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付与術師の異世界ライフ  作者: 畑の神様
幕間2~王都騒乱~
92/93

超えるべき男


(ふふふ、勝った。勝ちましたよ……)



 魔人モーリスは何もかも、自分の想定通りに事が進んでいる現状にほくそ笑む。

 ここまでくれば自身の勝利は確定的。

 そして、勇者さえ倒せば最早魔族に恐れるものなどありはしない。

 あとはただ、無力な下等生物を圧倒的な力で蹂躙するのみ。

 そう思うと思わず顔がにやけてしまう。


(さて、少し遊びが過ぎましたか。どうやらワタシも少し気持ちが高ぶってしまっているらしい。

 この女を殺し、あとは無力な勇者を始末する。それだけで、この戦いは終わりを告げ、魔王様が世を統べることになる)



「さぁ、ここで終わりです、死になさいッ!!」



 魔人モーリスがナタリーに止めをささんと首を握る右腕に力を籠めようとしたその瞬間だった。

 魔人モーリスは背後に感じた違和感を前に一度手を止め、背後を見る。

 そこには先ほどと変わらず無様な姿で地に這いつくばる勇者の姿があった。



(いったい何が……? 今確かに何か……いや、きっとワタシの思い過ごしでしょう。

 どうやらワタシも大願の成就を前に慎重になってしまっているらしい。

 あの勇者にできることなど存在しない。それは召喚時からあの勇者を見てきた私が一番よくわかっているはず。

 なら、ワタシは今やるべきことを全うするだけ……そう、私はこの女を殺すだけだ!!)



 そう思い直し、ナタリーへと視線を戻した魔人モーリスは再び首を傾げる。

 先ほどまで悲壮感に包まれていたはずのナタリーからそれらが一切消え去っているのだ。

 いや、それどころか、彼女は呆然とした表情をしたかと思うと、確かに希望を孕んだ笑みすら浮かべる始末。

 おかしい。いったいこの短時間で何があった?



「ナタリー様、この期に及んでいったい何がそんなに面白いのです? それとも、自身の死を目の前にして、壊れてしまいましたか?」

「…………ふふ」

「何がおかしいそんなにおかしいのですかッ!?」



 ナタリーの異様に泰然とした様子を前に、思わず魔人モーリスは声を荒らげる。

 されどナタリーは答えない。

 その態度に魔人モーリスは面白くない、と不快感を覚えた。

 それはあまりに異様すぎた。これから死ぬという人間が、こうも笑みを浮かべていられるものだろうか?

 それも、生を諦めた投げやりなものではなく、はたまた気が狂ったものともどこか違う。



(まるで何かを信じ、確信しているかのような、そんな希望に満ちた……まさかッ!?)



 そして、直後気づいた。ナタリーの笑み。その視線の先が自身の背後に向けられているという事実に。

 


「―――は……せ……」

「なにっ!?」



 声が聞こえた。


 あわてて魔人モーリスは背後へと振り返り……その光景に愕然とした。

 おかしい。そんなはずはない。

 数瞬前に確認したときは確実に奴はただ無力に地を這いつくばっていた。そのはずだッ!!

 なのに、なのにどうして――― 

 


「―――ナタリーから手を離せぇぇぇぇぇッ!!」

「どうしてアナタが立ち上がっているのですかッ!?」



 魔人モーリスの言葉を意にも介さず、勇者は一直線に、愚直にこちらへと剣を振るってくる。

 しかし、勇者の力量は既に把握済み。

 確かに立ち上がったことには驚かされたが、それだけだ。

 そんなものは単に魔人モーリスの生み出した荷重を勇者の渾身が微かに上回ったというだけの話。

 現に奴の攻撃は愚直な剣閃。この程度の剣戟、落ち着いて対処すれば今の自分であれば対処は容易だ。

 魔人モーリスは勇者の剣を片手間に振り払わんとばかりに無造作に左腕で受けようと動かし―――直後戦慄した。

 勇者の剣閃を振り払えない。いや、それどころか勇者は裂帛の気合とともに想定外の膂力で勇者の剣を押し込んできたのだ。



「はあああぁぁぁぁぁ―――ッ!!」

「~~~~~ッ!?」


(押されている、だとッ!? 真の姿に覚醒しているこのワタシがッ!? いったいどうして―――ッ!!)


