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付与術師の異世界ライフ  作者: 畑の神様
魔人襲来編
73/93

襲来

「くそッ! 何で俺が動き始めることができるのはいつも事が起っちまった後なんだよ!!」


 

 自分の無力を糾弾するかのように彰は叫ぶ。


 彼はだだっ広い草原の中を、凄まじい速度で駆け抜けていた。


 そこにいつも一緒にいた二人の姿は無い。置いてきたのだ。


 ウォードラスでタール村の、家族の危機を知った彰は彼女たちにそのことを告げると、一人でそこを飛び出してきたのである。


 もちろん彼女たちはついてくると言ったが、彰には“雷化”がある。自身の肉体を雷そのものへと変化させることで、雷速で動くことの出来る術……彰にはそれがある。


 この術も最近では既にある程度の長期的利用が可能になった。最近は少し体力の変換効率が良くなっている気もする。それに、いざとなれば魔法もあるのだ。三人で行くよりも、彰が一人で行った方が遥かに早く駆けつくことができるのは既に明白だった。


 だから、二人はそれぞれ、俺に言った。



『わかったよ、アキラ。なら先に行ってて、でもボク達も必ず後から駆け付ける。だから先に行って待ってて……必ず追いつくから』

『……アキラを一人になんてさせない。すぐに追いつく……だから、それまで無事でいて、ね……それから、ちゃんと助けてあげて…?

 きっとその人達もアキラを待ってると思うから……約束、だよ?』




 彰は彼女たちのそんな言葉を背に受けながら、一人で飛び出したのだ。



「……当たり前だ。絶対に助けて見せる。皆は……俺の命の恩人なんだ。だから、今度は俺が皆を救う番だ」



 決意を胸に、彰は雷速でもって草原を駆けて行く。だが、こうしている間にも、魔物の軍勢は彼の恩人達の元へと死を届けようと近づいてきている。エリック。マリナ。エマ。そして村の皆。みんなの元へと着実にその足を近づけてきている。


 魔物達が王都が見捨てた村々を蹂躙するのは時間の問題だ。だが、この身一つでそれらの村を全て救うのは不可能。であれば、せめてタール村だけは。自分の第二の故郷であるあの村だけは何としてでも守らなければいけない。


 それこそが今の彰のやるべきことであり、やらなければならないことだ。


―――――時間はもう殆ど残されていなかった。




◆◆◆◆◆◆




 彰が雷速でタール村へ向かっている時。王都ではジャックが王から下された命令に唇を噛みしめていた。


 事の発端は先日、王都に駈け込んで来た行商人たちからもたらされた情報が発端であった。


 何でも、彼らの話によると今はまだ距離があるものの、尋常ではない数の魔物が群れを成してこちらへと向かって来るのを見たというのだ。そしてこのことを知らせる、もとい魔物から逃げるために荷を捨ててまで王都へと馬を走らせてきたのだとか。


 そんな話が事実であれば一大事だ。だが、それを確認する方法が無い以上、どうしようもない。そのため騎士団から偵察隊を派遣したところ、この情報が事実であることがわかった。


 おびただしい数の魔物達はまっすぐこの王都へと向かって来ているらしい。


 これを聞いた王は驚愕し、恐怖した。


 そんな小心者の王が出した結論は『周辺の村々を見捨てて籠城に徹し、都を守れ』というものだった。


 この決定にジャックは憤慨し、王へと抗議した。そんなことが許されていいはずがない。何せ自分は騎士なのだ。気には民を、人々を守る役目がある。危機に瀕した人からその危機を取り除く義務がある。


 そんな騎士が見捨ててしまった言うのであれば、果たして誰が村人たちを守るというのだろうか?


 このままでは村人たちは為す術もなく蹂躙される。何が起こったのかわからぬまま、また、わかったとしてもどうにもできぬままにただ蹂躙される。それをわかっていて、それでも見捨てるなどという世迷言を言い出すのかと……。


 しかし、決定は覆らなかった。つまりあの王には周囲の村のことなど最初からどうでもいいのだ。彼の頭の中にあるのはいかにして自分の身を守るのか、ただそれだけなのだ。



「くそッ!! ふざけてる! 何故助けられる命を助けようとしないんだ!! こんな時……」



 こんな時、彼―――アキラなら一体どうするのだろうか?

 

 そんな益体もないことを考える。だが、それは考えるだけ無駄だ。何しろ答えはすでに出ている。



「君ならきっと……一人で助けに向かうのだろうな……」



 そう、彼はそう言う男だ。もしも彼がここに居れば彼はいかなる危険があろうと、何ら気にせずに助けに向かうのであろう。いや、たしか彼は王都の外にある村から来ていたはずだ。ひょっとすると既にこちらへと向かって来ているかもしれない。



「……流石に考え過ぎか……」



 ジャックはため息をつくと、今現在、王の命令でより強固にしている壁を見上げる。それは王都と周囲を隔てる強固で巨大な壁。そんなただでも頑丈なものをさらに頑丈にしようとしているのである。そうして作った壁を用いて、時間を稼ぎつつ、ギルドを通して集めてもらう予定の討伐隊に助けてもらおう……というのが王の考えらしい。


 しかし、果たして本当にうまくいくのだろうか? 冒険者というものは元々危機管理能力が高い人間たちばかりが生き残り、それ以外の者は油断を伴って死んでいく。そう言う職業だ。

 そんな彼らが果たして本当にそんな異常な量の魔物がこれから攻めてくるという場所にノコノコやってこようと思うのだろうか?


