彰、一晩の苦悩
―――今現在、彰は過去に経験したことがないレベルで焦っていた。
右腕に触れる柔らかい双丘、それが寝返りをうつ度に形を変えてその感触をダイレクトに伝えてくる。
一方、彰の体の上にいる者にはそこまでの破壊力はない、しかし、「ガシッ」っと体に抱きつかれ、ぴったりと密着されていると、彼女の柔肌の体温が直に伝わってきてしまい、自然、動機が早くなってしまう。
まぁ、ここまで見ていただければもうお分かりだと思うが、彰は現在、その両サイドをリンとノエルに 挟まれているのだ。
「どうしてこんなことに……」
こうなってしまった理由を説明するのに、話は少し前に遡る……。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「―――わかったよ、じゃあ二人部屋をとろう、お前らにまた野宿させるのはなんか俺が嫌だしな……」
と、いうわけで二人部屋に三人で泊まるという倫理的に怪しい事が決定してしまった彰達。
だが、三人はそんな問題をひとまず先送りにし、夕食などをさっさと済ませた。
因みに、その際リンが一人でアワアワしていたのは言うまでもない。
しかし、先送りにしたところでこの問題から逃げられるのかと言えば、そなはずもなく……。
「―――さて、どうしようか……」
結局、三人は今夜どうするか、という問題に直面していたのだった。
「……どうするも何もない……ベッドで寝る……それだけ……」
「ノ、ノエルちゃんっ!! そ、それは……」
「……もちろん……リンは床……」
「や、やっぱりそういうのは……って…え……?」
「……リンは……床……ガンバ……」
「そ、そうだよね……ボクなんかがベッドなんておこがましいよね……わかったよ、ボクは床で―――」
「おいおい、ちょっと待てぇぇぇいっ!!」
ノエルの理不尽発言に何故か納得してしまったリンを見て、彰がたまらず突っ込んだ。
「何で納得しちゃうんだよリン!!
言っておくが、床で寝るのは俺だからな!?」
「……でも……それじゃアキラが……」
「大丈夫、野宿に比べれば宿屋の床の方が千倍ましだよ。
二人は俺の事気にしないでベッドでゆっくりしてくれ」
彰は何となく納得の行ってなさそうな二人に、一方的にそう告げると、さっさと床に寝っころがってしまい、すぐに寝入ってしまった。
「あっアキラ……ってもう寝てるし……」
「……アキラ…ずるい……でも、それで逃げきれたと思ったら……大間違い……」
「どうする気なの、ノエルちゃん?」
「……こうする……のっ!」
ノエルはそう言いながら彰に近づいたかと思うと、彰を抱えこんで、お姫さま抱っこのような感じで持ち上げてしまった。
「ノ、ノエルちゃんっ!?」
慌てて手伝いに入り、美少女二人ががりで男一人を持ち上げるという奇怪、もとい、羨ましい状況を完成させるリン。
「ノエルちゃん、アキラを、持ち上げて、どうする、の!?」
リンはアキラを落とさないように踏ん張りながらノエルに問いかける。
「……もちろん…運ぶ…落とさないように……気をつけ…て」
「わ、わかったよ」
そうしてリンとノエルは二人ががりで彰をベッドまで運んだ。
というか、ここまでされて起きないアキラも正直どうかというところだが……まぁ、それはおいておこう。
「で、運んだけど……どうするの?」
「……リンには……アキラの右側を……譲る」
「え、いいの? でもそれじゃあノエルちゃんが……」
「……私は……こう…」
ノエルはリンにそう言うと、彰の体の上に乗っかって、「ガッチリ」と彰をホールドする。
「―――ノ、ノエルちゃんっ!?
そ、そんなの駄目だよ!!」
「……おやすみ……」
声を荒らげるリン、しかし、ノエルはそんな声を意にも介さず、そのまま寝息をたて始めた。
「ノ、ノエルちゃん? ウソ、もう寝てるっ!?
この二人寝入るの早すぎるよっ!!」
だが、そんなリンの叫びに答える者は誰もいない。
「ど、どうしよう……でもせっかくノエルちゃんが譲ってくれたんだし……床で寝るのは極力避けたいし……他に寝る場所もないし……しょ、しょうがないよね!!」
リンは誰に聞かれてる訳でもないのに、言い訳でもするかのようにそう声を張り上げる。
「そ、それじゃあ……お、おじゃまします……」
そうして、自分に言い聞かせるように叫んだリンは、顔を真っ赤させながら、恐る恐る彰の右側に入りこんだ。
(はぅわわわわぁ――!!
近い近い近い、駄目だよ、こんなのドキドキしすぎて寝れないよ!!)
