エピローグ
―――あれから数日が経った。
魔人の残した被害は決して少なくない。城下では各所で修繕作業が進められてはいるがまだ、その手は一部にしかつけられておらず、王城ですらもその修繕が未だほとんど進んでいない状況だ。
加えて、被害は建物だけではない。
今回の事件で多くの人がなくなり、王までも命を落としたのだ。
王の死は瞬く間に噂となって王都中に広がり、王都の復興を遅らせる原因の一つとなっていたのである。
しかし、そんな中にもかかわらず、この日、王城の前に広がる大広場には多くの人々が集まっていた。
理由は一つ、新たな王、いや、女王を一目見ようと多くの民衆が足を運んだからである。
民衆達は一点を見上げる。彼らの視線の先には一人の少女が未だ事件の爪痕を多く残した王城、そこから突き出るように作られたバルコニーに立っていた。
民衆の前に立った少女―――ナタリーは彼らを光を映さぬ目で見渡すと決意とともに告げた。
「我が敬愛する王都の民衆たちよ、どうか我の言葉に耳を傾けて欲しい。
我が名はナタリー=エドワード、前王アルバートとその先代エイダ王妃に生を受けし姫である」
民衆からは初めて見る姫の様子に思わず声が上がる。
しかし、その声にはどちらかといえば不安の要素のほうが多く混じっているであろう。
無理もない。なにしろこれまでナタリーは王城に閉じ込められ、その正体を秘されてきたのだ。
王が亡くなったという噂が王都を席巻した今、この混乱をまとめなければならない者がこうも幼い少女と知れば、落胆しても仕方がない。
だが、それでもナタリーは言葉を続ける。
「我が姿に落胆するのも無理はない。それ程に此度の事件が残した被害は大きすぎた。
多くの者が傷を負い、亡くなった。その混乱の中に、前王アルバートもその尊い命を落とされた……」
噂が真実へと確定された瞬間、民衆の中に広がる落胆はより大きくなる。
しかし、だからこそ、ナタリーは声を大にして告げた。
「されど民衆よ、忘れるなッ!! 此度の事件は我々の勝ち戦なのだという事実をッ!!
確かに多くの被害は出た、されど、その果てに我々が手にしたものは決して小さなものではないのだということをッ!!」
この言葉に民衆は戸惑い、果てや怒りをあらわにするものもいる。
この被害を前にして、どこが勝利だといえるのか?
これが敗北でなければなんなのだと、いや、そもそも勝ちも負けもありはしない。
あったのは原因不明の事件と魔族が襲来しているという噂による混乱だけではないのかと。
それでもナタリーはその事実を覆すべく、此度の事件の核心を口にする。
「此度の事件、その原因となったのは他でもない魔人である!!
既にこの王都の内部に入り込んでいた魔人が新たな魔人襲来の噂に便乗し、この混乱を引き起こしたのだ!!」
この瞬間、民衆の間には驚愕と納得、そして絶望が広がった。
これが事実であれば、この王都の内部に魔人が入り込んでいて、同時に外部からも魔人が来ているということになる。
その状況は正しく絶望と言って差し支えないだろう。
―――だからこそ、この言葉がもたらす効果が大きくなる。
「されど案ずるな、民衆よッ!!
王都の内部に潜んでいた魔人、加えてこの王都に外部から迫ってきていた魔人の両者は勇者達の尽力により倒されたッ!!
繰り返す、魔人は倒されたのだッ!!」
―――二体の魔人が倒された。
この事実は民衆の心に大きな希望をもたらした。
人々は長い間、魔族という脅威に心のどこかで怯えながら生活してきた。
普段は意識せずとも、被害にあった村や町の噂や、魔族との戦いにより負傷し者。
そうした者達を見るたびに、その脅威に怯えていたのだ。
しかし、この日、その脅威を亡くす一つの光明がもたらされたのである。
ナタリーは民衆の心に灯った希望の光を消さぬように言葉を続けた。
「これは我々人類の偉大なる勝利の歴史であるッ!!
そう、今、今なのだッ!! もはや、魔族を打ち倒す。その実現は不可能ではない!!
