付与術師推参
「おし、今回こそはチャンピオンへの挑戦権を手に入れてやるぜ」
そう言って参加者の一人―――アランは決意を新たにする。
彼は前回大会において、決勝トーナメントに進出し、そのまま準決勝まで勝ち上がった実力者で、当然今回の優勝候補の一人だ。
彼は前回の準決勝においてイーヴィディルに破れ、敗退していた。
「まぁ周りを見た感じだと、油断は禁物とはいえ、特に注目する選手も居なさそうだし、決勝トーナメントまではなんとかなるだろ」
アランは周りの参加者の顔ぶれを見ながらそんなことを考える。
フィールドにはすでに予選最終戦の参加者達が集まっており、今はただ試合が始まるのを待つだけ、という状態であった。
そして、参加者達がそれぞれ、自分の装備を確認したり する中で、とうとう司会が話し始める。
「さぁ、皆さん、大波乱であった予選もいよいよ最終戦で す!! この試合の結果如何で決勝トーナメントに進出する 残り二名の選手が決まるということになります。
ではではみなさん、早速ですが準備はよろしいですか? 」
そこで参加者達に視線で確認をとる司会。そして、言うまでもなく、参加者達は全員準備万端であった。
「さて、皆さん大丈夫みたいなので、ぼちぼち始めていっ ちゃおうと思います。
闘技大会予選、最終戦……スタートですッ!!」
フィ―ルドに響き渡る司会の試合開始の声。
参加者達はその声に反応し、各々動き出そうとする。
アランも開始の合図とともに序盤、様子見に回るために適したポジションに着こうと動きそうとしたが、しかし、彼は動き出さなかった。
いや、出せなかったといった方が正しいだろうか?
なぜなら参加者達の動きは突然、試合開始と同時にフィールドに鳴り響いた、「ドンッ」という、地面を抉る拳の音に止められたからだ。
拳を地に振りおろし、その場に居た者の視線を一身に集めたのは黒一色の装備に身を包んだ青年だった。
驚くことに、青年が拳を振り下ろしたフィールドの一角は砕けて、彼がなぐりつけた個所を中心にヒビが蜘蛛の巣のように広がっている。
青年は振り下ろした拳をゆっくりと上げると、大声で叫ぶかのように声を張り上げた。
「俺の名前は鬼道 彰、付与術魔術師だ。
俺はこの大会で誰にも負けるつもりはない! それがたとえチャンピオンであろうともな。
さぁ、負けたい奴からかかってきやがれ!!」
そして、彼は一度言葉を切り、ある一点を指さすと再び口を開く。
「あとイーヴィディル、だったか? 俺の仲間を物扱いしやがったお前は許さねえ、後で必ず捻りつぶす」
静まり返る場内、そして、やがてどこからともなく嘲笑の意味を含んだ笑いが巻き起こった。
『おいおい、どいつだよあのバカは? 誰にも負けるつもりはないぃ? かかってきやがれぇ? カッ! エンチャンターごときじゃ無理に決まってんだろうがよ!!』
『俺聞いたぜ、なんでも今回の大会、一人だけ魔力量がたったの100しかないゴミクズエンチャンターがエントリーしてるとかなんとか。
てっきりもう脱落したもんだと思ってたがまさか残ってるとはなっ!!』
『しかも聞いたか? アイツ、あの優勝候補筆頭のイーヴィディルを捻りつぶすそうだぜ? ガハハ、まったく身の程ってもんを知りやがれっつーんだよ!!』
そんな声がフィールド、そして観客席からも聞こえてくる。
それをただ眺めていたアランだが、彼からすればこの状況は当然だろうと思えた。
何しろ、付与魔術師といえば、魔法使いの劣化職業でありながら、一人では何もできず、最弱の職業と言われているジョブだ。
そんなジョブである。当然一人ですべての戦いを勝ち抜いてかねばならないこの闘技大会ではエンチャンターの参加者など滅多にいないどころか、前例がないレベルであろう。
ましてや、真偽の程は定かではとはいえ、もし本当に魔力量がたったの100しかないのだとすれば、戦いはおろか、まともに魔法を使えるのかどうかすら怪しいところだ。
まぁもっとも、あの拳の威力から察するに、それくらいは何とかつかえているのだろうがそれでも、決してあんな啖呵を切れるレベルではない。
「いったいアイツ、どういうつもりなんだ……?」
ただただ青年の行動の奇妙さに困惑するアラン。しかし、その困惑は後に驚愕を含むものへと変化することになる。
「ハハハ、まぁまぁいいじゃねぇか、ガキのいきがりだよ、ここは俺が一つ、現実ってものを教えてやろうじゃねーか、そら、行くぞ、ボウズ?」
明らかに青年を見下している口調でそう言いながら参加者の男の一人が前に出て来た。
