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一話、帰ってきた二人

 2011年の3月…


 山梨県、雲ひとつ無い日本晴れの空の下、とある一軒家。

“カラララ…”

 木目の引き戸がゆっくりと開いた。

「じゃあ行ってくる。」

 顔を出したのは武。キャリーバッグを左手で引きながら、引き戸を開けきる。

「行ってらっしゃい、タケル。」

 エレナが奥の方から手を振っている。すでに10時をまわっているが、眠そうな目をしている。

「完全に日本に慣れちゃったな…。」

 初対面の時とはだいぶ変わってしまったなぁと思いつつ、久々に長居した我が家をしみじみと見つめながら

“ガラガラ”

 引き戸を閉めた。

「さて、と。」

 戸を締め切り、振り返った瞬間

“キ、キキーッ!”

“パパーッ!!”

 何やら、ただ事ではないブレーキ音と、それに続くクラクション。すぐ近くからだ。

「おいおい…。」

 何が起こったか見に行こうと足を踏み出す。同時に、踏み出した方角から一台の軽自動車がものすごい勢いで突っ走ってきた。

「はー…。」

 ダメだこりゃ、とため息をつく。軽自動車は武の前を数メートル通り過ぎて止まった。

「俺のミスだな、ハァ。」

 イヤイヤながら、キャリーバッグを載せる為に後ろのドアを開ける。

「とうちゃ~く!」

 車内から聞こえたのは、なぜかハイテンションな千早の声。

「どんな運転してるんだよ…。」

 狭い助手席のシートに体を押し込み、シートベルトをかける武。

「へ?いつもの運転だけど?」

「じゃあお前はいつもクラクション鳴らされてるのか?」

「え?そうだけど?」

 呆れかえる武。走る度にクラクション鳴らされるって…。

「ホラ、さっさと行くよっ!」

「ああ。…って、後ろ後ろー!」

“パパパーッ!”

 後方確認せずに急発進する千早。おかげで後ろから来たトラックから、盛大なクラクションを頂戴した。

「千早!お前死ぬ気か!?」

「事故らなかったから、だいじょぶだいじょぶ♪」

 血の気が引きかかっている武とは対照的に、楽しそうにハンドルを握っている千早。

「あーあ、車置いてくるんじゃなかったよ…。」

「あ」

“キキーッ!”

 今度は急ブレーキ。何も構えていなかった武は、フロントガラスに頭を突っ込ませてしまった。

「ここ曲がらないと。」

「うん!もっと早くブレーキしようね!千早ちゃん!?」

 横須賀まで辿りつけるだろうか…。


 青葉クルー達は、世界政府直轄の艦艇を沈めたことで処分を受けることとなった。本来なら懲戒処分確実であるが、そこは世界政府へ不信感を持つ日本政府の工作により、少々長めの休職まで減刑されたわけである。

 そして、今日という久々の帰艦日を迎えた。

「あーあ、ほんっとに車持ってくるんだった…。」

 先ほどから、武は車内でこればかりこぼしている。

「仕方ないでしょ、来ちゃったんだから。」

 その度に、千早も同じ言葉を返す。帰郷時あまりにも眠かったので、珍しく新幹線で帰った結果だった。武ご自慢のランエボは横須賀の駐車場だ。

 国道52号線を南下し、静岡県へ。新東名へ合流し、横浜町田インターで下りて横須賀へ向かうわけだが、

「あれ、そういえば何でこのルートなんだ?中央自動車道使えばいいだろ?」

「だって、武がいつもこのルート使ってるから…。」

「あー、あれはただ52号走りたいからってだけで…、特に意味はないんだが。」

「私、このルートしか知らないし。」

「あ、そう。」

 これ以上言うのも何だな、別に間違っちゃいないし。

 もう10分も走れば県境かな、というところまできた時だった。

「ん?」

 後ろに妙な感覚を覚えた。この感覚は…、

「千早。」

「ほえ?」

「煽られてねーか?」

 さっと後ろを見る。明らかに車間を詰めている、青みがかったライトバン。

「こんなところで煽るとは…。」

 追い越せるような道じゃないが、きっと走り慣れてる地元民だろう。譲るのが正しいか?