 それに仮に来たとしても、それは果たしていつになるのだろう? 救援部隊の結成、物資、装備の用意、そして移動時間……。とてもではないがすぐに来れるとは思えない。むしろ魔物達がこちらを攻め落とす方が早い可能性すらある。


 では、逆に王の案は愚策なのかと言えば、あながちそうも言いきれないのだ。いくらこちらに勇者がいるとはいえ、数的不利は覆せない。多勢に無勢だ。勇者がどれほど孤軍奮闘しても、それでは王都そのものを守ることはできないだろう。


 そもそも、幾ら王都が広いとはいえ、あまりに多くの人を王都でかくまうのは食料の事やその他もろもろのことを考えれば他にも問題が出て来る。人は量の手で救える量の者しか救うことができない。これが結局のところ真実なのだ。



「……やむを得ない、か……嫌な言葉だな……」



 自分には勝手に隊を動かすことができる権力も、単身で助けに行く力もない。なら、今はせめて自分にできることを……そう考えて壁の強化を手伝いながらも、ジャックの心はうなだれていた。

 

 彼はただただ、自分の無力さを呪っていた……。



◆◆◆◆◆◆



 その日、エマの一日の始まりはなんてことない、いつも通りの始まり方だった。


 朝、お母さんに起こされて、顔を洗い、お着替えをし、お母さんの作ったおいしい料理を食べる……そんないつも通りの始まり方。


 そして、いつも通りに他の子供達と待ち合わせ、皆で森で遊ぶ。あの誘拐事件があって以来、本当に森の浅い所にしか入らなくなったが、基本的に彼ら彼女らの日常は変化してはいなかった。


 お母さんやお父さんはそれぞれ仕事を始め、自分達は森で暇をつぶす。そんななんてことない一日。


―――しかし、それ突如として音をたてて崩れ去った。


 

 エマ達が森で遊んでいると、何故か村の方が騒がしい。



「……どうしたんだろう? 珍しいね、騒がしいなんて」



 もしかすると誰か仕事中に何かあったのかもしれない。そう思ったエマは、皆と一緒に一度村へと戻った。


 村に戻ると、大人たちが集まって何かを話している。エマは大人達の元に近寄って行った。



「みんな、何かあったの?」

「おお……エマちゃんか……他の子達も……」



 しかし、村長の言葉にその先は無く、それきり黙り込んでしまった。そんなに言いにくいようなことなのだろうか? しかし、それならなおさら聞かせてもらえなければこちらとしてもみんなへなんて言葉を駆ければ落ち着けることができるのかがわからない。どうやってそれを村長の口から聞き出そうかと考えていた―――その時だった。



「ぁ……き、来やがったぞぉぉぉ!?」



 誰かがそう叫んだ。その声にエマも草原の方を見る。タール村は一方、王都の方を森に、他方を草原に囲まれた村なのだ。そして、今自分達はその森の方か来た。故に、見る方向は一方向しかない。


 そうして視線を向けた先、草原の方向からは……死の軍勢が迫っていた。



「う、そ……なに、あれ……」



 それ以上の言葉が口から出てこない。いや、それを言ったらこれを現実と認めなければならない気がして、言いたくなかったのだ。まだ、まだ今なら全部夢だったで済ませられるかもしれなかったから……。


 しかし、そんな希望、いや希望ではない、それはただの願いだった。そんな願いはすぐに瓦解する。


 また誰かが言った。

 


「ま、魔物があんなに沢山……シャドウタイガーに、ビックボア、ブラッドウルフにジャイアントオークまでいるじゃないかッ!? 無理だ……あんなの無理だ……今からじゃもう逃げても間に合わない、絶対に追いつかれる。いや、嫌だ……死にたくないぃぃ!!」

「あ、ああああああああ!! 嫌だ、死ぬのは嫌よ!!」

「に、逃げなきゃ……とにかく逃げなきゃ……」



 一人が口火を切ったことにより、皆の口から動揺が堰を切ったかのように溢れ出す。誰もが絶望と混乱の渦に巻き込まれる。皆はパニックに陥っていた。


 大人たちがそんな状態なのだ。子供達も殆どが泣きわめいている。中には正しく状況を理解できてない子もいるとは思うが恐らく雰囲気から何かを悟ったのだろう。


 そんな絶望の光景を前に、エマの頭にはふと彼の姿が浮かんだが、エマはそれを首を振ってかき消した。


 そして、直後、エマには見てしまった。


 エマはかなり視力が良い。そんなエマだからこそ、見えてしまったのだ。


 それは魔物の軍勢の少し奥、そこに人型の何者かが佇んでいる。


 しかし、人と似ているのはあくまで形だけだ。


 まるで血が通っていないかのような青白い肌、背中からは禍々しい漆黒の翼を生やしており、その頭上からは鋭利な角が生えている。


 漆黒の鎧に身を包んだその姿は他のどの魔物をよりも邪悪に満ちており、他のどの魔物よりも恐怖を感じさせられた。


 それを見た瞬間に、自身の死を確信してしまうほどに……。



「は……あ……あぁぁぁ!!!! こ、怖いよ……助けてよ……アキラぁぁ……」



 エマは耐え切れず、身体を震わして叫び声を上げる。


 しかし、その叫びは虚しく人々の絶叫の一つとして紛れるだけ、何も変化は起こらない。



―――そうしている間にも、魔物達は距離を詰め、すぐそばまで迫って来ていた。


 



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