 有り得なかった。

 そう、有り得ないのだ。勇者の鎧による強化を踏まえたとしても、真の姿に覚醒した魔人相手に単純な膂力で上回ることなどできるはずがない。加えて勇者は今自分の生み出した超荷重を背負っている。その状況でここまでの力を出せるわけがない。だとすれば、そこには何かがあるということだ。


 

「なんなのですか……この短時間でいったいアナタの身にいったい何が起きたというのですッ!?)

「はあああぁぁぁぁぁ―――ッ!!」

「~~~~~ちぃッ!」



 たまらず魔人モーリスはナタリーから手を放し、地に放ると両手をもって勇者の攻撃を捌く。

 しかし、勇者は息をつかせる間もなく連続で剣を振るってくる。

 魔人モーリスはそれに対し急激に変化した事態に焦りながらその攻撃に対処し……そこでようやく魔人モーリスは気づいた。

 勇者の体が淡く光り輝いている。それだけじゃない。徐々に輝きを増すその光に比例して勇者の攻撃の威力が徐々に速く、強くなっているのだ。



(なんですか、この輝きは!? 魔力による身体強化? いや、この輝きからは一切魔力の気配は感じられません。そもそも、召喚された勇者は確か魔力を持たないのが原則であったはず……であれば、これはいったい……)



 考えるも明確な答えは一向に出てこない。

 業を煮やしながらもいつしか魔人モーリスは勇者の一振りごとに強化されていく剣戟を前に防戦を余儀なくされていた―――。


 

****



「はああああああーーーーッ!!」

「~~~~~~ッ」



 俺が発声と同時に手にした剣を以て切りかかると、先ほどまでの涼しげな、嘲笑すら含まれていた笑みはどこへやら。魔人モーリスは俺の剣戟を魔人特有の強靭な肉体で受け止めながら苦悶の表情を浮かべる。

 不思議な感覚だった。

 さっきまで鉛のように重く、指先一つ動かすことすら億劫であったはずの俺の身体にその面影はなく、今や通常の機動力を取り戻している。いや、そんなものを遥かに上回っている(・・・・・・・・・)

 体は羽のように軽く、まるで自分の内側から力が湯水のようにあふれ出てくるような、そんな感覚がある。

 気づけば俺の全身は黄金色に発光し、手にする勇者の剣にまでその輝きが伝染していた。

 この力が何なのかはわからない。

 それでも、一つわかっていることがある。

 明確な根拠なんてない。論理的な理由なんてない。

 だが……それでもわかるのだ。

 この力は勇者の剣に与えられたものでも、ナタリーに与えられたものでも、他の誰に与えられた力でもない。

 これは紛れもなく俺自身の力。俺の内側の奥底に眠り続けていた力の奔流なのだということが。

 

―――だからこそ、俺には理解できる。


 確かに、この力の正体はわからない。だが、今そんなことは関係ない。

 これは俺の力なのだ。例え子細が知れずとも、俺にはこの力の扱い方が理解できる。いや、知っている(・・・・・)

 ならば、十分。この力があれば、俺は―――俺を貫くことができる!!



「魔人モーリスッ!! 貴様を倒して、俺は今度こそ……本当の意味で勇者になるッ!!」

「ッ~~~~おのれ、減らず口をッ!!」

「はああああああああーーーーッ!!」

「ぐっ!?」



 溢れ出る力を奴の重力を相殺するのに必要な最低限を除き、腕と剣、及び剣を振るうのに必要な部位に収束させ、剣戟の速度を更に上げる。

 最早防御など捨てていい。どのみち俺の肉体も限界だ。一撃でもまともに食らえば再び立てるかどうかはわからない。今そんな状態になってしまえばこちらの負けは確実だろう。

 故に俺は守らない。俺が奴を仕留めるのが先か、それとも奴が俺を仕留めるのが先か、これはそういう勝負だ。

 もっと、もっとだ。

 より速く、より強く、無駄を省き、余力を排除し、ただ繰り出す一撃の練度を高め続ける。

 

