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一〇話、横須賀までのあれこれ

 「陽炎」との戦闘で生き残った「青葉」。

 その後、対象の漂流船を発見し曳航救助。再びフィリピンの港へと帰投した。


 「ああ…。わかりました、また連絡して下さい。」

“カチャ”

 「青葉」艦橋。会話を切り上げ、受話器を置く和田。

「どこからでしたか?」

「大月 中佐からだ。本艦に帰投命令が出ているらしい。」

 艦橋へと上ってきた小倉の質問に、メモ帳にペンを走らせながら答える和田。

「帰投?帰投ってのは、横須賀にでも帰るので?」

 小倉は、分からないなりにも考える。

「陽炎について、少々問題が発生したようだ。」

 日本政府に、世界政府から抗議が飛んできたらしい。詳細はわからないと和田は告げた。

「とりあえず、当事者である本艦が呼ばれている。」

「なるほど。事情聴取ってわけですか。」

 艦長が来たら言っといてくれ、と和田はラッタルを下りていった。


 “ボォ~…”

 汽笛が鳴り響く。低気圧の通過で海上は荒れ模様だが、それを「青葉」は突き進んでいく。

“ザーーーッ”

 豪雨の振る音が艦内にも聞こえてくる。

“グン!”

「おっと。」

 不意に艦が揺れた。武はバランスを崩しそうになる。

「おいおい、そんなところから落ちてくれるなよ?」

「バカ、俺だって落ちたくないわ。」

 酒田が武をからかう。

 第20兵員室。寝台に転がる、武達三人。

“ガチャ”

 ドアが開いた。

「ただいま戻りました。」

「おう。延岡のべおか 一水、ご苦労さん。」

 同室の一等水兵が帰ってきた。

「聞きましたぁ?いきなり横須賀に帰る理由。」

 一等水兵として、あと一応の年上への言葉遣いとしても酷い。だが第20兵員室において年齢と階級なぞ、あってないようなものである。

「世界政府がどーのこーの、…全然わからんな。」

「陽炎沈めたでしょう。あれが世界政府にバレたらしいっすよ。」

「バレて何か問題があったのか?テロリストに奪われた艦だろう。勝手に沈めるなとでも言いたいのか?」

「そうらしいっす。ま、最近は信頼できないのが世界政府っすからね。」

「まーな。また臨検でもやるのかねえ?」

松平と延岡の会話。武も半分ほど聞き流していた。

(臨検か。また青葉事件の再現になりそうだな。)

 武は、そう考えて明日やることを考える。


 そんな中、こちらは第21兵員室。

“カリカリカリカリ…”

 兵員室に、たった一つしかない机。占領しているのは、書類を書いている橋本である。

「わわっ!」

“ゴン☆”

