予選第一回戦・リン
「それでは皆さん、用意はよろしいですね?
では、予選第一回戦、スタートです!!」
司会がそう声を張り上げると、予選一回戦の参加者達は二つのパターンに分かれた。様子を見る者と、開始早々から仕掛けに行く者だ。
開始早々から仕掛けることを選択した者達は、早速すぐ近くの参加者に自ら攻撃を仕掛け、参加者数を絞ろうとしている。
一方、様子を見ることを選択した者達は前者の輩から距離を取り、状況の分析に徹していた。
そして、様子を見る者の中にはリンも含まれていた。
「さて、じゃあどうしようかな?」
司会のスタートの掛け声に対しそう呟くリン。
彰達三人の中で赤の腕輪を着けていたのはリンだけだったのだ。
因みにノエルは青、彰は緑と、見事に三人とも分かれていた。もしかするとお姉さんが一緒にならないように分けたのかもしれない。
まぁともあれ、一人赤の腕輪を着けていたリンだけが必然的に予選第一回戦に出場しているのである。
そして、リンは参加者の人数の多さに、戸惑い、まだ何も行動に移せずにいた。
だが、リンが困惑しているにも、戦局は動いていく。
というのも、開始から少したったとき、参加者の一人がリンの耳を見てエルフだと気づいたらしく、「あれはまさかエルフかッ!?」という声をあげたのだ。
するとそれに追随するように参加者達の多くは一斉にリンの方を向き、リンが本当にエルフであることを確認すると同時、強敵を先に排除しようと徒党を組んで襲いかかってきた。
「え、えっ!? ちょっと大人げなくないかなみんなっ!? いくらエルフだからって女の子一人によってたかってってどうかと思うよ!?」
リンがそこまで叫んだとこですかさず司会のアナウンスが入る。
「あ、そういえばいい忘れましたがこの闘技場には怪我を精神的ダメージに変換する結界が張ってありますので安心して殺りあっちゃって下さいね~」
「やるって殺すと書いて殺る!? 何も安心できないよっ!?」
だが、リンがそうして焦っている間にも他の参加者達はリンの方へと向かって来ている。
それを確認したリンは『ハァ~』と小さくため息をはいた。
「しょうがない、降りかかる火の粉は払わなきゃね、幸い魔法を使っても死なないみたいだし、全力でいかせてもらうよ!!」
リンは決意の声とともに魔法の詠唱を開始する。
「我、求むるは我が行く手を阻む障害をひとつ残らず吹き飛ばす三つの爆炎―――三連爆撃」
リンの詠唱が終了するのと同時に、フィールドに三発の爆撃が顕現する。
顕現させられた灼熱の爆炎はリンに迫ろうとしていた者達を虫を払うかのごとく吹き飛ばし、敵を薙ぎ払っていく。
声を上げるまもなく爆炎に飲み込まれたもの達は炎が収まると、精神ダメージが許容量を越えたらしく、皆例外なく気絶していた。
後方で爆炎に巻き込まれずにすんだもの達も、前方の仲間達の惨状を見て怖じ気づいてしまい、その場から動けなくなってしまう。
だが、そんな大きな隙は普段から彰と修行しているリンの前では致命的だ。
リンは追撃の為、魔法を続けて詠唱する。
「隙だらけだよっ!! 我、求むるは荒れ狂う火炎の奔流―――火炎の荒波!!」
とたんフィールドに出現する人の身など優に超える大きさの火炎、それらが津波の如く隙だらけの出場者達を飲み込み、次々と気絶させていった。
そして、炎が収まり、いざフィールドを確認してみると、フィールドに立っているものはリンを含めて五人だけだった。
どうやら炎の波に後方で手を出さずに様子を見ていた者たちのほとんども巻き込まれてしまったらしい。
「さて、こんなとこかな? それにしても調子に乗りすぎたかな、魔力を思ったより多く使っちゃったよ……」
まだ予選だというのに魔力の四分の一程を消費してしまい、気怠そうにするリン。
だが、その顔にはまだありありと余裕が存在しているのが見て取れる。
対して残された男の出場者達にそんな余裕はひとかけらも存在していなかった。むしろリンの魔法のあまりの威力に困惑していた。
「う、嘘だろ……魔法たった二発で参加者のほとんどが倒されるなんて……いくらエルフたってこんなの……」
「おい、怖じ気づいてンじゃねぇーよッ!! 魔法使いなんざ接近戦にもちこんじまえばどうとでもなる!!
