クリスの奮闘
(はぁ、はぁ、はぁ、どうして、どうしてこんなことに……)
アリアはそう思いながら村に向かって走っていた。
なぜこうなったのか? その原因は数時間前にさかのぼる―――
◆◆◆◆
―――数時間前、山菜狩り、もとい山遊びに来た子供たちはエマやクリス監督のもと、元気に遊んでいた。
「エマお姉ちゃん見て見て、変な形のキノコ!」
「ほんとだ! 変な形のキノコ、どこでみつけたの、ノエル君?」
「うんそこの茂みに生えてた! ねえエマお姉ちゃん、これ食べれる?」
「う~ん。たぶん無理だと思うな……」
「えぇ~なんでなんで? せっかく見つけたのに……」
「うん、たぶんこれを食べるとすっごいお熱が出るけどそれでもいい?」
「そっか~ならしょうがないね、お熱は嫌だもん!」
子供達とそんなやり取りをしながら、しっかりと監督役を果たすエマ。
またあるところでは、
「アリス、アリス~」
「はい、何ですか? クリス君」
「これあげるよ。ハイッ」
そう言ってクリスがにこやかに笑って後ろから出したのはタランチュラのような見た目をしたクモであった。
八本足がうねうねとおぞましく動いている。
それを見たアリスの顔は一気に真っ青になった。
「ひゃっ!? くっクモぉぉ! ちっち近づけないでぇぇぇーー!!」
と叫びながらアリスはみっともなく逃げて行く。
しかしそれで逃がすようでは村一番のいたずらっ子とは言われない。
クリスは当然のようにクモを持ったまましてやったりと言うかのような顔をしながらアリスを追いかける。
「ハハ、まてまてぇ~何で逃げるんだよア・リ・ス~」
「ひぃーー!! それを持ったまま来るなですっ、クリス君ッ!!」
ここだけ見るともはやクリスは立派な変態である。
好きな子にちょっかい出すのも限度がある気がするが唯一それを注意できそうなエマが他の子供たちにかかりっきりだったため、それを注意できる者は残念ながら誰もいなかった……。
とにもかくにも他の子供たちも思い思いの遊びや採集をしているといつの間にか日が落ち始めていたので、エマが皆を連れて村に引き返そうとした時だった。
「ん、あれは……ッ」
遠くの方からガラの悪そうな感じの大人達、ざっと10数人位がアリスやエマ達の方にに向かってくるのが見えた。
この辺では見ない人たちだとエマ達は不思議に思って、少し男達の会話を耳を澄まして聞いてみる。
「おい、こっちの方に近くの村のガキたちがよくガキだけで遊びに来てるってのは本当なのか?」
「ああ、まちがいねーよ。
この間もばれないようにここを見に来てみたがせいぜい来たとしてもちょっと大きいガキが一人いる程度だった」
「ならここでそいつら捕まえたら俺達大手柄じゃねーか。
こりゃ幹部も夢じゃねーな」
「俺達子供専門の盗賊団ハーメルンもなかなかに稼いできてそっちの世界では名も売れてきたからな。
ここで幹部になれれば豪遊できるんじゃねーか?」
「まぁ俺はそんなことよりガキで遊べりゃあ何でもいいがな」
「何だよお前ロリコンかよ、いい趣味してんなぁ~」
「おまえもにたようなもんだろうーが」
「ハハハ、違ぇねぇ」
それを聞いたエマ達は顔を青くする。
しかし男達はもうすぐそこまで来ていたので監督役のエマは急いで判断をする必要があった。
この時のエマ達には知る由もないが、この男達は最近王都で子供を攫ってはそういう趣味の者達に高値でその子たちを売りさばくという悪質な人身売買をしている盗賊団“ハーメルン”の構成員で、王都での犯行を繰り返し過ぎて騒ぎが大きくなってきたためにここの森の中にある洞窟を拠点にして騒ぎのほとぼりが冷めるのを待っていた。
そんな時に、ここにタール村の子が子供だけでよく来ているのを偶然知った一人が手柄を上げるために仲間を連れてやってきたのだった。
「皆、もう逃げても間に合わないからできるだけ音をたてないように急いであそこの草むらに隠れよう!」
とエマは自分達から見て右手の方にある草むらを指さしながら、できるだけ小声で皆に指示するとみんなでそこに隠れる。
一人女の子が転んで逃げ遅れかけたが、何とか間に合った。
そしてその直後、さっきまでエマ達のいた場所にそいつらはやってきた。
「おい、いねぇじゃねーか」
「おっかしーな、確かこの辺だと思ったんだが……」
「欲求不満すぎて幻覚でも見たんじゃねーか? このロリコン」
「おまえにいわれたくねーよ、おっかしーな。今日は来てねーのか?」
聞こえてくる話からどうやらやはり自分達を狙ってきたらしいと確信するエマ。
子供達は全員怯え、叫ぶのを必死に我慢していた。
(お願いこのまま帰って!)