結局、リンは動揺しながらもベッドに入り、ねむろうとするのだった。
―――因みに、この十分後、リンは熟睡していた。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「ん……」
彰は夜中真っ暗な中、寝苦しさを感じて目を覚ました。
(うーん、なんか寝苦しいな、床で寝てるからか……ってあれ? ここ本当に床か? にしては柔らかいような……)
そう思った彰はそこが本当に床であるかを確認するために、右手で周囲を弄ってみる。そして、当然そこには固く、冷たい床の感触があるはずだった。
しかし……。
―――ムニュ、ムニュ
「…………え?」
その感触を確認した瞬間、時が止まる。
あまりの衝撃に彰は何も考える事が出来ない。
思考能力は働かず、故に体も指一本動かせなかった。
そして数秒後、やっと彰の時が動き出す。
(ちょっと待て、俺は床で寝ていたはずだ、なのになんでこんな感触が……)
そう思い、一度耳をすましてみる彰。
「……んっ……」
「……ZZZ…」
すると、案の定、聞こえてきたのはリンの艶っぽい声やノエルの寝息だった。
(待て待て待て待て、俺は今もしかしてベッドで寝ているのか!?
さっきから何となく寝苦しいのは俺の上にノエルが乗っているからで……ってことは俺がさっきから触っているものは……ッ!!)
彰はやっと自分の触っているものがリンの胸である事に気づくと、即座にそこから手を離そうとする。だが……
「んっ…アキラぁ……」
「―――なっ!?」
そんなことを小声で呟きながら彰の右腕を逃がさないとでもいうかのようにガッチリ彰の腕をホールドするリン。
(おいおいちょっと待て、こんなの俺にどうしろと……)
だが、状況は困惑する彰を待ってはくれない。
リンに続いて今度は上に乗って寝っていたノエルが、
「……アキラ…ずっと…いっしょ……」
そう言いながらいっそう強く抱きついてきた。
(落ち着け、落ち着くんだ俺、理性だ。理性を保て、今こそ修行で鍛え上げた精神力を見せる時だ!!)
そして、彰がそうして精神力を限界まで使って理性を保つという生殺し状態のまま、夜が更けていった。
―――無論、彰が全く眠れなかった事は言うまでもない。
◆◆◆◆◆◆◆
「で、二人とも、これはどういうことか説明してもらえるんだろうな?」
と、翌日の朝、彰は二人に説教口調で問いかけていた。
因みに彼の左頬はまるで熟れたリンゴのように赤く腫れている。
「…………」
「え、えっと…そ、それは……」
彰の質問にはっきりと答えられず、黙秘権を貫くノエルとしどろもどろになるリン。
「特にリン!! 起きてから俺を見た瞬間におもいっきり人のことをぶっ叩くとはいい度胸をしてるなぁ〜、ハハハ」
そう、これが彰の顔が腫れている理由である。
彰が腕を掴まれ、乗っかられてるため動けず、仕方なく二人が起きるのを待っているとリンが「……ん〜」と唸りながら目を覚ましたので、腕を離してくれと彰が声をかけ、リンの意識が彰の手が自分の胸元にあるのに気づいた瞬間、「あわわわわ! アキラのエッチ!!」といいながら全力でひっぱたいたのだ、自分で抱え込んでいたのにもかかわらずである。
これはまぁギリギリ彰も怒っていいはずである。
「ご、ごめんアキラ、突然の事だったからその……驚いちゃって……」
「ほうほう、つまりリンはおどろくと人をぶっ叩くと、なるほどな〜」
「うぅ〜……」
言い返せずにどもってしまうリン。
「ところで、ノエル、なぜさっきからずっと黙っているんだ?」
彰がそうして話の矛先をリンに向けると一瞬「ギクッ」と言う感じの反応をしたものの、済ました顔で答える。
「……反省はしてる…でも…後悔はしてない……ごちそうさま……」
「一応言っておくがお前それまったくもって反省してないからなっ!?
ていうか最後のごちそうさまってのはなんだ!!
俺はいったい何をいただかれたんだよ!!」
「……知りたい…?」
「なんだよ、『その知らないほうが幸せだよ?』 みたいな言い方はっ!!
なんか怖ぇよっ」
そこまで突っ込んだ彰は疲れたらしく、はぁ〜とため息を漏らす。
「仕方ない、二人とも俺の願いを一つ聞いてくれたら許してやろう」
「お、お願いってまさかエッチなこととか!?
だめだよアキラ!! ボク達まだ知り合って間もないし、やっぱそういうことは段階を踏んでからじゃないと……」
「……私は…問題ない……」
「違うわっ!! そんな願いじゃねぇーよッ!!」
真っ赤になってもじもじしているリンとやたらウェルカムなノエルに彰は焦ってツッコミをいれる。
「……じゃあ…どんな願い…なの?」
「ああ、それはな……」
「それは…?」
彰がなんと言うのかを緊張した面持ちで待つ二人そして、彰が自らの願いを告げる。
「―――みんなで闘技大会に出ようぜ!!」
と、彰はわくわくした顔で二人にそう告げたのだった。




