タール村での生活、そして事件
―――彰がマリナの家に居候することになってから数ヵ月程、彰はマリナ達の手伝いをしながらタール村でのんびりと生活していた。
手伝いというのはエマやタール村の子ども達と遊んだり、マリナとエリック、それにタール村の人たちの農業の手伝いなどだ。
まぁ言うまでもなく彰は頭脳労働よりも力仕事の方が得意なのでなんの問題もなかった。
むしろエマ達の相手の方に気を使っていたのだが、これもこれで楽しかったので彰はなんだかんだ楽しく過ごしていた。
因みに服はボロボロだった作務衣をマリナがありあわせの物でそれなりに直してくれたので普段はそれを着ているが、偶にエリックの服を貸してもらっている。
そして本日、件の彰は何をしているのかというと……
「ちくしょう! なんかあの人達なんかだんだん慣れて来るにつれて人使い荒くなってないか? 何が、
『この畑耕すのお願いね。大丈夫、アキラ力持ちで体力もあるから余裕余裕!』
だよ……。まったく、こんなことならもっと手を抜いて働いておくんだったぜ……」
今日も例のようにマリナ達に馬車馬のように働かされていたのだった。
というかそもそもこうなったのには肥料を運んだりする力仕事を『受けた恩は100倍返しだ!』とか言ってこっそり付与術まで使って大量に運んでいた彰にも原因はあると思われる……。
だが、そんなふうに愚痴をこぼしながらもなんだかんだ言って彰はせっせと畑を耕していく。
口ではどう言っていても、結局彰はマリナ達に感謝しているのだ。
仕事をしっかりこなすのは当然だった。
「フフ、ちゃんと働いてるみたいだね。アキラお兄ちゃん」
と、せっせと働いていた彰の元に村の子供達が皆でやってきた。
良く皆と遊んでいた彰はいつの間にやら子供達にかなり懐かれているのだ。
恐らく知能が近いからだろう。いや、それでは子供達に失礼かもしれない。
彰はエマ達がやってきたので、いったん手を止めて子供達に声をかける。
「おう、みんなどうしたんだ? こんなとこで全員そろって……」
「ニッシッシッシ、アキラ兄ちゃんがサボってないかみんなで見に来てやったんだよ!!」
そう答えたのがやんちゃでこの村一番のいたずらっ子な男の子のクリスだ。
彼はいつもこんなふうに彰をからかっては彰の反応を見て楽しんでいる。
「クリス君だめですよぅ…アキラお兄ちゃんだって毎日頑張ってるのですからぁ……」
そう言ってクリスを諌めたのは村の子供のマドンナ的存在であるアリスだ。
そのどことなく守ってあげたくなるような仕草と口調が村の男の子の心を鷲掴みにしているらしい。
「そうそうアキラお兄ちゃんは毎日“ばしゃうま”のように働いてくれてるんだからそう言うこと言っちゃだめだよ!」
「……どうでもいいけどエマ、馬車馬なんて言葉どこから覚えてきたんだ?」
とてもじゃないがこの年の子供が使う言葉とは思えない。
彰は何故か嫌な気配を感じながら、エマに質問する。
エマはこれまた元気よく答えてくれた。
「それはね、パパとママが最近よく言ってるの! 『アキラは本当に”ばしゃうま”のように働いてくれて助かるな、これからも毎日頑張ってもらおうか』って」
「…………まじか」
無論、言うまでもなくパパとママとはエリックとマリナのことである。
これからも当分こき使われそうだと彰は少しげんなりとしてしまう。
もっとも、居候の分際で文句など言えるはずもない。
借りた恩を返すためにも労働からは逃げられないだろう。
もっとも、現在進行形で借りてるものが増えて行ってしまっている現状、いつになれば完済できるのかは目途も立たないが……。
そんな彰の思いなど知ってか知らずか、エマは楽しそうにこれからの予定を告げる。
「わたしたちね、これからもりにさんさいとかとりにいくの!」
「わたしもー」
「ぼくもー」
「あなたもー」
「おい、誰かひとり俺を巻き添えにしてるやつがいるぞっ」
エマに同調して元気よく叫んだのは村の子供たちでも5歳ぐらいのちびっこ軍団たちだ。
因みにアリスは9歳クリスが10歳、エマが12歳で、なんだかんだ言って最年長のエマが子供たちのまとめ役的な感じだと知ったとき彰は驚いていた。