「千早、譲った方が…」

「ヤダ。」

「は?」

 全く予想外の返事に、目が点になる武。と、同時にエンジンを吹かす音が聞こえた。

“グォーン!”

「ちょっ、千早…。」

「軽だからってバカにしないでくれる!?」

「いや、そういう意味じゃあああああ!」

 明らかなオーバースピードでコーナーに突っ込んでいく。

「うあぁぁぁぁ!」

「まだまだぁ~!」

“キキィー”

 タイヤ鳴ってるしー。いよいよ危ないぞこれ…。

「千早!後ろがついてきてないから!」

「煽ってきた割には大したことないじゃん★」

 意味が違うって。ライトバンはビビッて(おそらく無謀という意味で)速度を落としている。

「それに武だってやってるじゃない。ものすごい速さでカーブ曲がるやつ。」

「そう…いう…問題じゃないっ!」

 コーナー抜けて、息ゼイゼイの武。

 でもなんで速度を落としたんだ?結局、この発狂したスピードで通過できちゃったし、前を走る車もいなかったし…。酸素不足で頭が回らない。

「俺も、ここは減速したような気が…。なんでだっけ?」

「おお!私、武を抜いた!?」

 嬉しそうな千早。

 まあいいか、と座りなおした。


 日が傾き始めた午後4時過ぎ、横須賀港の日本海軍駐車場

“キッ”

 千早の軽が止まった。…白線からタイヤ一個分はみ出して。

“ガチャ”

「あーあー、手がついてる。…足もついてるな。胴体は?」

「何言ってんの?当然でしょ。」

 まるで激戦地から生還したような行動をとる武。さっさと荷物を下ろす千早。

 国道52号でエライ目に遭ったあと、新清水インターで名古屋方面に行ったり、ようやく方向を正したかと思えば横浜町田インターを平然と通過したり、高速下りてクラクションを4回も鳴らされたり…。

 「身分証持った?」

「えっと、…あったあった。」

 ガラガラとキャリーバッグを引きながら、3ヶ月ぶりに見えてきた。

「青葉を見るのも久々ねー。」

「どっちが我が家だかわからなくなるな。」

 舷梯の前には、原田先任伍長が堂々たる姿で立っていた。

「先任伍長、真田 武 一等海曹、ただいま帰艦しました!」

 ビシッとかかとを揃え、久しぶりの敬礼をする武。

「西園寺 千早 一等海曹、ただいま帰艦しました!」

 千早の敬礼。原田も敬礼を返した。

「よし。思ったより遅かったな。」

「色々ありまして、特に西園寺 一曹が。」

「なるほど。だからこんなものが届いていたのか。」

 ホレ、と千早に渡されたのは、

「えーと…、告知票?」

 いわゆる赤切符というやつだ。…え!?

「俺はてっきり、真田がついにやらかしたかと思ったんだが。…まさかの西園寺だったな。」

「え?え?」

 初めて見る赤切符に、テンパる千早。

「まあ緊急出港につきってことで収めたが、点数と罰金はしっかりついてくるからな。」

 そういえば、なんであそこで速度落としてたか思い出した。稀にではあるが、パトカーが速度違反を取り締まるようになったんだっけ。…たぶん、俺のせいで。

 ハハハと笑い飛ばす原田。さっきのテンションはどこへやら、ようやく理解し顔が真っ青の千早。

「だげる~、50キロの速度超過っていくらぁ~?」

「どっかに書いてあるんじゃないのか?切符もらったことないから知らん。」

 てか100キロも出てたのか…。アクセル、ベタ踏みだったんだな。

「7万円!?あ゛あ゛あ゛あ゛~」

 声にならない声を絞り出している千早。やれやれ。

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