―――そうして気づけば、俺の目指すものは最早眼前の敵ではなくなっていた。


 既に魔人は超越した。

 その証拠に魔人モーリスの表情に余裕は無く、俺の攻撃が通じていることが伝わってくるし、こいつに勝つことすら今では難しくないだろうと素直に思える。

 だが、それでもまだ足りてはいないのだ。

 この刃ではあの男を越えられない。

 この程度では俺は自分を貫けたとは言えない。

 こんな俺ではまだ、ナタリーの前に誇りも持って立つことなどできはしない。

 だから、俺は止まらない。止まることなどありえない。

 渾身の剣閃を繰り出し、しかしその一秒後にはその一撃は渾身ではなくなっている。

 まだだ、まだこれでは遅い、これでは弱い、これでは誇れない。

 この程度じゃ俺は―――



「自分に胸を張れねぇんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」

「んなッ!? こんな、こんなバカなことがあり得るはずがッ!? ぐッがぁッ~~~~~」



 そうして気づけば、いつの間にか俺の剣は魔人モーリスの胸を貫いていた。



「はぁ、はぁ、はぁ……くそ、まだだ、もっと、もっと俺は…………」

「がはッ……こ、こんな……ふざけた話が……おのれ勇者め……ぐッ」




 魔人モーリスが吐血しながらそんな恨み言を告げる。

 だが、俺の視線の先にいるのは最早魔人モーリス(こいつ)などではなくなっている。

 俺が目指すのはあの男。

 あの男の背中に他ならない。

 魔人モーリスの体が徐々にその存在を希薄にしてゆく。

 どうやら魔人は死を迎えると無に帰る運命(さだめ)にあるらしい。

 魔人モーリスが自身の死を悟りながら叫ぶ。



「おの、れ……だが、ワタシがここで倒されたとしても、ここにはアドラメレクがやってくる……今の疲弊したその様で、果たして奴が倒せるのかねぇ……? キヒヒひ……」

「ッ……超えて見せるさ、なんとしてもな」



 そういいながらも俺の顔には思わず苦悶の表情が浮かぶ。

 ……確かに難しいかもしれない。

 今、この国も俺たちもあまりに疲弊してしまっている。

 それほどにこいつにもたらされた混乱は大きすぎた。

 だが、それでも負けられない。

 例え地を這い、泥水を啜ることになったとしても、俺はもう無力に諦める結末(エンディング)を選ぶことだけはしないと、そう決めたのだから。



「ヒヒヒ……減らず口を……だが、いつまでその口が続けられるかな? ほら、奴の魔力がもうすぐそこまで……なッ!?」



 突然魔人モーリスの表情が一転、ニヤついた笑みが消え、動揺をあらわにすると、呆然とした様子で言葉を続けた。



「ば、ばかな……? アドラメレクの魔力反応が消えた、だと……?

 奴はワタシよりも遥かに武闘派の魔人のはず。いや、まさか……そんなことあり得るはずがない……だが、これは……」

「魔人アドラメレクが倒された……?」



 困惑する魔人モーリスの背後で、その内心を先読みしたナタリーが思わずそれを口に出す。

 だが、恐らく魔人モーリスの同様と口ぶりからするに本当のことなのだろう。

 と、すれば、奴が告げるもう一人の魔人は果たして誰に倒されたのか?

 

 ……根拠などない。だが、その時不思議と、俺の頭にはあの男の姿が浮かんだ。

 この世界で勇者を超える力を持ち、魔人を倒せるほどの力を持つ者。

 俺の知る中ではそんな人間があの男しか浮かばなかったからだ。

 


「……鬼道彰……やはりあの男は俺の先に……」

「おのれおのれおのれ、なぜだ、どうしてだ、ワタシの完璧な計画が……どう、して……だ、ワタシは、何を……間違え、た……?」



 そうして、魔人モーリスの体は魔力の粒子となり、無へと帰っていった。

 だが、そんなことはもう気にもならない。

 俺は思わず自らの拳を握りしめ、



「鬼道彰……俺はいつか、いつか必ずお前を……」



 そう口に出していた。

 こうして、多大な損害を出しながらも、王都で起きたこの一連の事件は幕を閉じた 

 

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