とにかくなんとかして接近戦に……」
「―――それはどうかな?」
「―――なッ!?」
他の参加者を奮い立たせ、残りの者達でなんとか接近戦に持ち込もうとしていた男は、突然目の前から聞こえてきた声に驚愕する。
なぜなら自分達がこれからなんとか接近戦に持ち込もうとしていた敵、その敵自ら接近戦を挑んできていたからだ。
男もその声でリンの接近に気づき、その手に握った剣で対応しようとするが時すでに遅し。
その時にはすでに懐から抜き放たれたリンの短剣が男の首筋を捉えていた。
急所を斬りつけられた男は精神力を一気に持ってかれ、糸が切れたように倒れる。
この時点で残り人数はリンを含め、四人。
だが、リン以外の参加者の男三人は不意を突かれたとはいえ、魔法使いに接近戦で一人が倒されたという事実を飲み込めず、まだ動揺から立ち直ることができない。
一方、リンは止まることなく、一人目を斬りつけている間も小声で魔法を詠唱をしていた。
「我、求むるは人に害を与えぬ僅かな爆破―――小規模爆発」
そして、詠唱が終わると、方向を転換、男達の位置、武装、ふるまいなどから戦力を把握し、その上で彼らの内の一人に狙いを定めると同時に、彼の方を向き、地を蹴って跳躍するとリンはそこで魔法を発動した。
―――瞬間。リンの体は急激に加速、否、飛翔する。
「―――なっ!? 爆風を足場にし、自らを加速しただとっ!?」
リンの行ったかつて類を見ない魔法の使い方に困惑する男、しかし、そんなことはお構いなく、リンは一息に狙った男に接近すると、一閃。
男を切り裂いて精神力を削り切り、気絶させた。
―――――残りリン含め三人。
リンはあと一人倒せば自動的に決勝トーナメント出場となる。
だが、この時にはすでにリンの決勝トーナメントへの進出は決まっていた。いや、この場合は決めていたと言った方が正しいかもしれない。
なぜなら、リンは男を切り裂いた直後、そのまま短剣を振りぬいた反動を利用し回転、勢いをつけて残りの二人のうちの一人めがけて短剣を投擲していたからだ。
爆発によって生まれた運動エネルギーと、回転したことによる腕の振り、その二つの力が合わさった力で飛ばされた短剣のスピードに動揺している男が対応できるはずもなく、男は為す術もなく短剣に額を貫かれ、気を失った。
「ふぅ~、アキラとの近接戦闘の訓練の成果を試すいい機会だったよ、案外やれるもんだね!!
……まぁ殆ど不意打ちだったけど……」
そう、このウォードラスにたどり着くまでの間、リンとノエルは彰から近接戦闘の訓練を受けていたのだ。
本来あまり体力がなく、体術も殆どできなかったリンがここまでの動きをすることができるようになったのは彰の指導の賜物と言えるだろう。
そこで、司会者が大声でコールを挟んだ。
「き、決まったぁぁぁ~~!! リン選手、バロン選手、決勝トーナメント進出決定です!!」
因みにバロンというのは運良く生き残ったもう一人の参加者の名前である。
彼も彼で、せっかく勝ち残ったというのになんだか微妙な顔をしていた。
……まぁ実力ではなくてただ運が良かっただけで勝ち上がるというのも複雑な気分なのだろう。
とにかく、こうしてリンは彰とノエルよりもいち早く決勝トーナメントへの進出を決めたのであった。




