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付与術師の異世界ライフ  作者: 畑の神様
魔人襲来編
80/93

彰の意思と奥の手

「な、なんだあれは……いや、問題なのは姿じゃなく、魔法の才がない私にも感じ取れるほど強大かつ凶悪な魔力の方か?

 こんな力をまだ隠していたとは……魔人とは、一体どれほどの力をその身に秘めているというんだ……?」

「こんな奴を相手に、本当に勝つことなんてできるの? あれじゃあいくらアキラでも……」

「アキラお兄ちゃん……」



 アドラメレクの放つ尋常ではない魔力に気圧されながら、エリック、マリナ、エマの三人はただ一人、その化け物(アドラメレク)と相対し続ける彰へと不安げな視線を向ける。


 確かに彼は尋常ならざる力をもってして、あの魔人をと戦い、追いつめてすらいた。だが、今の奴は先ほどまでとは次元が違う。先ほどまでの奴が規格外だというのなら、今の奴はもはや問題外だ。


 勝つ、負ける。戦う、戦わない。逃げる、逃げない。等と、もはやそんな次元に奴はいない。


 奴の目の前に立ち、奴の標的となってしまったが最後。その者には死以外の未来はありえない。奴にとって、もはや前に立つのは敵ではなく、路傍の小石と相違ない。もしもそいつが邪魔だというのなら、ただ蹴り飛ばして視界から消し去るだけの話。


 それほどの圧倒的な差が奴との間には存在すると、その姿を見ただけで理解させられてしまう。それが今のアドラメレクという存在だ。


―――――なら、対する彼は何者か。


 その姿を視界に収めるだけで、平伏せざる負えないはずの相手。その正面に立ち、奴の標的にされて尚、消えることのない静かな殺意の炎をその眼に宿し続ける彼、彰は邪悪に変貌したアドラメレクの姿を見て、余裕すら窺える口調で告げる。



「へぇ~、それがお前の奥の手ってやつか? なるほどね」

「フハハハッ!! どうした? あまりの力量差を前に恐れを抱いたか? それとも自身の無謀を後悔したか? どちらにせよ貴様は既に手遅れよ! 何しろ我にこの姿をさせてしまったのだからな!」



 アドラメレクは傲岸不遜に彰へと言い放つ。その姿は先ほどまで追いつめられていた者とは思えない。つまり、奴は今の姿が持つ力にそれほどの自信を抱いているということだ。


 それは今までの無様な自分を補って余りあるほどで、それ故に、この力を使った自身は必勝だと、そう確信しているのだ。


 故に、アドラメレクは冷静な彰の姿を見て、あまりの力量差に、その差を理解することすらできていないのだろうと、そう考えた。当然だ。この力を前に、畏怖の念を覚えない者など、ありえるはずがないのだから。


 だから、彼が勘違いしてしまったのは無理もない。彰が本当はアドラメレクとの力量差がわからなかったから冷静だったのではなく、彰にとって、彼我の実力差は彼の動きを止める要因足りえなかっただけだということを……。



「さぁどうした? 命乞いでもするか人間? 泣いて詫びれば少しはこちらも手心を加えるかもしれんぞ?」

「御託はいい。そんなことを言う暇があるんなら、さっさとかかってこいよ」

「―――――吠えたな、下等生物がッ!! その選択、自身の死をもって後悔するがいい!!」



 叫び、地を蹴るアドラメレク。直後、その姿が彰の視界から消失した。



「―――なッ!?」



 一瞬にして視界から消失したという事実を前に、彰は困惑する。彰の脳裏に一瞬、転移魔法という可能性が過る。だが、それはない。詠唱をしていた様子は無かった。魔法という超常を使う以上、そこには何らかのトリガーが存在する。その事を彰は既にリンとの訓練で把握している。そもそも、奴にはそう言った魔法を使っていた様子がなかった。そもそも、そんなものが本当に存在するかどうかもわからないのだ。であれば、転移魔法という確率は低いであろう。