「ん?」

「?」

「???」

 何だか鈍い音。一斉に振り返る三人。

「痛いなぁ…もうっ!」

 珍しく千早ではない。ベッドの上段に居る山本が、天井に頭をぶつけた音だった。

「ど、どうした山本…。」

「いっいえ!何でもないですです!」

 橋本の心配に、明らかに動揺を見せる山本。

「いきなり起きて頭ぶつけるなんて、ただ事じゃないけど?」

「そうだよ、私じゃあるまいし。」

 …自覚してるのが若干一名。

「嫌な夢でも見たんじゃない?」

 石田の問いかけ、顔をうつむかせ小さく頷いた。

「…この前の、思い出しちゃって。」

 石田の質問に答える山本は、何処か沈んでいた。

「陽炎との戦闘か?まあ、元はと言えば日本海軍の艦だ。脳裏に焼きつくのは無理もない。」

 まだ19歳の山本。精神的に成熟しきっていないのだろうか…。

「そういうのも乗り越えていかないと、先へ進めないぞ。」

 橋本は、そう言って山本を元気付ける。

「そうそう。…そういえば、琴音ちゃんは強いよね~。」

 千早も元気付けをして、石田の冷静さを少々意外に思う。

「私ですか?」

 石田本人は、そういう自覚が無いようだ。

「だって、大変そうな顔とか全然しないし。…常に冷静そうじゃない。」

 石田に追い立てられた過去を持つ千早は、そう指摘する。

「そうだな…、石田は19歳にしては精神的に強く見える。」

 橋本も石田の冷静さに舌を巻いていた。

「橋本さんまで…。」

 石田は、上の上である上司の橋本にまでそう指摘されて少々戸惑う。

「謙遜することはない。ただ、妙に強いから気になっているだけだ。」

 日本海軍屈指のエリート、橋本。その彼女ですら、昨年のベンガル湾で涙を流しているのだ。人間、多少なりとも弱さは誰もが抱えているはずであるが…。

「別に、耐えれるレベルですし…。私だって苦しい時とかはありますよ。」

 石田にとって、これは高くないハードルの様だ。

「それを表に出さないのは凄いな。二等水兵にはもったいない。」

 橋本が石田の冷静さを賞賛する。

「そうですね。副長と変わってもらいたいくらい。」

 千早がアハハ、と冗談を飛ばす。

「そうだな、あんな石頭よりもよっぽど役に立ちそうだ。アッハッハッハッハ!」

 橋本も、冗談交じりにも豪快な笑いを飛ばす。


 真っ暗な艦橋。

「ヘックション!」

 和田が盛大なくしゃみをする。

「あれ?副長は風邪をひかれました?」

 業務で和田の所へ来た少尉が何気無く話し掛ける。

「いや…、誰かが私の噂をしてる気がする。」

 和田、この勘は鋭い様だ。

(ど~せ、橋本少佐に悪口叩かれているんでしょうね~。)

 少尉の勘も鋭かった。


 笑いに包まれた第21兵員室。

 だが、石田は何故かうかない表情だった。

「…どうしたの?琴音ちゃん?」

 山本が声をかける。

「…あっ、ううん。なんでもない。」

 やはり、石田の表情は暗い。

「?」

「??」

 千早と橋本は思わず顔を見合わせた。なぜ動揺する?と…。

「昔から、家が厳しかったんで。それに慣れたといいますか…。」

 石田は、千早と橋本の反応を見て参ったという感じで過去を話し出す。

「そんなに躾が厳しい家に生まれたのか。」

 橋本はそう考えたが…

「あ、いえ…。厳しかったのは家計です。色々、我慢しなくちゃならなかったので…。」

 そして、細々と語りだす石田。


 石田はかなり貧乏な家庭の出身らしい。学校の給食費も満足に払えぬほどの経済状況で、それが理由でイジメを受けたこともあったという。

 そんな状況の中、石田はじっと耐え続けた。欲しいものに対する欲望や、友達がいない寂しさからも。

 時にはもう投げ出したいこともあったが、その時は助けてくれた人が居て何とかその後も耐え続けていたという。


「…そんな体験ばっかしてたので、海軍の教育機関は楽勝でしたけどね。」

 石田は、ここまで一通り話してハッと我に帰る。

「あっ、えっと…、すいません!訊かれてもいないのに…。」

 顔を真っ赤にしている石田。

「そんな過去があったのか。それは強い人間に育つわけだな。」

「私も知らなかった…、琴音ちゃんの過去。」

 橋本と山本は、石田の過去を聞いて改めて石田の凄さを感じた。

「…。」

 千早は自分の過去を思い出し、じっと黙っていた。

「今度は西園寺センパイが黙っちゃって…。一体どうしたんです?」

 山本は、千早が黙ったのに気付いて話し掛ける。

「私にも、イジメられてた時期があったから。大変だったろうなって。」

 誰にも暗い過去があるのだ。だが、それを乗り越えた人間は強い。

「まあ、武よりかはヤバイことはしてないよ~。」

「さ、真田一曹って、良からぬ噂持っていそうですもんね…。」

 千早は、武をダシにしてはぐらかした。山本は、武にも恐怖感を抱いているようで…。

「それじゃあもしかして…、収入のために海軍に?」

「…お恥ずかしながら。」

 石田は、目線を下にして申し訳なさそうに言う。

「まあまあ、海軍は貯金にはもってこいの職種だし。仕送りを送るにしてもそうだろう。」

 橋本は書類を書き終えてファイルに綴じる。

「ええ、助かってます。…橋本さんは貯金いくらあるんですか?」

「それはだな、…ってコラ、さらりと上官の個人情報を探るんじゃない。」

 石田の質問に、橋本は危うく答えそうになった。

「そこはスキンシップと言うことで。隠し事をする上官は好かれませんよ?」

 石田は悪戯な顔をして橋本に迫る。

「上官を揺さぶる部下も煙たがられるぞ?」

 橋本も負けんと石田に迫る。

「まーまーそれくらいに…」

 そして、間に入る山本。

「でも偉いね。両親に仕送りしてあげるなんて。」

 千早が珍しくおふざけなしに石田に関心する。

「貧乏なりに面倒見てもらいましたから。」

「私も、今度おみやげ持ってこっと。」

「山本…、お前はおみやげの一つ持って帰ってないのか…。」

「え?いやぁ…、いつもたまたま忘れてるだけですよ~。」

 山本は、橋本の指摘に目線をそらす。

 はぁ~、とため息の三人。

(あ、そうだ。帰ったら航太に会いに行こうかな。)

 千早は、今度の上陸の予定を考え始めた。

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