強敵たち
「……ただいま……無事、勝ってきた……ブイ」
そう言いながら、試合を終えて観客席に戻ってきたノエルは少し誇らしげな顔で彰とリンに向かって小さくVサインをする。
「おう、お疲れ!! 流石ノエルだな、また少し動きよくなったんじゃないか?」
「……それでも…彰の視線は振り切れなかった……ちょっと悔しい……」
「お疲れ、ノエルちゃん!! 大丈夫だよ、それは彰が普通じゃないだけだからさ!」
だが、リンの励ましの言葉に」、ノエルは小さく首を振る。
「……違う…アキラだけじゃない…何人か振り切れない視線があった……」
「まぁここは闘技大会の会場だしな、そりゃノエルのあの動きに対応できる強者が何人かいてもおかしくないんじゃないか?」
「……でも…悔しい……」
ノエルは勝ったというのに悔しそうにしながら彰の隣の席に腰かけた。
「……次は…アキラの番……?」
そう言って首を傾げながらどことなく期待を含んだ眼で彰を見つめるノエル。
「どうだろうな、ハハハ。 あ、次の試合の色が発表されるみたいだぞ?」
会場に出て来た司会の方に視線を向ける彰。それに続いてリンとノエルも視線を司会へと向けた。
司会の男は会場の視線がある程度、自身へと集まったことを確認すると、話を始める。
「いやぁ~皆さん、予選第二試合もいい戦いでしたね~、ではでは、時間が無いのでさっさと次の試合に移ろうと思います。
予選第三試合は……黄色です!! ということで黄色の腕輪をつけている参加者の方々はフィールドに集まっちゃって下さいね~」
司会の言葉に呼応するように、観覧席の中に居た人達が何人か立ち上がる。
「どうやら俺の出番はまだ先みたいだな~、まぁゆっくり試合観戦でもしてますかね」
「……むぅ…残念……」
「ボクもちょっと残念、せっかくアキラの活躍に会場の人達が驚く瞬間が見れると思ったのに……」
少し残念そう、例えれば餌を取り上げられた犬のような顔をする二人。
「いやいや、十分お前らの活躍でも驚いてただろ?」
リンとノエルの試合でも、十分観客は度肝を抜かれていただろと、彰は思っている。
むしろ自分の試合であれより盛り上がるとは到底思えなかった。
だが、リンはそれを否定する。
「それでもボク達の場合は獣人とエルフって時点で元から注目はあったし、驚かれたとしてもそれはある意味予定調和みたいなものだよ」
「……そう…でも、アキラは違う…皆アキラの事、ノーマーク…どんな顔するか、楽しみ……」
「……それって俺が勝つ=悪目立ちするってことじゃないのか? 憂鬱だな……」
だが、彰がそうつぶやくと、リンとノエルは顔を見合わせて笑った。その反応に困惑する彰。
「なんだよ、二人とも、突然笑い出したりして……なんかそんなにおかしなこと俺言ったか?」
「だって……ねぇ?」
「うん……」
「「そんなのいつもの事だよ!!」」
声を揃えてそう言った二人のその言葉に俺ってそんなふうに思われてたのかと思い、若干というか、かなりげんなりとする彰だった。
◆◆◆◆◆◆◆◆
ということで、ゆっくりと予選第三試合を観戦し始める彰達だったが、そこで面白い人物を発見した。
「……アキラ…あの人……」
「あ、本当だ!! ねえアキラ、あれ、あのイーヴィディルって人じゃないかな?」
「あ~、さっきのか、どんな戦いするんだろうな? まぁ優勝候補っていうからには強いんだろうけどさ……」
そんな会話をしている間に、司会の掛け声で試合が始まる。
参加者達の内の多くは当然イーヴィディルが優勝候補であることを知っているらしく、リンの時ほどではないにしろ、かなり多くの人が彼の方に向かって行った。ざっと見ても大体10~15くらいはいるだろう。
「ほう、この我輩に向かって来るとは、その蛮勇、賞賛に値するであるな、しかし、まだまだ―――!!」
しかし、イーヴィディルは集団で向かって来るそいつらに対し、落ち着いて剣を振り、対応する。