 ならば、導き出される答えは一つ。


 ただ、彰の目が、アドラメレクの動きについていけなかったというだけの事。



「ほれ、どこを見ておる?」

「―――ちッ!」



 彰がそう答えを出したのと同時、突然背後に現れたアドラメレクの拳が彰へと振るわれる。


 既に拳をいなすことは叶わない。彰にできたのは≪硬質化≫の発動と、直撃を防ぐように防御の姿勢を取り、拳の衝撃を逃がすように自ら背後へと飛ぶことのみ。


 数瞬後、アドラメレクの拳を受けた彰は砲弾の様に弾け飛び、数メートルほど宙を舞ったのち、何とか受け身を取り、着地する。



(……危なかった。≪硬質化≫の発動が間に合わなければ今の一撃で殺られていた可能性もあるか。これはちょっと予想外だな……さて、どうするかね?)



 彰は冷静にアドラメレクの一撃を分析する。アドラメレクは彰の想像を軽々と越えてきた。だが、問題なのはそれよりも、まだ奴が本気を出していない(・・・・・・・・・)ということだ。



「ほう、自ら後ろに飛ぶことで衝撃を逃がしたか……いや、それだけではないな。先の魔物との戦いで使っていた硬化の術も併用していたか?

 あの一瞬でそれをこなすとはなるほど、悪くない動きだ。だが、我は未だ全力の半分も出してはいないぞ?」



 言葉にされずとも、アドラメレクの言に虚勢が無いのは一目でわかる。


 常人であれば、彼を前に立ち上がることすらも許されぬであろう圧倒的な圧力。


 それだけで、奴の力にまだまだ伸びしろがあるのが理解できてしまう。


 今の彰では奴の動きを視界に収めることはできない。視界に捉えたときには既に対処不可能な所まで追い込まれている。


 確かにこれは窮地に間違いはない。だが、手の施しようがないかと問われれば、答えは否だ。


 力で負けているなら、負けているなりの。


 視界に捉えられないなら、視界に捉えられなりの。


 動きについていけないなら、ついていけないなりの。


 できないならできないなりの戦い方があるというものだ。



「……なるほど、確かに今のお前の動きは圧倒的だよ、魔人様。だが、こっちが手出しできないと思ってるなら、それは大間違いだぞ、馬鹿野郎」

「まだ吠えるか! 下等生物がっ!! ……もうよい、さっさと葬り去ってくれるっ!! 羽虫は大人しく、叩き潰されるがいいわっ!!」



 今のアドラメレクは直情的だ。今まで下に見ていた人間に歯向かわれたことで、怒りが中で燻り、はけ口を求めている。故に、こんなあからさまな挑発にも容易に乗ってくる。


 彰はおもむろに瞼を閉じ、視界を黒一色に染め上げ、自己の思考に埋没する。


 考えろ。


 想像しろ。


 夢想しろ。


 予想しろ。


 そして誘導しろ。

 

 こちらの挑発に対し、奴がどんな感情を浮かべ、どういう動きをして、どういう考えで、どういう攻撃をしてくるか。その全てを把握する。


 彰の挑発に乗ったアドラメレクが地を蹴り抜き、一瞬にして彰の懐まで移動してくる。この瞬間、既にアドラメレクの攻撃準備は終了している。数瞬後にはアドラメレクによる暴虐が彰を捻り潰す。だが、最早ここから動いたのでは彰の対処は間に合わない。ならば、彰の死は決定したも同然。


―――――もしも、彰がこの時点で何の対処も行っていなければ。



「―――()えているぞ」

「なっ!?」



 気が付けば、彰は足を半歩前に出し、体勢を半身にすることで、薄皮一枚の距離でアドラメレクの拳を躱していた。だが、それはありえない。彼ではアドラメレクの動きについてこれない。視認した時には既に不可避の状態が完成している。そもそも、今の彼は目を閉じ、視認すらしていないのだ。であれば、アドラメレクの動きが見えるはずもない。だが、それなら今の状況はどう説明するっ!?