そしてあの森に子供達だけでよく遊びに行っていると聞いた時も驚いたが詳しく聞いてみるとあの森はあまり奥に行かなければそこまで危険ではないそうだ。
そう言われて思い返すと歩いていくにつれてあの黒い虎みたいのや食虫植物は出なくなったな、などとその時は思ったものである。
エマたちはその森に今日も行くようだ。
確かに今日は天気もいいし森に行くには絶好の日かもしれない。
「そうだった! さあみんな、もうそろそろ行くよぉ~これいじょうは“ばしゃうま”のように働いてるアキラお兄ちゃんの邪魔になっちゃうからね」
「はーい!」
「ばしゃうまー、じゃましなーい」
「はたらけーはたらけー」
「……なんか釈然としないな」
なんならもう少し邪魔して行ってもいいんだぞ? という心の声が思わず漏れそうになる。
「それじゃまたあとでね。アキラお兄ちゃん」
『ばいばーい!』
「おう、気をつけろよな」
「さぼんじゃねーぞアキラ兄ちゃん」
「さぼらんわ!」
そう言うとエマ達は森の方へ向かって行った。
「さて、俺も仕事再開すっかなぁ~」
そう言いながら彰は再び鍬で畑を耕す作業に戻るのだった。
◆◆◆◆◆
それから約7時間後、やっと畑を耕し終わった彰はマリナに耕し終わったことを報告するために居候しているマリナ達の家に向かっていた。
「や、やっと終わった……こんな生活これ以上続けたら腰が砕け散るぞ……。
とっとにかく今日はさっさとマリナさんに報告してゆっくり休むんだ。
もう誰がなんと言おうと絶対休んでやるんだからね!! ……って、ん? あれは……」
とてつもなく情けない決意表明をしていた彰だったが、途中でマリナや村のみんなが何やら深刻そうな顔をして話し合っているのを見つける。
気になった彰は歩調を早めてその場に近づくと声をかけた。
「皆さんそろってどうしたんですか?」
「アキラ君かい……」
と、深刻そうな反応を返したのはこのタール村の村長のエドさんである。
エドさんはかなり年配のお爺さんでもう長くにわたってこの村の村長をしているらしい。
「実はね、エマたちが帰ってこないのよ」
「えっエマ達まだ帰って来てないんですか?俺もうとっくに家に帰ってるもんだとばっかり……」
外はもうすでに日が落ち始めている。
いくら浅いところは危険が少ないとはいえ、森は森。
暗い森はそれだけで危険だろう。
ましてやそれが子供だけとなれば尚更だ。
「いつもなら暗くなる前には帰ってくるのに今日はまだみたいなのよ。
もう日も落ちかけてるでしょ?
流石におかしいってなって、今何人かで探しに行こうかって話してたとこだったの」
そうマリナに言われて確かに自分もあれから一切見てないなと思い、彰もだんだん心配になってくる。
エマは確かにしっかりした子ではあるがそれでもまだ子供だ。
彼女一人で子供たち全員の面倒を見るのは難しいだろう。
確かに、しっかりした子はエマだけではないが、それを踏まえても危険なのは確かだ。
こうしてはいられないと、彰は自分が行こうと決意した。
「俺も行きます。男が多い方がいいでしょう」
「本当かい、アキラ君。それは助かる。それじゃああとは…」
「村長、村の男達総出で行きましょう。その方がいい」
と言って前に出てくるエリック。
流石は一児の父だ。
こういう時にはいつもの朗らかな印象とは打って変わって頼もしさを感じる。
「その方がよさそうじゃな。ではみんな、頼めるかの?」
『おう、任しとけ!』
村の男衆たちが威勢よく答えた。
これなら解決は時間の問題かな? などと思った彰だったが、一応念のため自分に付与術をかけ、エマ達の様子を探ろうと考える。
(うーんそうだな、とりあえず聴覚を強化してみよう。聴覚に絞れば探索可能範囲も広がるしな。
そんじゃ、特性付与”聴覚強化”っと……)
するとだんだんと遠くの音が聞こえてくた。
村の皆が子供達を心配する声が各所から聞こえてくる。
彰はそのまま聴力を更に研ぎ澄まし、聞き取れる範囲を拡大、森の方へと意識を伸ばした。
―――直後、聞こえてきた声に彰は怒りでどうにかなりそうだった。
【『はッ、はッ、はッ―――お母さん、お父さん、みんなぁ、誰か……誰か助けてよぉッ』
『はははッ誰も来ないさッ!! 助けなんか来やしないッ!!
