限界抹消
「――――終わったか……」
イーヴァルディは自身の魔剣による一撃で蹂躙され、粉々に砕けた地面の一部が粉塵となり舞い上がっている場所を見ながら言う。
粉塵が落ち着き、その中から気絶した彼の姿が見えるのも時間の問題。
結果の出た戦いにすでに用なく、それに伴ってイーヴァルディにはすでにこの会場にいる理由すら消滅していた。
故に、彼はその場に背を向け、会場を後にしようと足を進める。
(アキラ君……君程の者には長い間ここで王座についていた私も久し振りに出会ったよ。
そして、君は私が長らく忘れていた戦いの楽しさを思い出させてくれた……。
ありがとう、アキラ君……君に出会えてよかった)
この時、すでにイーヴァルディの意識は自分の勝利を確信していた。
自分の魔剣による一撃が、彰が何かしようとするよりも早く決まったと、そう確信していたのだ。
――――故に、彼は気づかなかった。
未だに司会から勝敗の宣言が、自身の勝利を確定させる宣言が聞こえないことに。
中空を舞っていた粉塵に少し落ち着きが見え、そしてその中に二本の足でしっかりと立っている、彼の姿がうっすらと見えていたことに……。
「特性付与、複数同時展開――――“剣状化”」
直後、彰の術の声が会場に響く、同時に彼の周囲の空間が歪んだかと思うと、粘土のようにうねり始めた。
「なっ馬鹿なっ!? まだ意識がッ―――」
驚きと共に叫ぶイーヴァルディ、しかしその声は最後まで紡がれない、否、紡がせてもらえなかった。
粉塵の中から姿を現した彰は自身の周囲を視認できない何かで囲みながら、おもむろに右手を上げると、告げた。
「全空剣待機――――お返しだぜ? 受け取りな、全空剣発射ッ!!」
――――パチンッ!
言葉と共に右手の指を弾く彰。
イーヴァルディには一瞬彼のその言葉と行動の意味が分からず、困惑したが、直後、その全てを自らの身を持って理解した。
確かに目視では一切の脅威は確認できない、この場において唯一自身に障害与える可能性のある存在である彼、彰との距離は依然として遠い。
彼の攻撃が自身の肉体に頼るものである以上、この距離では彼は脅威足り得ない。
しかし、そう考える頭の中とは裏腹に、イーヴァルディの経験に基づく直観と、それが隅々まで染み込んでいる体は驚くほどに緊張し、気がつけば自然と何かを防ごうと魔剣を振るっていた。
「――――なッ!? なんだ、私は何を切っている!?」
彼が困惑するのも無理はない。
何しろ彼が魔剣を連続で振るう先には確かに何も視認できない、しかしその剣は確実に何かを切り裂き、無効化し、退けているのだ。
無数に飛来する見えないソレを、イーヴァルディは直感でもってその全てを退ける。
一見すれば、その攻撃ですらイーヴァルディには効果の無いように見えるかもしれない。
だが、違う。彼は直観だけで全て防ぎきっているのではない、直感に頼らなければ防ぎきれないのだ。
この二つは同じようで全く違う。前者はと違い、後者には余裕がない。
故に、一瞬でも直感が判断を間違えればそこで終わり。
そこで終了、その先は無い。
しかし、それでも彼は王者、彼はその危険な賭けに勝ち、見事にその見えない何かを防ぎ切った。
「おいおい、これも防ぎきるのかよ……いよいよチートだなあんた……」
「はぁ…はぁ……これはいったい……? 何故だ、君はすでに限界だったはずッ!! なのに何故ッ!!」
「いや、どうもな、出し切ったと思ってた俺にもどうやらまだとっておきってもんが残っていたらしい」
息を切らしながら疑問を口にするイーヴァルディに彰はおどけた風に答える。
「とっておき、だと……?」
「ああ、とっておきだ。そして悪いがイーヴァルディ、この勝負どうやら俺の勝ちみたいだ」
「な、なにを言っている……?」
「すぐにわかるさ、何しろ今の俺には――――」
――――限界が存在しないからな。
そう言うと、彰はゆっくりと歩みを進め、イーヴァルディとの距離を詰めていく。
「くっ! 一体君が何をしたのかはわからないが、私に真正面から無防備に向かって来るなど自殺行為に等しいぞアキラ君!」
直後、彼の魔剣に恐ろしい程の魔力が込められていく。
そして、イーヴァルディは膨大な量の魔力が込められた自身の魔剣を大きく横に薙いだ。
「くらいたまえッ! ――――≪根源喰らい・飛≫ッ!!」
イーヴァルディがそう叫び剣を振るうと、対象物の根源を喰らう斬撃が彰へとその間合いを飛び越えて向かって来る。
それは彰の使う付与術にとっての最大の天敵。
それに直接触れれば彰は彼の根源である体力を削り取られ、強制的に体力を根源としている付与術の限界を加速させられる。
かといって、そのまま動かなければ飛来する斬撃によって体力を喰われるだけでなく、大きなダメージまで受けてしまう。
どう動こうともさっきまでの彰なら敗北が確定する一撃。
しかし、今の彰には第三の手が存在する!
彰は彼の斬撃を確認すると、前方に手を翳し、唱える。
「特性付与、複数同時展開――――“盾状化”」
すると、今度は彼が手を翳した前の空間が歪み、そこに複数の不可視の盾が完成した。
その直後、不可視の盾と根源を喰らう斬撃が衝突する。
根源を喰らう斬撃は瞬く間に何枚かの不可視の盾を喰らい、彰へと迫っていく。
しかし、それまで、結局斬撃は不可視の盾を全てを喰らい尽くすことができず、彰にたどり着く前に中空で霧散してしまった。
自分の必殺技と言っても過言ではなかった斬撃を何事もなく、その全貌すら視認できない何かに防がれたイーヴァルディは困惑を露わにする。
「まさか、君には私の≪根源喰らい≫は天敵だったはず……現にさっきまではあれほど追いつめられていたというのに、何故だ、君はいったい何をしたんだ!?」
「なに、別に大したことはしてないよ、俺がやったのはただ俺自身の限界を取り払っただけさ」
「限界を取り払う、だと……?」
「そう、それが俺の無属性魔法、≪限界抹消≫の効果だよ」
――――無属性魔法≪限界抹消≫
それが彰が生み出した魔法だ。
その魔法が生み出す効果は彼が言った通りそう複雑なものではない。
いや、むしろ簡素と言っても過言では無いだろう。
そもそも、彰の魔力量では元々大した奇跡は起こせないのだ。
彼が起こした奇跡はこの世界においては微々たるもの。
それは本来決定打にはなりえない、しかし、彼が使えば最強へと変貌する、そんな奇跡。
言ってしまえばそれはある一点のみを特化させたただの身体強化魔法だ。
そう、体力の限界を取り払う、体力にのみ重点を置いた身体強化魔法。
それこそが≪限界抹消≫の正体。
そして、彰の付与術にかかっている制限の多くの原因は体力消費が膨大になり過ぎてしまうが故のものであり、しかしその体力に限界がなくなったということはつまり――――
「覚悟を決めろよイーヴァルディ、これからが本当の戦いだぜ?」
――――今の彰の付与術に制限は存在しないということを意味する!
今この瞬間、攻めと守りの立場が逆転した。