「―――おのれ羽虫がぁぁぁッ!!」



 自身の拳が交わされたことに激昂し、二度三度と、徐々にその速度を上げながら続けて拳を振るい、脚撃を見舞うアドラメレク。だが、その全てを彰は時には半身に、時には屈み、時にはいなし、すんでのところで躱して行く。


 連続して振るわれるアドラメレクの拳。一撃でも受ければ致命的。だが、彰にはその動きが、()えている。


 力で負けているのなら、技で対抗する。見えないなら、予想する。ついていけないなら、初動を早めて対処する。


 それが彰の導き出した答えだった。



「おのれ……小癪な真似をッ!!」



 状況に痺れを切らし、アドラメレクの右拳が大振りに振るわれる光景が彰に()える。


 瞬間、彰の足は既に踏み出している。体を半身に逸らし、アドラメレクの拳の懐に入るのではなく、拳が破壊をもたらす範囲。その危険地帯から体を逃がすように動く。直後、左半身となった彰の目の前を拳が通過していく。



「―――隙だらけだぞ」



 無防備に晒されるアドラメレクの頭部、そこにめがけて、彰は避けた際の体の動きを止めず、そのまま回転。遠心力を乗せた右の裏拳を側頭部に叩き込んだ。もちろん、付与術による≪怪力化≫の強化も忘れない。



「……ちっ、硬いな」



 しかし、それでも拳は通らない。アドラメレクの上昇した能力は何も力と速度だけではない。その防御力も向上しているのだ。


 その証拠に、付与術による強化まで施して攻撃をしたはずの彰の拳の方が流血している。そして、攻撃を受けたはずのアドラメレクには傷一つついていない。



「はっ! その程度の拳が効くとでも思ったか!!」

「―――ッ!」



 直後、邪魔者を振り払うかの如く、振りぬかれたはずのアドラメレクの右拳が横薙ぎに振るわれる。攻撃直後の隙を突かれた彰は何とか直撃前に≪硬質化≫をかけることにこそ成功したものの、後は為す術もなく攻撃を受けてしまう。


 ミシミシッという体が軋むような音の直後、彰の体は砲弾の様に吹き飛んだ。



「―――くッッがッ!!」

「アキラお兄ちゃん!!」

「アキラッ!!」

「アキラ君ッ!!」



 鈍い音ともに吹き飛ばされる彰の姿を見て、遠くで見守る三人から悲鳴にも似た声が上がる。


 彰は周囲の木々を吹き飛ばしながら数十メートルほど吹き飛んだところでようやく止まった。


 彰に命はある。なんとか意識も保っている。だが、だからこそ、彰は自身の損傷を正確に把握していた。


 直撃の直前に≪硬質化≫をかけることには成功した。だが、それでも肋骨は何本か、持ってかれ、内臓も無事とはいっていない。口内から咳とともに鮮血を吐き出しているのがその証拠。


 致命傷とはいかない。しかし、重傷には違いがない。それが今の彰の現状だった。



「フハハハッ!! これが所詮虫けらの末路というやつよ! だが、我を相手にここまで戦ったことは称賛に値する。ならば、貴様は我が最大の一撃をもって滅ぼしてくれよう!」



 彰の姿を見て、勝利を確信したアドラメレクがとどめの一撃を放とうと両の腕を砲身の如く彰へと向ける。


 直後、今までとは比較にならないほどの魔力がアドラメレクの全身から立ち上ったかと思うと、右腕へと集中していく。


 強大かつ、凶悪な魔力が周囲を蹂躙する。


 それは彰にとっては死の宣告と同意。あの姿になる前のアドラメレクの魔法であれば、容易にかき消すことが可能であったが、今の奴に対してはそうはいかない。もしも今から放たれるであろう魔法に彰が生身での対処を行おうとすれば、その威力を前に、彰は塵も残さず消し飛ばされる。


 このままでは死は確実。しかし、そんなことは先刻承知。そもそも、先の拳が通らなかった時点で遅かれ早かれこういった事態に陥るであろうことはわかっていた。先の一撃は全力とはいかないまでも、渾身と言って差し支えない一撃ではあった。あれで無傷であるのならば、彰の攻撃はほぼ通らないに等しい。いくら攻撃を回避できても、致命を生み出す一撃を持てないのであれば、それは援軍のない籠城と同義。敗北が決定付けられた戦いとなる。