今こそ、我々は種族の垣根を捨て去り、あらゆる国、種族と協力し、魔族へと反撃の狼煙を上げる時が来たのだ!!
故に、我はここに先んじて宣言する!!
此度の勝ち戦を始めとし、魔族の脅威を取り去るために立ち上がらんとすることをッ!!」
民衆から歓喜の声が上がる。
そこには先ほどまでの悲壮な色は存在しない。
確かに、不安はあるだろう。だが、それでも見据えるべき希望ができた今、立ち上がることはもはや不可能ではなかった。
ナタリーはダメ押しとばかりに大げさに両腕を広げ民衆へと告げる。
「下を向くな、顔を上げろッ!!
悲観する必要などもはやどこにもありはしないッ!!
立ち上がれ民衆よッ!! さすれば、我が皆に勝利と栄光を授けよう!!」
直後、地を震わすような大歓声が王都中に鳴り響いた。
この日この瞬間、少女であったナタリーは民衆を率いる女王となったのだ。
******
演説を終えたナタリーが額に書いた汗をぬぐいつつ、バルコニーを下り、戻ってくる。
彼女は俺がいることなどわかっていたらしく、そのままこちらを向いて言った。
「ふふふ、私もやるときはやる女なのですよ? どうですか? 感心しちゃいましたか?」
「……言っておくが、お前が無理をしているのなんてバレバレだからな?」
「あれ、ばれちゃってましたか……結構しっかりこなせてると思ってたんですけど……だめですね、こんなことでは、私は皆を背負って立たねばいけないのに……」
そう言ってナタリーは自戒するように俯く。
……はぁ、どうしてこいつはこうなのだろうか?
少しは自分を誇ればいいものを……
「―――誇れませんよ、誇れるわけないじゃないですか……」
「おまえ、また読みやがったな……ったく……」
「ふふ、読んでるんじゃなくて聞こえちゃうのですよ。
そうです、私にできるのは心を聞くことだけ、相手の心の内を無遠慮に覗き見て、わかったようなことを言う。そのくせ本当の脅威には立ち向かう勇気がなくて、魔人の正体も、策略も、全てを知っていたのにも関わらず、止めることができなかった、ただの臆病者なんです……」
「なら、お前は民衆など見捨てて逃げればいい。それだけの―――」
「そんなことできるわけないじゃないですかッ!!
そんな臆病な私といえど、私が逃げればこの王都の混乱は一層ひどくなってしまいます。
そうなれば多くの人々が苦しみ、嘆くことになってしまう。
それを黙って見過ごすなんてできるわけがないじゃないですか……」
そう言って女王となり、下を向くなと、先ほど民衆に告げたはずのナタリーが下を向いている。
本当に、どうしてこいつは気づかないのだろうか?
俺にはそれが到底我慢ならない。
読まれ、見透かされているのだとしても、言葉にしなければ伝わらない言葉もあるはずだ。
気が付けば俺は言葉を口にしていた。
「お前はほんとバカだな、ナタリー?
なぜ気づかない? お前はもう、十分強いだろうに」
「……え? これは……」
「聞こえてるんだろう? なら、素直に受け入れろ。
受け入れられないなら何度でも言葉にして言ってやろう。
いいか、お前は十分強い。お前はもう“逃げない”っていう強さを持ってるんだ。
この場に立ってる時点でな」
「で、でも……私はここに立たなければいけないから、立っているというただそれだけで……」
「だぁかぁらぁ~それが出来ていことが俺からしたら十分“強い”んだ。
だってそれは少なくとも、俺にはできなかったことだから」
「ッ~~~~~~」
そうだ、その脅威や責任から“逃げない”ということが少なくとも俺にはできなかった。
だからこそ、俺はいじめに屈し、自身を歪め、そして、鬼道彰に叩きのめされた。
もしも彼女が俺と同じ目にあったとしても、俺のようには歪まない。
きっと彼女は“逃げない”。立ち向かい、状況を打開するために全力を尽くしただろう。
例えその心に恐怖や怯えが巣くっていたとしても、だ。
「そもそも、どうして臆病と強いことが両立できないって決めつけている?
