決勝トーナメント第一試合・彰
「おいボウズ、降参するなら今の内だぜ? 確かに予選での動きは中々ではあったけどな。
でも―――俺に勝つにはまだ早ぇ」
そう言いながら自信たっぷりの笑みを浮かべるエイディアード。その顔からは自分が負ける可能性など毛程も考えていないことが見てとれる。
それに対し、彰は余裕の態度崩さず、淡々と答えた。
「まだ早い、ねぇ……悪いが俺にはそうは見えないけどな」
「言いやがったな、その言葉、後悔するんじゃねぇぞ?」
彰の返答が気に障ったらしく、額に青筋を浮かべるエイディアード。
だが、彼もここまで幾多の経験を積み、優勝候補となれるほどの実力をつけたのである。
そんな彼が自分より格下のはずのぽっと出の男から自分を完全に嘗めていると取れる発言を受ければ、怒るのも無理はないだろう。
故に今エイディアードはかなりの威圧を放っている。いや、それはもしかするともはや殺気と言ってもいいかもしれない。
実際、彼の威圧はかなりの物で、恐らく並みの冒険者であればすでに萎縮し、飲まれてしまうほどの物だ。
しかし、彰は並みの冒険者ではない。
彰はそんな殺気とすら言えるものを一身に受けながらも、けろりとして笑っている。いや、それどころか、
(さて、この威圧……中々だな。まぁ親父の本気に比べればまだ可愛いもんだが、でも、まぁいろいろ試すにはちょうどいいかな?)
と、そんなことを考える余裕すらあったりするのだが、そんなことはエイディアードは気付きようもない。
そして、二人のそんな険悪なムードの中、司会が声を上げる。
「さてさて、お二人とも、用意はよろしいですか? わかっているとは思いますが勝敗は先に気絶、又は降参等の要因により、先に腕輪が外れた方が負けとなります。
それでは決勝トーナメント第一試合、アキラ選手対エイディアード選手―――――試合開始です!!」
司会の声によって二人の戦いの火蓋が切られた。
まず、試合が始まって最初に動いたのはエイディアードの方だった。
彼は司会の声がフィールドに響くのと時を同じくして疾走、そして彰との距離を詰めると腰の剣を居合の要領で振りぬく。
その剣は彰を切り裂き、そのフィードバックで意識を刈り取ろうと彰に襲い掛かる。
だが、彰はそれに焦ることなく、素早く自らの剣を抜くと、エイディアードの渾身の初撃をすべるように受け流すと、返す刀でエイディアードに斬りかかった。
「―――なっ!?」
自分の渾身の初撃をあっさりと受けられて焦るエイディアード、しかし、彼は焦りながらも咄嗟にバックステップで後ろに下がり、ギリギリ、彰の剣の間合いから逃れ、仕切り直しとばかりに距離をとる。
「まさか、あの初撃をこうもあっさり受けられるとはな。こっちはあれで決めるつもりだったつーのによ。
まぁ、大口叩くだけはあるってことか……」
「あれで負けるような奴はそもそも本戦まで来れないんじゃないか?」
「ハハ、良く回る舌だなぁ? おいっ!!」
エイディアードはそう彰にたたきつけるように叫ぶと、再び彰に向かって剣を手に突っ込んで行く。
幾度も振るわれるエイディアードの剣。その一振り一振りは十分に経験を積んだベテランのそれであり、並の選手であれば恐らく捌ききれなかっただろう。
エイディアード自身も自分の技術がかなり上等なものであるという自信を持っていたし、事実その剣技を完全に防げるものは少なく、また防いだ者達も多少なりとも苦い表情を浮かべていたはずだ。
―――――だが、この男はなんなのだろうか?
そんな疑問を浮かべながら剣を振るうエイディアード、しかし、その剣も彰の剣にあっさりと受け流されてしまう。
エイディアードがいくら力を籠めて剣を振るうおうとも、彼はその全てを軽々と受け流していく。
そんな彼の表情は苦いどころか……笑っていた。
エイディアードが振るう剣、その一太刀一太刀を彼は笑みを浮かべながら軽々と弾いて、否、受け流しているのである。
ただ弾いているならまだわかろう、必死な表情を浮かべながら何とか受け流しているならそれもわかろう、そして、例え軽々と受け流されたとしても、それが自分より格上の戦士なら何とか理解して見せよう。
しかし―――今の状況は理解ができない。
彼はいくら冒険者とはいえ、たかが付与魔術師だ。それが戦士であるエイディアードが振るう剣を前に、その全てを完璧に受け流され、あまつさえその顔には笑みが浮かんでいるという異常。
(―――こんなものが理解できるはずがない、いや、できてたまるものか!!)
「うおぉぉぉぉ―――!!」
叫び声を上げながら力の限り剣を振るうエイディアード。最早彼の顔からは序盤にあった嘲笑は消えている。
そして、だんだん余裕を無くしていくエイディアードに対し、彰は笑みを浮かべながら、冷静にエイディアードの動きを見極めていた。
(なるほど、動きは中々、振るう剣からも力強いし、決して弱くはない、こりゃ新技試すにはちょうどいいかな?)