―――――故に、彰は先の攻撃を甘んじて受けた。全ては時を作るために。



 代償は想像よりも遥かに大きかった。何げなかったはずの一撃でここまでのダメージを受けるとは流石の彰も予想していない。だが、時間は稼いだ。奴はこちらが虫の息と断定し、とどめの為、全力の一撃を放とうと力をため、詠唱に入ろうとしている。好都合だ。奴がそうしてくれるのであれば、こちらも安心して詠唱することができる。全ては奴の致命に届く一撃を創り出す力を得る、そのために!



「“―――我求むるは尽きること無き力”」



 体内で僅かとはいえ燻る魔力。それを叩き起こし、練り上げながら、彰はゆっくりと言葉を紡ぐ。それは静かな詠唱。故に、今も愉悦に浸った顔で彰にとどめを刺そうとしているアドラメレクの耳には入らない。



「ふはは、抗えぬ、絶対的な力を前に滅びるがいい!! 

―――全てを滅ぼし、終焉をもたらせ、その一撃の後に立ち上がるものは要らず、あらゆる生命に死するのみ。邪龍よ、その偉大をもって万物に甘美なる死を与えん!―――≪終焉の邪龍ジ・エンド・オブ・ドラグーン≫」



 やがて、暴虐の化身が形となり、アドラメレクの両の手から放たれる。その姿は龍、しかし、それは≪黒炎龍波(ドラグーンバースト)≫の時とは比べるべくもない。大きさ、凶悪さ、威力、そのどれをとっても遥かにこちらの方が脅威と言える。


 そもそも、元となっている魔力の質が既に脅威的な変化を遂げているのだ。しかり、生み出されるものの質が変化するのも当然の帰結だろう。


 具現されたのはまるで神話の再現。巨大で、しかし荘厳。見るものに畏怖すら抱かせる圧倒的存在。しかし、その神聖が失われ、邪悪に染まりきったその姿は正に邪龍というがふさわしい。


 彼の者を形作るのは強化、否、凶化されたアドラメレクの魔力によって生み出された黒色の劫炎。それがうねるように流動しながら邪龍の姿を形成している。 



「グガァァアアアァァッ―――!!」

 


 今、邪龍はあらゆるものに死をもたらしながら畏怖を伴う叫びを上げ、彰へと接近してくる。その彼我の距離は最早彰の死へのカウントダウンと相違ない。龍が彼の到達したが最後、彼の生命は跡形もなく食い尽くされる。―――――このまま現状を甘受するのなら。



「“―――――魔力をもってその代価と為し、ここに発現せよ”」



 今、ここに、詠唱は完成した。後は発動の鍵となる言葉を述べるだけ。それだけで、彰に発動することが許された唯一にして無二の魔法が発動する。否、唯一無二なのではない、それは魔法の心得がある者なら似たようなものを容易に発動できる。その程度のありふれた魔法。違うのはただ一点、その魔法が発動者にとって与える利点のみ。


 これは彰以外には大した意味をなさない魔法。他者がこの魔法を発動したところで、それは切り札にはなりえない。しかし、それ故に、彰にとっては最強の一手になりうる。何しろ、誰もその効果を想像することができないのだから。


 ……三人の悲痛な叫びが聞こえる。彰のことを家族だと、そう言ってくれた三人が、自分の為に、必死になり、心配をしてくれる。



(―――ああ、充分だ)



 それだけで全ては事足りる。鬼道彰は彼らの為に命を懸けることができると、そう確信できる。だって自分は/俺は今こんなにも、家族(・・)のことを守りたいと心の底から思っているのだから。


 なら、もう茶番は終わりだ。ここから先が俺の全力。今持ちうる力の全て、その全てをもって、俺は俺の大切なものを守り抜く!!



「行くぜ、遊びは終わりだ。―――≪限界抹消(アンリミテッド)≫」 



 彰がそう告げた直後、邪龍は彰の体を覆い尽くした。


 


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