それは間違ってるぞ、臆病だからこそ強くなれるんだろう」
「臆病だからこそ、強くなれる……?」
「ああそうだ。俺たちは臆病だ。だがな、何かを失いたくないと臆するからこそ、その何かを失わないために行動できるんだろう。なら、あとは何を失いたくないか。その違いだけだ。
本当に強い奴ってのはそこに自分の命以外の何かを上げることが出来る奴のことを言うんだろうな。
それが、俺にはできなかった。いや、俺は自分の命のために行動することすらできなかった。
だが、お前は違うだろう?」
「それは……でも……」
「でももくそも無い。それが一で、それが百だ。今のが結論。お前は強い。例え、お前自身がそれを否定したとしても、少なくとも俺はそう思い続ける。異論は認めないし、受け付けない」
俺の言葉にナタリーは何故か驚いた表情をすると、笑みを浮かべる。
その瞳からは涙が零れていた。
ったく、なんでこいつは泣いてやがるのやら……。
「……強引、なんですね」
「ああ、なにせ俺は勇者だからな、もう折れるわけにはいかないんだ。
ああそれとな、お前が強いからと言って無理しすぎるのはやめろ、それでお前が倒れちゃ本末転倒だ。
そういう時は誰かを頼れ、例えばそれこそ勇者とかにでもな」
「ふふふ、いいのですか? めいっぱい頼っちゃうかもしれませんよ? 無理難題も押し付けちゃうかも―――」
「安心しろ、惚れた女の頼みだ、なんだってこなしてやるさ」
「…………ふぇ?」
いや、ふぇってなんだ。
なんでこいつはこんな呆けてやがるんだろうか?
心を読めるこいつならとっくに理解していたはずだろうに。
しかし、ナタリーは俺の予想とは別に慌てた様子で言葉を続けてきた。
「い、今なんと……も、もう一回!! もう一回だけ言って下さい!!」
「ああうるさい、二度も言うか!! バカナタリーッ!!
大体俺の気持ちとか俺よりお前のが先に察せられてたはずだろうッ!?
なんで今更そんな騒ぎ立てるッ!?」
「それでも想い人から直接“好き”って聞けるのはやっぱり違うものがあるのですよ!! だからお願いですからもう一度ぉ~~」
「だからなんでそんな羞恥プレイを………………………っておい、ちょっと待て」
俺の聞き間違いだろうか? きっと聞き間違いだとは思うのだが、ね、念のため、万が一のために確認しておく必要があるかもしれない。うん、そうしよう。まあ聞き間違いだろうがな、うん。
「どうしたんですか? “想い人”のことなら聞き間違いじゃないですよ?」
「~~~~~~ッ!?」
こいつ、また読みやがったな!?
ってか、この女はどうしてそんなところばかり理解が早いんだ!? クソッタレ!!
「えへへ、読むんじゃなくて聞こえちゃうんですよ、ユ・ウ・キ!」
「~~~~ッ もう知るか、お前のことなど助けん、一人でせいぜい頑張ってろ!!」
「ええ~~、そんなつれないこと言わないでくださいよ!
ユウキと私、両想いなのですよ? 嬉しくないのですか? 因みに私は嬉しいです」
「ああ~~~~うるさいうるさい!! そんなの知るか、黙ってろ!! 疲れたから俺は寝る!!
ったく、心配して損したな……」
「私のこと心配してくれたのですね、ありがとうございますユウキ!!」
「あああああああ、もういいから少し黙ってろ、鬱陶しいッ!!」
―――こうしてこの日、王都を統べる新たな女王が誕生し、そして人類が魔族討伐の宣誓をあげた。
この知らせは時期に各国へと伝えられ、これを機に各国、そして各種族も新たな選択を迫られていく。
そして、ナタリーは魔人討伐の功労者の可能性があるアキラの指名手配を解除し、感謝の意と協力を要請すべく、ジャック達を魔人襲来の報があった方角へと派遣することになる。
もっとも、その先ですれ違いによる一悶着が起きてしまうことになるのだが、そんなことになるとはこの時は誰も知る由もなかった。




