エントリーその1
「―――みんなで闘技大会に出ようぜ!!」
と、新しいおもちゃを手に入れてはしゃぐ子供のような顔で二人にそう告げる彰。
「はぁ…そうきたか……」
「……いつかは…言うと…思った…」
二人の反応は彰とは対称的で、まるで呆れているかのようだった。まぁ、実際呆れているのだが……。
「なぁいいだろ、出ようぜ、な?」
しかしそんなものが彰に通じるわけもなく、めげずにどんどん自分の主張を推してくる。
そして、先に折れたのはリンとノエルの方だった。
「うーん、まぁしょうがないね……まぁ正直ちょっと出てみたいし」
「……アキラが…そう願うなら…私は…ついていく…だけ」
「まじで!? よっしゃ〜!!
じゃあ決まりだな、さっそくエントリーしに行こうぜ?」
二人の闘技大会への肯定的な返事を聞いた彰はまるで水を得た魚のようだ。
そんな彰が二人を引っ張っていく形で、彼らは闘技場へと大会のエントリーをしに向かった。
◆◆◆◆◆◆◆◆
そうして歩いて10分程、三人は闘技場の前までやって来ていた。
近くで見る闘技場はコロッセオに似ている。
だが、実際に目の前で見るそれは、写真や映像で見るよりも遥かに大きな迫力と感動を彰に与えた。
「いやー、やっぱでけぇなぁ〜、テンション上がってきたわ」
「いいから早く行くよ、アキラ、早くしないとエントリー締め切られちゃうかもよ?」
「それはまずいな、急ごう」
闘技場周辺はエントリーに来た者達や、どんなものがエントリーするのかを見に来たやじ馬たちで埋め尽くされいる。
彰達はそんな人ごみをかき分けながら何とかエントリーの受付をしているところへと向かって行く。
そして、やっとの思いで受付のすぐ近くまでやって来た彰達の耳に、なにやら口論しているような声が届いてきた。
「ん、なんだ? もめごとか?」
「なんというか、アキラの行くところっていつも何かしらの事件が起こってる気がするんだけど、ボク……」
「……アキラだから…しょうが…ない」
「そうだね、アキラだもんね……」
「おいっ、それで納得されるのは何かひっかかるものを感じるぞ?」
そんな話をしながらも、三人は声の発生源へと近づいていく。
やがて、声の内容が鮮明にきこえるようになってくる。
「なぁ~よいではないかぁ~、この優勝候補の筆頭である我輩の手込めになれるのだぞ?」
「そういうの本当にいいですから、お願いですからやめて下さい……」
「まぁそう言うな、我輩の手込めになれば好きなものを好きなだけ買ってやろうではないか?」
どうやら、エントリーに来た男の一人が受け付けの人に言い寄っているようだと判断する彰。
勇者しかり、この世界にはこんな奴ばかりなのだろうかと思うと少し億劫になってくる。
だが、言い寄っている男の方の優勝候補というのは伊達ではないらしく、かなりがっしりとした体格をしていた。
その彼の隆起した筋肉はそれなりの威圧感を放っている。それにより、周りの人達も注意したくてもできず、ただ傍観することしかできないという事態が続いているようだった。
まぁ正直、もっと上の威圧を見て来た彰からしてみれば、所詮それなりのレベルなのだが……
「なぁおっさん、そこにいられると邪魔なんだが?」
そう彰が声をかけると、男は彰の方を向いて、威圧の矛先を彰の方に向けながら話しかけて来た。
「あぁん? 貴様、我輩がこの闘技大会の優勝候補筆頭のイーヴィディル様だとわかってて言っとるのか?」
「いや、知らんけど……大体、優勝候補筆頭ってのを自分で言っちゃうのもどうかと思うぞ?」
「なんだと……?」
「というかだな、少しはまわりの事も考えてくれ、こんなとこで嫌がってる女性にしつこくナンパとか迷惑ここに極まれりなんだわ、わかったらとりあえずそこどいてくんね?」
「―――キサマぁぁぁぁぁ!!」
全力で威圧しているのに毛ほども臆さずに平然としているどころか、自分を小バカにしてくる彰の態度に痺れを切らし、イーヴィディルは彼に殴りかかる。
(特性付与―――“怪力化”)
彰に迫るイーヴィディルの豪腕、しかし、彰は彼の渾身の右ストレートをあっさりと片手で受け止めて見せた。
「なっ!? キサマいったい……」
自分の全力を明らかに自分よりも体格の小さい男にあっさりと受け止められて動揺するイーヴィディル、まあ実際には彰は付与術で力を強化しているのだが、傍目には素で受け止めているように見えるのだからそれも無理はないだろう。
だが、彰はイーヴィディルのそんな動揺は意にも解さず続ける。
「―――いいのか?」
「……なにがであるか?」
「ここは受付の前だぞ?