男のそのなめくさった態度のうざさは、それを見ているだけのアランが自分に言われているわけでもないのにイライラしてくるほどである。
だが、そんな男の態度に対し青年は、怒るわけでもなく、構えも取らずにただ右手を前後にクイクイと動かして挑発をした。
「御託はいいからさっさと来な」
青年の挑発がよっぽど頭に来たのだろうか? 男は額に青筋を浮かべている。
「おもしれぇ……お前のその発言、後で必ず後悔させてやらぁ!!」
そう叫びながら男は剣を振り上げ、青年の元へと突っ込んで行く。
その時、会場に居たほぼすべての人が青年の脱落を想像した。アランも例に漏れず、彼の脱落する姿を想像し、勇ましい青年の勇姿を最後まで見届けてやろうと思いながらその姿を見ていた。
だが、次の瞬間、青年への嘲笑で騒がしかった会場は静寂に包まれた。
なぜなら、気絶したのは青年ではなく、自ら突っ込んでいった男の方であったからだ。
―――――それは刹那の出来事。
男が青年に接近、そして同時に剣を振り下ろしたその時、青年はあえて一歩踏み込み、体勢を半身に変えて最小限の動きで男の攻撃を避けた。
そして、彼は男とすれ違うその一瞬、いつの間にか抜いていた剣を一閃。その一撃をもって男の意識を刈り取ったのだ。
驚愕の意を含んだ困惑が会場を包む。青年はそんな一同を尻目に告げる。
「さて、と、それじゃあ次はこっちから行くぜ?」
その言葉をきっかけに、困惑を警戒へと変える参加者達。だが、それらはなんの意味も為さなかった。
青年は警戒している参加者達の目ですら捉えられぬほどの速さで集団に接近すると、おもむろに剣を腰だめに構えた。
しかし、参加者達がただその剣が振られるのを見ているはずもなく、何人かが剣が振られるよりも素早く、青年を仕留めようと向かって行く。
青年がある程度強いとはいえ、あのままでは彼らに対処することは難しいだろうと思うアラン。
しかし、青年は敵の動きなど歯牙にもかけずに剣を振るう。
(いったいどうするつもりなんだ? あのままでは数の暴力に押されておしまいだと思うが……なッ⁉)
その瞬間、アランは驚愕に目を見開いた。
なぜなら、明らかに彼の剣の長さでは届かなかったはずの参加者までもが彼の一刀の元に斬り伏せられていたからだ。
だが、アランが驚いたのはそれが理由ではない。彼はしっかりとその過程を確認している。
彼が驚いた理由はその確認した過程の方にあった。
青年が腰だめに構えた剣を振るったその瞬間、彼の剣が突然大きく伸びたのだ。
そして、その長大化した剣は向かって来ていた者の意識を根こそぎ刈り取ったのであった。
(あり得ない……物体の形そのものまで変化させる付与魔法なんて聞いたことがないぞ!?
いや、例えそんなものがあったとしても、だ。たった100しかない魔力量でそんな付与魔法が発動できるのか? 不可能だ、できるはずがない……。あの青年、一体何者なんだ……?)
訝しげな目で青年を見ながら考え込むアラン。しかし、それも長くは続けることができない。
青年がアランの視線に気づき、アランの元へと物凄い速さで接近してきたからだ。
「―――ちッ!!」
舌打ちをしながらアランは剣を構えると、物凄い速度で振るわれる青年の剣を何とか受け止めて見せる。
青年はまさか受け止められると思っていなかったのか、少し驚いた顔をし、そしてその表情に好戦的な笑みを浮かべた。
「へぇ~、あんた、結構強いな」
「そう、かい……そりゃあどうもッ!!」
声をかけて来た青年にそう答えると、アランは剣を大きく押し出し、そのまま力技で剣を薙ぎ払い、何とか距離をとる。
そして、このまま受けに回ったらやられると悟ったアランは間を開けずに接敵し、連続で剣を振るう。
息もつかせぬ連撃、しかし青年はそのアランの全力の連撃の全てを軽々と捌いていく。
(クソッ!! なんだコイツ、化け物か!? 俺の全力の連撃をこんなに軽々と―――く、マズいっ!!)
青年はアランの連撃の僅かな間隙をうって剣を横薙ぎに振るってきた。
慌てて連撃をやめ、剣を防御に回すアラン。
「―――あんたは少し面白かったよ、ありがとな」
アランの耳に微かにそんな声が聞こえた気がしたその直後、彼は見た。
青年の剣が一瞬だけ短くなり、まるでアランの剣をすり抜けるように防御の内側に剣が入ってきて、自らへと迫ってくるのを……。
―――――その光景を最後に、アランの意識は途切れた。
そして、この最終戦において、予選突破最有力候補であったアランを軽々と倒した青年―――彰に他にかなうものなど居るはずもなく、彰は危なげなく決勝トーナメントへの出場を決めたのであった。




