チャンピオン
「き、決まりましたぁ~~!! 長い長いトーナメントを征し、チャンピオンへの挑戦権を手に入れたのはなんと!!
魔力を100しか持たない付与魔術師のアキラ選手です!!
この展開をいったい誰が想像できたでしょうか!?
とにかく素晴らしい戦いでした!!」
そんな司会の声と共に、彰の試合を初戦から見ていた者達は観客席から惜しみない拍手と、声援を送る。
だが、そうして会場中に彰の優勝を祝う歓声が鳴り響く中、一人の男が彼専用に設けられた特別席からその様子をじっと観察していた。
彼は優に2、3メートルはあろうかという巨大な剣を携え、まるで王座を模したかのような豪華な装飾の付いた椅子に座っている。
彼はしばらくそうして彰の様子をじっと眺めていたが、その顔が突然、不敵に微笑んだ。
「――――面白い、面白いじゃないか。
今までの優勝者は幾ら強いとは言っても小物ばかりだったが彼は違う。
確かに、獣人の彼……確かレオンと言ったか?
あの男もなかなか面白い者だったが、それでもやはり彼には及ばない。
最後の男は大方≪鮮血石≫でも使っていたのだろうな。
おかげで興醒めの試合を見させられたが、それに対する彼の戦い方が見れただけでも有意義なものだった……」
そこまで呟くと男は立ち上がり、より彰が見える位置へと移動する。
「君となら楽しい戦いが出来そうだ……。
待ってるよアキラ、そしてどうかこの私――――イーヴァルディを楽しませてくれ」
その男――――不動のチャンピオンと言われるイーヴァルディはそう言ってもう一度彰を強く見つめると、特別席を去って行った。
◆◆◆◆◆◆◆◆
決勝戦が終わると、彰は退場し、真っ直ぐにリンが寝ているであろう治癒室へと向かっていた。
闘技大会に優勝し、チャンピオンへの挑戦権を見事に獲得した彰だったが、結局、万全の状態のチャンピオンと連戦で疲労している彰では不公平な試合になってしまうということになり、チャンピオン戦は明日改めて行うということになったのだ。
(俺が優勝したこと、あいつらは喜んでくれるかな……いや、そもそもリンは……)
そんなことを考えながらも足を進め、治癒室の前に着いた彰はその戸を開け、中に入ると、リンとノエルがいるであろうベッドの方へと向かう。
だが、彰が試合に行く前にリンが寝ていたはずのベッドにはリンはおろか、付き添いをしてくれていたはずのノエルもおらず、もぬけの殻となっていた。
「え……? そんな、なんで……それじゃあ二人はいったいどこに? まさかイーヴィディルの奴が裏で手をまわしていたとかいうんじゃ……まずいッ! リン!! ノエル!!」
いつにもなく慌てて二人を探しに行こうとする彰、しかしそんな彰を“ガチャッ”というドアの開く音が止める。
「あっアキラ!! やっぱりここに居た!! ねぇねぇノエルちゃん! やっぱり彰ここに居たよ!!」
「……アキラは優しいから、最初にリンの様子を見に、ここにくるとおもってた、よ……」
そう言って彰に笑いかけながら入ってくる二人、どうやらリンはまだ流石に全快というわけではないらしく元気そうな声とは裏腹にその足取りには少し危なっかしいものがあり、ノエルに肩を貸してもらって、やっと立っている状態のようだ。
彰は二人の姿が見えた瞬間、無意識の内に走り出し、二人に駆け寄ると、その両腕で二人を抱きかかえていた。
「ふぇ……えぇ!? アキラ、突然どうしたのっ!?」
「うにゃッ!? ア、アキラ、とにかく落ち着いて、その、あの○×△☆♯♭●□▲★※ふぁぁぁわわわ―――」
「良かった……二人が無事で本当に良かった……俺、お前らがイーヴィディルの手の者に攫われちまったんじゃないかと……」
彰はそう言いながら、滅多に見せない筈の涙を流す。
少しの間三人はそのままそうしていたが、やがて彰が落ち着いてくると、そっと、彰は二人から離れた。
「いや……ゴメン、柄にもなく取り乱しちゃったな……反省してる。
でもお前らも悪いんだぞ? 勝手に居なくなりやがって……」
「何言ってるのさアキラ、心配し過ぎだよ? まぁちょっと嬉しいけど……」
リンは顔を赤らめながらぼそぼそと告げる。
「……ごめん、アキラ……でも、アキラがリンのために怒って、戦ってるとこ、リンにも見せてあげたかったから……」
すまなそうに猫耳をしゅんとさせながらそう答えるノエル。
「え、ってことは二人とも俺の試合見てくれてたのか……そっか、ありがとう。
でも俺、ちゃんと二人が満足できるような試合できてたか?」
そう不安そうに告げる彰。