しかも闘技場のすぐそばとあって人も多い上にあんたがしつこくナンパしてた受付嬢さんも見てる。
そんなとこで大会出場前に暴力沙汰は少しヤバイんじゃないのか?」
彰の言葉で周りを見渡し、自分に向けられている視線を感じて少し冷静になったのか、イーヴィディルは悔しそうな顔をしながらも、腕をひっこめる。
「……いいだろう、ここは引いてやる、キサマ、名は?」
「鬼道彰だ」
「なるほど、ならキサマを倒したあかつきにはその後ろの二人は我輩が貰うとしようか」
「―――はい? お前何を言って……」
「はっ!! それこそが我輩にたてついた罰である!!
弱者が強者に屈し、全てを差し出すのは世の理、それを弱者が強者にたてつくなどという愚行をおかせば必然、弱者は強者にその全てを奪われるものなのだ!!
だが……まぁそうだな、我輩が万が一敗北し、弱者となったその時には我輩をどうしようとかまわんぞ?
もっとも、そんなことはありえないだろうがなぁ!! ハッハッハ」
そこまでを彰に一方的に告げると、イーヴィディルと名乗った男はどこかへと行ってしまった。
「いやいや、男を好きにしていいとか誰得だよ……って、行っちまった……いったいなんだったんだ、アイツ?」
「『なんだったんだ、アイツ?』じゃないよアキラ! また勝手に面倒事しょい込んで……少しは巻き込まれるボクたちの事も考えてよね!!」
「……(こくこく)」
「え、今のって俺のせいか? 俺はただ邪魔だったからそれを教えただけなんだが……」
「あのねアキラ、ものには言い方ってものが……」
「―――あの……すいません」
リンと彰の軽い言い合いに割り込んでくる声が一つ。
声の主はイーヴィディルにしつこくナンパされていた受付のお姉さんである。
その声に気づいた二人は言い争いを中止し、お姉さんの声に耳を傾ける。勿論、その言い争いを傍観していたノエルも同様だ。
「あの……すいません、このたびは助けていただいてありがとうございました。
あの人は実力と権力を持ってるが故にあんな行動をしても咎められるものがなかなかいなくて困っていたのです」
「ああ、そんなことなら気にしないで下さい、ただ俺が邪魔だと思ったからやっただけですので」
「ですが……そのせいで大変なことになってしまって……」
そう言って申し訳なさそうに俯き、謝ろうとするお姉さん。しかし、それを遮ったのは彰本人ではなく、賭けの対象にされ、リスクを背負わされてしまったはずのリン達の方だった。
「……それなら…心配の…必要…ない」
「まぁそうですね、アキラに勝てる人なんてそうそういないですし」
「ですが……相手はあの優勝候補のイーヴィディルですよ?
いくらちょっと腕に自信がある方でも……」
「あの……すんません、そもそもそのイーヴィディルってさっきみたいな強引な賭けを有効にできるほどの権力を持ってるんですか?」
彰のその発言に驚愕の表情を浮かべるお姉さん。
「え……もしかしてあなた、あの人がどんな人かも知らないであんなことを言ったんですか!?」
「あ、あんな事って……俺は邪魔だからどいてくれって言っただけですよ?
まぁ少しイラッときて口調がちょっととげとげしくなったのは否定しませんが……」
彰がそこまで言ったところで、受付のお姉さんは『あぁ…なんてこと……』などと言いながら頭を抱えて蹲ってしまった。
「あの~お姉さん? もしも~し」
恐る恐る彰が声をかけるが、お姉さんは反応しない。だが、しばらくすると、彼女は突然バッ!っと起き上がり、彰達を見つめて何やらまくし立て始めた。彰達は突然向き直ったお姉さんを見て『うわっ』っと少し驚く。
「良いですか!? イーヴィディルというのはここ最近の試合で急激に名を上げて来た拳闘士です。
何でも元々は高ランクの冒険者だったらしいのですがそれが功績を上げ、貴族にのし上がってからは道楽として闘技大会に参加するようになり、今では魔法すら無効化してしまうとかなんとか……」
「あーわかった、わかった、お姉さんそこまでで大丈夫、要するに腕っ節の強い貴族様なんだな、んでもって金と力に任せていろいろ天狗になってると……そんなん?」
「え、あ、はい……ざっと言ってしまえばそんなもんですが……でも!!」
「あ、ちょっと待って」
それでも彰の行く末を心配し、イーヴィディルがどれほど強いかを伝えようとするお姉さんをリンが遮る。
「因みに、そのイーヴィディルさんって元々何ランクの冒険者だったの?」
「あ、はい、確かBランクだったかと思いますが……」
「……大丈夫…そのくらい…アキラの敵じゃない……」
「ノエル、敵じゃないは言い過ぎだ。だがお前らがかかってるんだ、絶対に負けないよ」
「アキラ……」
「……わかってる…心配して…ない……」
何故か自信満々の男とその男に信頼と憧れなどが混じった視線を向ける二人。
その三人の光景をお姉さんは若干あきれた様子で見ていたのだった。




