見知らぬ天井
「知らない天井だ……てかここはどこだ?」
彰はベッドから起き上がって辺りを見回してみる。
しかし、辺りにある物、というかそもそもこの部屋がどこなのかわからない。
それでも寝ぼけて働かない頭、というより寝ぼけてなくても働かない頭を何とか強制労働させて、状況の把握に務める。
「……ずいぶん殺風景な部屋だな」
思わずぼそりとそう呟いてしまう。
そこは何というかかなり質素な感じの部屋だった。
壁や床は今時珍しく一目で木製と分かるような壁紙などの無いむき出しの木でできており、なんというか別荘のログハウスと言われた方がしっくりくる。
部屋の隅にはこれまた木製のタンス、部屋の中心にはぽつんと寂しくテーブルが置かれており、それが逆にこの部屋の物の無さを強調していた。
他にあるものと言えばせいぜい彰が今寝ていたベッド位のものだ。
なんか寂しい部屋だなーと思いながら彰が部屋を見回していると、彰の向かい側にあるドアから誰かが入ってきた。
「あらっ気が付いたのね、調子はどう?」
そう部屋に入るなり声をかけてきたのは青いゆったりとした感じの服に白いエプロンを着た、30歳ちょい位の風貌の女性だ。
顔立ちは整っており、少し全盛期は過ぎていものの、それが逆に落ち着くようなそんな感じだった。
「あのーすいません、ここはどこですか? というか俺はどうしてこんなとこに……」
と彰は恐る恐る尋ねてみる。
するとそれを聞いた女の人は少し怒ったような表情した。
「あらあら、こんなとことは失礼ね。
これでも村の中では悪くない暮らしをしてる方なのよ?」
女の人は少し拗ねたようにそう言うと、プイッとそっぽを向いてしまった。
どうやらこんなとこと言ったのが機嫌を損ねてしまったらしい。
これには流石の彰も自分の失言に気づき、慌てて謝る。
「あっすいませんそう言うつもりじゃ……」
「ふふ、別に気にしてないわ。少しからかっただけ」
女の人は彰が慌てた様子で謝罪するのを見ると笑って許してくれた。
どうやら本気で怒っていたわけではなかったらしい。意地の悪い人である。
でもその反応を見ていい人のようだと彰はちょっと安心した。
「ところで、ここはどこなんですか?
そもそも俺はなんでここにいるのかもわからないんですけど……」
「まあまあ落ち着きなさいって、まずは自己紹介が先じゃない?」
言われて初めて自己紹介がまだだったことに彰は気づいた。
名乗りもしないのに質問攻めにしようとしていた自分の行動を思い出し、彰は少し恥ずかしくなる。
「すいません、やっぱりまだ動揺してたみたいだ。
俺の名前は鬼道 彰です。呼び方は彰でもなんでも好きに呼んじゃってください」
「アキラ……か、随分変わった名前ね?
ファーストネームを持ってるなんて実はどこかの貴族のお坊ちゃんだったりするのかしら?