そんな初めて見る彰の不安そうな顔に対し、二人はにこやかにほほ笑んで答えた。
「あはは! もう満足なんてもんじゃないよ! むしろ理想の右斜め上をいかれちゃったくらいだもん」
「……アキラ、あんな新技、いつの間に習得してた、の? とても驚いた……」
「おまえら……」
彰はそんな答えが返ってくるとは予想していなかったとでも言うかのように目を見開く。
そんな彰にノエルが今度は少し猫耳ぴくぴくさせながら、頬を赤らめ、小声で言葉を続ける。
「……それに、リンのために戦うアキラ、かなりかっこよかった、よ……?」
「うっ……そ、そうか! ありがとな」
控えめにそう告げたノエルがふだんより一層可愛く見え、一瞬動揺する彰。
そこに突然リンの冷静な声がかけられた。
「ねぇ、アキラ……」
「ん? 急に改まってどうした?」
彰はきょとんとした顔でリンに問いかける。
そんな彰に、リンは真剣な面持ちで語り出した。
「アキラさ、決勝戦の前、ここで『俺がもっとリンを強くしてやれてれば、俺がもっと早くあいつを……イーヴィディルを倒してれば、こんなことにはならなかったはずなんだ……』って言ってたよね?」
「お前……あの時にもう意識があったのか?」
「ううん、でも聞こえてたんだ、なんとなく。
意識の無い暗闇の中で、アキラのそんな謝罪みたいな声が……ね」
「そうだったのか……うん、そうだな、これはやっぱり最初にリンに言わなきゃいけなかったな……。
リン、本当に――――――」
「――――そのことだけどさ、そのことに関して、アキラが引け目を感じる必要なんてないんだよ?」
すまなそうに頭を下げて謝ろうとした彰をリンが遮る。
「でも……お前をあいつに勝てるくらい強くすることが俺にはできたはずなんだ。
いや、そもそも、俺がこの闘技大会に参加したいなんて言いださなけりゃ、リンがあんな目に合うことも――――」
「――――アキラッ!! それ以上はいくらボクでも怒るよ?
闘技大会に出た以上、そのくらいの可能性は覚悟の上なんだよ。
確かにきっかけはアキラの誘いだったかもしれない。
でも、最終的に参加することを決めたのはボク自身なんだ。
だからその結果起こったあれはボクの責任であって、アキラのせいじゃないんだよ」
「リン……」
アキラの発言に珍しく声を荒らげたリン。
その発言には彰も感じるものがあった。
しかし、そこで、リンは苦笑する。
「そもそもさ、恥ずかしい話だけど、この間までの、アキラとの修行を始めるまではさ、魔法があれば問題ない……なんて考えてたんだよね……。
でも今日なんてアキラから近接戦闘の技術を習ってなかったらあそこまでは勝ち残れなかったよ。
だからね? 感謝はこれでもかってくらいしてるけど、恨んだり、怒ったりなんて出来るわけないんだっ!
だからこれからもよろしくね、アキラ師匠!!」
そう彰に告げたリンの顔には、苦笑ではなく、満面の笑みが浮かんでいた。
「ああ、わかったよリン、ありがとな」
「……アキラには明日もある。そろそろ、帰って休んだ方がいい、と思う……」
「そうだな、今日は連戦で疲れたしな。
そろそろ宿に帰って休もうか?」
「うん、そうだね、行こう……ってあれ?」
元気よく歩き出そうとした三人だったが、リンはノエルから離れ、一人で歩こうとした途端にフラフラと倒れてしまった。
やはり、まだ体調は万全ではなかったらしい。
「あれれ、どうしてだろうな? あ、あはは、なんか力が入らないや」
誤魔化すように笑うリン、それを見て、彰はリンの前に背を向けてしゃがみこんだ。
「ほら、乗れよリン」
「ふぇ……?」
「おぶって行ってやるって言ってるんだよ、ほら、早く」
「えぇぇ!! で、でも……」
「いいから早く乗れって、疲れてんだろ? リンは今日俺のために頑張ってくれたんだからさ、これくらいはしないとな!」
「……じゃあありがたく、お願いしちゃおうかな……?」
リンは照れ臭そうにそう言うと、ゆっくりと彰の背に乗っかった。
その瞬間、彰の背中にかかるムニュッという感触。
やはりリンの豊満な双丘は健在であった。
(うっ……これは……ちょっと想像以上だぞ……?)
「どうしたのアキラ? もしかして重かった……?」
「え? いや、全然大丈夫だよッ!! さ、早くいこうぜッ!!」
そう言ってリンを背負ったまま意気揚々と歩き出す彰。
「……アキラのバカ……」
その後ろで、ノエルがむすっとした顔でそう呟いていたのを、彰は聞くことができなかった。
……因みにこの後、宿屋でノエルの機嫌がすこぶる悪かったことは、最早言うまでもない。