袈裟懸けに斬りかかってくる剣に自身の剣を合わせ、軌道を逸らすと、そのまま滑らすように敵の胴を断ち、返す刀で二人目を逆袈裟に斬って捨てた。
そこからは早い、イーヴィディルはそのまま向かって来る敵を一人、また一人と切り捨て、戦闘不能にさせていく。
彼の剣筋は決して速いわけではない。いや、むしろ少し遅いとすら言えるだろう。
だが、彼の豪快な一振りはその中に細かな数々の高度な技術を内包している。
その剛腕でもって振り出される一振り一振りはその一つの動作で、防御と攻撃を一度に行っているのだ。
大きく振り出された剣はある時は敵の剣閃を逸らし、またある時は敵の剣を弾きながら、そのまま正面の敵を葬っていく。
さすがは優勝候補と言ったところなのだろう。
彰はその試合を見ながら、あいつってただの女ったらしじゃなかったのか……っと認識を改める。
そして、第三試合はそのまま、イーヴィディルが危なげなく制してしまった。
「なんか意外だったな……何であんないい動きできるやつがあんな性格なんだろうか……」
「……いろいろ…もったいない……」
「まぁ、幾ら強くても心配はしてないよアキラ、でも油断はだめだけどね、わかってるアキラ?
ボク達、アキラがもしイーヴィディルに負けたらあいつの手籠めにされちゃうかもしれないんだからね?」
「ああ、わかってるよ。一方的にとはいえ、あいつは俺の大切な仲間を物扱いした挙句賭けの道具にしやがった。
しっかりと―――――そのツケは払ってもらうさ」
そう言った彰の顔は一瞬ではあったが、リンとノエルですら見たことのない程の静かな怒りに染まっていた。
「え、あ……うん……ありがとうね」
「……大切な…仲間…良い、響き……」
その真剣で、なおかつ二人のことを大切に思っていることが伝わってくる彰の言葉に、顔を赤らめる二人。
しかし、イーヴィディルを睨みつけていた彰に、赤く染まった二人の顔が見られることはなかった。
◆◆◆◆◆◆◆◆
そこからも、彰の出番はないまま、第四、五試合と予選は進んでいく。
その中で、彰としては興味深い敵はほとんどいなかった。
―――――一人を除いては
その一人は予選第五試合に出場した人物だった。いや、人物と言えるのかどうかは怪しいのかもしれない、何しろそいつはノエルと同じ獣人だったからだ。
そこまでの試合でも何人か獣人は出場していたが、そいつは纏っている雰囲気が違っていた。
何も感じないのだ。
人には元々纏っているはずの雰囲気というものが必ず存在する。
だが、それが彼からは一切感じられなかったのである。
なんというか、場数を踏んでいるという感じの重い感覚、それらを巧妙に隠しているかのような、そんな感じ。
それらは彰に彼がその同じフィールドに立っている者達とは一線を画する存在だというのを感じさせた。
彼の戦い方はいたってシンプルで、持っていた長めの二刀で敵を切り裂いていくというものだ。
当然、ノエルやリンのような派手さは無く、そしてイーヴィディルのような豪快さもなかったのであまり目立たなかったが、彰には彼が実力を隠しているようにしか見えなかった。
彼はその堅実な戦いのまま、あっさりと決勝進出を決めていたので、実力を隠したままでも優勝できるレベルであることは確かである。
(名前は確か……レオンさん、だったか? 決勝トーナメントで戦えたらいいな)
内心そんなことを考え、好戦的な笑みを浮かべる彰。
そんな中、司会がいよいよ彰の出場する最終戦、つまり緑の腕輪をつけている者へとフィールドに集まるように声をかけた。
「アキラ、いよいよだね。期待してるよ!!」
「……アキラ…頑張って……」
「おう、いっちょ行って来る」
そう言って立ち上がり、堂々とした足取りでフィールドへと向かう彰。
―――――闘技大会予選、その最終戦が今、始まる。




