士官の冷ややかな視線を受けながら、駐車場へと向かう二人。
「さあて、俺の愛車を動かしてやらないとな。」
「武の運転は久しぶりだね。」
武の愛車、ランエボへと乗り込む二人。
「よしよし、いい子にしてたか?ん?」
「武、気持ち悪い。」
「いやそんなにダイレクトに言わなくても…。」
千早のストレートなツッコミにしょげながら、エンジンをかけた。
“グォーン…”
「おう、景気よくかかったな。それじゃ出発するか。」
そのまま駐車場を出る。交差点を曲がり、横浜横須賀道路へと乗るランエボ。
「エレナちゃん、元気カナ~?」
「友達が出来ているといいけどね。」
「大丈夫でしょ、エレナちゃん可愛いから。(はぁと)」
「…千早が言うと、どうも説得力がなぁ。」
「何よ?乙女心のわからない武に言われたくないー!」
「お前のどこが乙女だよ!?」
「誰にでもやさしい心とか?」
「…ゴメン。訊いた俺がアホだったよ。」
保土ヶ谷バイパスから東名高速へ。中央自動車道の起伏&渋滞がキライな、武の帰郷ルートだ。
「千早、帰ってから予定あるのか?」
「何で?」
「いや、暇ならドライブでも行こうかなって。」
「一人ボッチは嫌だから?寂しがりやねぇ~。」
「なっ、そ、そういうわけじゃない!」
割と図星なのね。
「暇ではないかな。…航太のところ、行っておきたいの。」
「航太君のところか。」
久々に聞いた、千早の弟の名前。
「刑期…、あとどのくらいなんだ?」
「えっと…。あと1年と少しかな。」
「そうか。あの日から大分経ったんだな。」
あの日。あの日から、弟の航太だけが千早唯一の家族になってしまった。
「…ちょっと、休憩していくか。」
沈んできた雰囲気を変えるように、サービスエリアへと滑り込んだ。
“キッ”
「ふぅ。着いた着いた。」
午後7時をまわった頃、実家に到着した武。
“ガラガラ”
「ヤッホ~。ただいまです義母様~。」
「ちょっ、なんだ義母様って!しかも降りるの早っ!」
あたふたしながら武も入る。帰っても和めない実家である。
「あら、二人揃ってずいぶん早いお帰りだこと。」
「まあ…、下っ端は遊んでろってさ。」
適当に返事を返しつつ、室内を見渡す。
「二週間ちょいだもんな。そんな変わったところは…」
あった。いや変わったというよりも…
「…なんでドラグノフが置いてあるんだよ。」
しかもテーブルの上に堂々と。
『あー、エレナちゃん帰ってきたー。お帰り~。』
『あれ、チハヤいたのか…。』
どうやらエレナが帰ってきたらしい。戦犯は間違いなく…
「あ、タケルもいた。」
居間に入ってきたエレナ。甲斐学園の制服は、意外にも板についている。
「これ…なんで?」
「ああ、射撃部で使ってる。」
えと、部活で実銃はちょっと…
「てか射撃部なんてなかったぞ?」
「去年できたって。」
「なにその…滑り込み入部みたいなのは。」
千早が居間に入ってきた。ドラグノフを見るなり、
「それなあに~?」
目をキラキラさせながら訊いてきた。
「狙撃銃。部活で使ってる。」
「へー、今の部活ってこんなのやるんだぁ。」
やるわけないだろ。いや、やらないで。
「ちょっと撃たせて?」
「千早、感覚薄れてるかもしれないけど銃だぞ?下手に使ったら…」
「うん。人に向けないでね。」
武の忠告空しく、平然とした顔つきで了承するエレナ。
「あのー、もしもし?」
「チハヤだって軍人だろ?それとも実目標である人に向けてみた方がいいのか?」
「そういう問題じゃなくて!しかもここ住宅地!」
「大丈夫。サイレンサーがついてるから。」
「音じゃなくって!」
「弾か?ヨーロッパ仕様(現実のNATO弾に相当)がよければ…(ゴソゴソ)」
「出さなくていいから!」
“ボゥスン!”
「ん?何だか鈍い音が…」
ってギャアアア!ランエボ用のスタッドレスタイヤがあああああ!
「チハヤ!」
エレナが駆け寄った。いよいよ危ないと…
「持ち方が違う。ここを肩に当てて…。」
止めるんじゃなくて!?むしろやらせてる!?!?
この後も、7.62mm弾が次々とスタッドレスタイヤに突き刺さる音が響いた。