見極めの果てにそんな結論にたどり着いた彰は早速、行動に移る。
そして、エイディアードの激しい剣戟の中、その中の一太刀にタイミングを合わせて彰はそれを発動させた。
「―――は……?」
―――次の瞬間、エイディアードは驚愕、いや、困惑していた。
なぜならエイディアードが振るった剣が謎の力に弾かれ、それと同時に、おもむろに胸の前に構えた彰の剣、それがエイディアードの顔のすぐ横を掠める形で飛来してきたからだ。
これにはエイディアードだけでなく、観客達おも驚愕させる。
今のは一体何なのか、あれも付与魔術なのか、そんな彼の疑問に答える者は誰もおらず、ただただ困惑するばかりだ。
そんなエイディアード達が驚愕と共に彰を見つめると、この現象を引き起こした張本人である彼は悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべていた。
(特性付与―――“磁力【反発】”、自主トレ中の思い付きだったけど、上手くいったみたいだ。
まぁでも、この近距離で外しちゃったし、まだコントロールは課題かな?)
回りの驚愕など気にもかけずにそんなことを考える彰。
特性付与―――“磁力”【反発】、これは彰が鍛錬中に「この世界に来るまで使用制限されてたからやってみたこと無かったけど、やればできるんじゃね?」という安直な思い付きで作られた術で、術名の通り、対象に反発の磁力を纏わせる技である。
この術による磁力の強さは彰のイメージによって自在に変化させることができ、今回はそれを限界まで強力な磁力にして発動させていた。
結果、エイディアードの剣は彰から発される強力な磁力により反発し、また、彰が胸の前に構えた剣も磁力による反発をスイッチとして発射されたのであった。
「なあ、おっさん、どうしたよさっきまでの余裕は? 顔、ひきつってんよ?」
彰のその言葉で、自分がどんな表情を浮かべているのか認識するエイディアード。
そして、それと同時に彰に対する認識を改める。
目の前のあれはいきがっているガキなどではなく、純然たる強者であると。
彼はここまできて、ようやくそれを認識した。
(なるほどな……いきがっていたのは俺の方だったか……、なら出し惜しみは無しだ、ここで渋ってたら初戦敗退が決まっちまう!!)
そうして覚悟を決めた彼は再び彰へと向かって踏み込み、彼我の距離を一足で詰めると、エイディアードは右手で握った剣を袈裟懸けに振るう。
が、しかし、その剣は彰の磁力によりあっさりと弾かれてしまう。だが―――それでいい。
―――――彰が攻撃を弾き、攻撃に移ろうとするこの瞬間を待っていた!!
エイディアードは彰が攻撃に移ろうとしたことによりできたガードの隙間を通し、手を翳す。
そして、小声で詠唱を終え、発動準備をしていた彼の奥の手―――魔法を解き放った。
「―――火球!!」
エイディアードの手元から放たれる火炎、流石にこれは彰も予想できていなかったのか、驚愕に目を見開き、直後、火炎にその身を包まれる。
エイディアードは魔法を発動させると同時に距離をとった。観衆は彼が魔法を使用したという埒外の出来事に驚く。
エイディアードが前回の敗退を悔やみ、密かに訓練し、ここまでひた隠しにしてきた奥の手。
それをほぼゼロ距離でガードの内側から放ったのだ。それがいくら初級の魔法とはいえ、気絶は避けられないはずだ。
だが、これによりエイディアードが魔法を使うことができるという事実は他の参加者の知るところとなってしまった。
初級しか使えない彼の魔法など、警戒されてしまえばそこで終わりだ。この手段は最早死んだといってもいい。
しかし、悔いはない、それによってこの男に自分は勝つことができたのだから。
自身の勝利、それを確信し、また、観衆達もそれを疑うことはない。
そうして、彼がその喜びを噛みしめようとしたその時だった。
―――――あり得ないことが起こった。
エイディアードの奥の手、それがゼロ距離で、ガードの裏から放たれたのだ、彰の気絶は必然で彼はフィールドの上で倒れているはず、否、そうでなければおかしい。
だが……ゆっくりと晴れていく黒煙の中、彼は立っていた。
そして、しっかりとした足取りでその黒煙の中から出て来る。
「いや、今のはマジで危なかった。リンとの修行の中で“属性付与するとその属性の耐性も付く”って事知らなかったら負けてたかもな」
そう言っている彼の体に大きなダメージを受けた様子などなく、せいぜい服が少し煤けている程度だ。
全力を振り絞って、奥の手も出して、それでもなお届かない。
そんな状況にただただ困惑する中彰は言葉を続ける。
「そんなあんたに敬意を評して、俺の本気、少しだけ見せるよ」
この男は何を言っているのだろう? あそこまでのことをしておいて、本気ではなかったと、そう言っているのか? それこそ信じることなどできない、否、あり得ない。
誰もがそう思いながら彰を見つめる。
「じゃあ……行くぞ?」
彰はそう告げると、術を発動する。
(特性付与―――“高速化”)
術によって加速した彰は刹那の間にエイディアードの懐に潜り込む。それはエイディアード本人、および観客たちの目には突然懐に出現したかのように幻視してしまうほどの速度。
そんな速度で懐に潜り込んだ彰は、術を“怪力化”に切り替え、とどめの一撃を繰り出すその直前。
――――――最後の一撃、なかなかだったぜ?
そう言って無邪気に笑う彰の顔をエイディアードは見た。
そしてその直後、彰の強化された拳が炸裂し、エイディアードをフィールドの端まで吹っ飛ばし、その意識を刈り取った。