そう心の中で願うエマ。ここにいる全員がエマと同じことを願っていた。
するとエマ達の願いが届いたのか……
「今日は来てねーんじゃねーか?」
「チッ、そうみてーだな。日を改めるか」
「ていうか人数集めるのに時間かかって来たのも遅れちまったしな」
「次はもっと早く来てみるか」
(やった! このまま帰ってくれれば逃げられる。
それでパパとママにこのことを伝えればきっとなんとかしてくれるはず……)
そうエマが喜んだその時だ。
盗賊の内の一人があるものを発見した。いや、してしまった。
「おい、あれ見て見ろよ」
そう言いながら盗賊の内の一人が指さした先には、子供が遊ぶような人形が転がっていた。
それはさっきの女の子が転んだ拍子に落としたものだった。
「ありゃ子供用の人形じゃねーか。 何であんなとこに……そうか、なるほどな」
盗賊は子供が自分たちが来るのに気付いてこの周辺に隠れたのだろうと予想する。
(うぅ~どうしよう、このままじゃ……)
そう思ったエマは周りの子達の怯えて泣きそうになっている顔を見て少し考える。
みんなの表情は絶望に彩られ、男達の足音が一歩、また一歩と近づくごとに震えが止まらなくなっていた。
このままではみんな捕まる。
でも、ここで自分が囮になれば……皆は村まで無事戻れるかもしれない。
そうすれば、例えここで自分が捕まっても、きっと誰かが助けに来てくれる。
―――正直、すごく怖い。
今だって自分だけでも逃げ出したいとすら思ってしまう。
だが、自分はこの中での最年長だ。
なら、自分には責任がある。
他のまだ幼い子供達を村まで無事に送り届ける、その責任がある。
怖いのはみんな同じだ。
であれば、この役目を担うのは最年長の自分しかいない。
なにしろ、もしもここでここに居る全員が捕まってしまえば、それこそ一巻の終わりなのだ。
その先はせいぜいどこかの知らない誰かに好きなように弄ばれて捨てられるのが落ちだろう。
……時間は無い、エマには即座に決断する必要があった。
「……皆、エマが囮になって時間を稼ぐからその間に逃げて?」
エマは……自らが囮となることを選択したのだ。
自分の身を絶望へと追いやることで、僅かな希望を生み出す道を選択したのである。
「何言ってんだよエマ!」
「エマちゃんだけ置いていけないよ!」
しかし、皆はその意見に反対して、なかなか“うん”と言ってくれない。
エマ達がそうしている間にも盗賊達は辺りの捜索をし始める。
タイムリミットはすぐそこまで迫っていた。
「ごめんね。もう時間が無いみたいなんだ。クリス君、皆のことよろしくね?」
それが、最後。
エマはそれだけ言うと、盗賊達のもとに飛び出して行ってしまった。
「お! いるじゃねーかガキ」
「なかなか可愛いな、こりゃ高く売れるぜ」
「でも一人だけか?」
「まあ収穫が有るだけましだろ」
「とりあえず縛って連れてくか」
「いや、なんなの!? あなた達誰!? 放してよ!!」
見つかって尚、あたかもここに居たのは自分一人で、偶々見つかってしまったかのような演技をするエマの声が残されたクリス達の耳に届く。
クリスは絶対に助けを呼んで戻ってこようと決意し、エマが盗賊達の注意を引いているこの間にそこから距離を取り、村へと急ぐ。
だが、直後、クリスの前を急いで移動していた子の足元からボキッという音が響いた。
「ん、なんだ今の……おい! あれ村のガキどもじゃねーか?」
「さてはコイツ囮になって逃がそうとしてやがったな!」
「よし、今日は大量だ。全員村に帰る前に捕まえるぞ。誰一人逃がすなよ」
「へっへっへ、今日はお楽しみだな」
「相変わらずの変態だな……おまえ、ま、俺もだけど!」
エマが犠牲になった。
その事実が子供達を焦らせ、皮肉にもそれが災いしたらしい。
焦った子が一人木の枝を踏み折り、その音で盗賊達に気付かれてしまった。
「チッ見つかっちまった! 皆、村まで走れッ!!」
そんなクリスの言葉で子供達は一斉に村に向かって走り出す。
幸い、エマのおかげで距離を稼げているのですぐには捕まらなかったものの、相手は大人だ。
身体能力の差は埋められず、一人、また一人と逃げるのについていけなかった小さい子達から次々と捕まっていってしまう。
そして気づくといつの間にか残っていたのはエマを除くと最年長のクリスとアリスの二人だけ……。
しかし、二人が追い付かれ、捕まってしまうのも時間の問題だった。
「はぁ、はぁ、どっどうするですか、クリス君、おいつかれちゃうです」
そうクリスに走りながら声をかけるアリス。その目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
(クソッ、みんな捕まっちまった。
俺はエマに皆を託されたのに誰も守れなかった……。
せめて…せめてアリスだけは……)
しかし、ここで自分がエマのように囮に残ると言ってもアリスは絶対に反対するだろう。
そうしている間にも俺らは追いつかれちまうかもしれないと考え、クリスはアリスの反対が少ないような作戦を考える。
――――――そして一つの案を思いついた。
しかしその案では追っ手を減らすことはできても完全に無くすことはできそうになかったが故に、他の案を考えようとする。
だが、それ以上考えていれば二人とも捕まってしまいそうだった。
既に時間は無い。結局、クリスは考えた末に最初の案に賭けることにした。
「アリス、二手に分かれよう。
そうすればどちらかは逃げ切れるかもしれない」
「やだよクリス君、怖いのですよぉ……」
「だがこのまま二人共捕まったら誰も助けを呼べなくなる。
そうなったら本当の終わりなんだ。頼むアリス、わかってくれ」
「……絶対です。絶対二人とも村にたどり着くのですよ? 約束なのですよ?」
「……ああ、もちろん。……約束だ」
そして二人は道を二手に別れた。走り去っていくアリス。
―――しかしクリスはアリスが見えなくなったのを確認すると意を決したかのように立ち止まった。
そしてアリスが行ったであろう方向を一瞥すると、苦笑しながら言う。
「ごめんなアリス。ちょっと約束は守れそうにないや……あとは、頼んだよ」
そう謝るように告げると、クリスは来た道を戻り、途中に落ちていた長めの木の棒を武器代わりに持つと、二手に別れた内のどちらを追うか迷っていた盗賊の男にたった一人で立ち向かって行った。