まあ深くは聞かないわ、私の名前はマリナよ。よろしくね」
(うーんマリナさんか、やっぱり明らかに日本人じゃないっぽいな。)
日本人でマリナという人は別にいないというわけではないだろうが、やはり見た目や、発音からなんとなく日本人ではないなということはわかっていた。
そもそもここまでの放浪で既にここが地球じゃないことなんて百も承知なのだ。
今更そんなことを再認識したところで、何の問題もなかった。
むしろマリナの発言から察するにうっかり日本での癖で苗字から答えたのはまずかったかもしれない。
次はもう少し気を付けようと心をに刻む。
彰は一度心を落ち着けると、改めてマリナに質問を切り出した。
「それで最初の質問に答えてもらってもいいですか? マリナさん」
「ああそうだったわね。まず、ここはどこかって質問にざっくり答えちゃうと、ここは私達の家よ。
アキラは森の前で倒れてたの、それを家の娘が見つけてね。
どうしようかなって思ったんだけど、流石に放置はできなかったから、ひとまずあなたを家に運んで看病していたの。
……あなた丸一日寝てたのよ?」
「そ、そうだったのか……本当にありがとうございました。マリナさん」
話を聞く限り、自分は相当お世話になってしまったようだと、彰は少し申し訳ない気持ちになる。
確かにこの世界に飛ばされてからずっと森で付与術を利用してサバイバルを行っていたのだ。
倒れて寝込む程疲れがたまっててもおかしくはない。
「いいのよ、大したことできなかったから」
命を助けるのはかなり大したことのはずだ。
だが、マリナにとってはなんら大したことではないらしい。
きっとそんなことは気にしないような懐の大きな人なのだろう。
そこで、ようやくぼんやりしていた彰の頭が覚醒し始めた。
ようやっと回り始めた彰の頭はここに来てようやく、自分の幸運を自覚し始める。
(それにしても自分でもきづかないうちに森の出口近くまで来れていたのはラッキーだったな。
もしも、森のもっと深いとこで倒れてて誰にも気づかれなかったら俺はどうなってたことやら……)
そのもしもの可能性が頭を想像するとうすら寒いものがある。
彰はそうならなくて本当に良かったと、安堵の息を吐いた。
「ん? どうしたの? 急にため息なんかついて……悩み事?」
「えっあ、すいません。何でもないです」
そのため息は悩みどころかむしろ真逆の意味を持つものなのだが、それをわざわざ言う必要はないだろう。
今はそれよりも聞かなきゃいけないことが彰には沢山あった。
「あの……」
「―――ストップ」
「……?」
彰はさらに質問を重ねようとするが、しかしそれは途中でマリナに遮られた。
彰がどうしてだろうと不思議な顔をすると、その顔を見たマリナは少し呆れたように話を続ける。
「アキラもまだまだ聞きたいことはあるだろうし、こっちもあるけど……その前にあなた、お腹減ってない?」
「あーーー……」
そう言えば、ここ最近はなかなか食料、もとい魔獣に会えず、まともなものを何も食べていなかったということを彰はここに来てようやく思い出す。
すると、思い出したように彰の腹の虫も『ぐうぅ~』と鳴りだした。
自分のお腹が空いているということすら忘れるとはどうやらよほど動揺していたらしい。
そのことに気づくとタイムリーに鳴ってしまった自分のおなかの事もあってかとても恥ずかしくなり、彰は赤面する。
もう少し、鳴るタイミングを考えてくれ俺の腹……などと、思わず彰はそんな無茶なことを思ってしまった。
「ハハ、どうやら空いてるみたいね。今用意するから待ってて」
と、そこでバタンッと部屋のドアが開いて10歳位の女の子が部屋に飛び込んできた。
おさげに編み込んだ茶髪がとてもよく似合っており、まだ幼い彼女の未来がとても可憐な少女になるであろうことを予感させる。
端的に言ってしまえば、とても可愛い少女だった。
「ママぁ~ご飯……って、あっお兄ちゃん! 起きたんだ!?」
そう言って嬉しそうな顔をしながら女の子は彰に近づいてくる。
「紹介するわね。この子が私の娘のエマよ」
「エマだよ!」
「ああ、俺は彰だ。宜しくな」
「こちらこそ宜しくね? アキラお兄ちゃん!」
彰は近づいてくる女の子を見て、
(マリナさんは家の娘が見つけたって言ってたよな?
ってことはこの子が見つけてくれたのか……)
と考え、とにかくお礼を言うことにする。
「エマが見つけてくれたんだってな。ありがとう」
「どういたしまして!
ねえ、そんなことよりアキラお兄ちゃんはどこから来たの?
何であんなとこで倒れてたの? なんで――――」
「こらこらエマ、そのくらいにしときなさい」
と、そこで質問攻めにあって困っていた彰にマリナが助け船を出してくれた。
「えぇ~でもママぁ~」
「でもじゃないの! これからご飯にするから話はそれからね?」
「やったぁ~ご飯だぁ~」
「―――なッ!?」
前言撤回、これは助け舟どころかただの援護射撃だ。
これでますます質問から逃げることが出来なくなってしまった。
先延ばしにされた質問攻めを頭の中で想像し、思わず少し億劫になる彰であった……。