ほぅら、さっさと諦めて捕まっちまえば楽になれるぞ、お嬢ちゃん』】
聞こえてきたのはアリスの助けを呼ぶ声、そしてそれを追いかける下卑た男の声。
聞こえてきた子供の声はアリスのもののみ。
だが、発言の内容から察するに、他の子どもたちがどうなったのかは想像に難くない。
つまり、おそらくほかの子供たちはこの男仲間に攫われたと考えるのが妥当だろう。
―――ふざけるな、なんだこれは。
朝、あの子たちは今日は山菜を取りに行くのだと、楽しそうに笑っていた。
本当なら今頃は今日の成果を確認して、それを具材とした夕食に舌鼓を打ちながら、家族そろって笑っていたはずなのだ。
それがなんで……なんでこんな下種に踏みにじられなければならないのか。
こいつらが子供達を攫ってどうするつもりなのかはわからない。
だが、いかなる目的があれど、その結果はろくでもないことになるのは間違いないだろう。
つまり、子供たちが、エマが危険にさらされていることは間違いない。
彼女は自分の命を救ってくれた。
ならば、次は自分が彼女を救う番だ。
彼女たちに理不尽が降りかかるというのなら、
自分が、その理不尽を打ち払おう。
(―――待ってろよ、今行くからな)
「ん? アキラ君、急に黙って一体どうしたんだい?」
「……ごめんなさい、俺ちょっと先に行かせてもらいます。どうやら思っていたよりも事態は軽くないみたいなんで」
「……? 何を言ってるんだい、アキラ君? でもそれならなおさら一緒に……」
「―――それじゃあ、行ってきます」
彰はエリックの言葉を無理やり遮ると、術を発動するため、意識を収束させる。
―――今、必要なのは速さだ。
今なお危機に瀕しているアリスの元へと、可能な限り早く駆けつけることの出来る圧倒的な速さがいる。
(特性付与―――≪高速化≫)
彰の術が発動すると同時、彰の体内を力が駆け巡った。
全身に力が満ちていく。
準備は整った。
後は走り出す、ただそれだけ。
力強く一歩を踏み出し、地を蹴りぬく。
直後、彰の身体は弾かれたように加速、瞬く間に村の皆を置き去りにし、弾丸の如く疾走していた。
背後から『待ちたまえアキラ君ッ!!』というエリックの声が聞こえてきたが、今は立ち止まり、説明している時間すらも惜しい。
彰は心中にて謝りながら、驚異的な速度で村を出て、既に薄暗くなっている森の中へと突入していく。
声が聞こえてきた場所まではまだ距離がある。
アリスがこのまま男から逃げきるというのは正直難しい。
このままでは彼女が捕まるのも時間の問題だろう。
とすれば、あとはこの体が何とかその時に間に合う事を祈りながら森を駆ける、それだけだ。
(クソッ!! 諦めるなよアリス……もう少し、もう少しだけ頑張ってくれッ)
焦りは鼓動となり、ドクンッ、ドクンッと彰を追い立てる。
一歩でも早く、アリスのもとへ。
今考えるべきはそれだけだ。
彰はアリスの無事を願いながら、暗い森の中を走り続けた……。