新天地へ
「さあさあ!! 力自慢大会を開催中だよ~!!
今のチャンピオンは百戦錬磨のパワーを持つこの男!! アームストロングだ!!
さあさあ、誰かこいつの連勝記録を破ろうって奴はいないのか!?」
と、人込みの中心で客寄せの男が大声叫ぶ。
力自慢大会……簡単に言ってしまえば腕相撲大会である。
今のチャンピオンに勝てば、そこまで蓄積された敗北者達のお金が貰えるという仕組みなのだ。
そして、その男のすぐ横には木製のテーブルと2つの椅子があり、その片方にはチャンピオンであろう、小麦色の肌に、膨れ上がった上腕二頭筋、鋼のような胸板を持つ、恰幅のいい大男が座っている。
その炭鉱マンのような体格を持つ彼は堂々と椅子に座り、不敵な笑みを浮かべていまかいまかと挑戦者を待ち構えていた。
しかし、観衆は集まっているものの、「我こそは!!」という者は現れない。
それもそのはず、彼は先ほど、挑戦者の一人の骨を折り、治療院送りにしているのだ。
さっきまでは気軽に参加していた者達も、痛みに苦しんでいる者を目の前で見てしまえば、自ら同じ運命をたどりたいとは思わず、参加者が途絶えてしまっていたのである。
(そろそろ潮時かねぇー、さすがにあれを見てやりたいって奴もいないだろうし、かぁーもったいねえ、こいつならもっと儲けられたのによう!!
まぁ、仕方ねぇ、切り上げるか……)
売り子の男がそう思って、一声かけて切り上げようとした、その時だった。
「やるやる!! 俺、参加するぞ!!」
そう言いながら人込みをかき分けて一人の男が姿を現す。
しかし、売り子の男はその姿を見て、思わず相手が心配になってしまった。
なるほど、確かに体格はいい方だろう、しかし、このアームストロングとは比べるべくもない、下手をすれば二人目の治療院送りになってしまうかもしれない。
それでも、相手がいい大人であれば売り子の男は躊躇しなかっただろう。
だが、やってきたのはまだ子ども、青年と言えるかどうかといった年ごろの男の子だ。
彼の将来をこんなところで潰してしまうのはどこか申し訳ないような、そんな衝動に駆られ、売り子の男は思わず口を開く。
「キミ……本当にやるのかい?」
「あぁ、もちろん!!」
「でも、もしも負けて怪我をしちゃってもおじさんは責任をとれないぞ?」
「子ども扱いすんなって、大丈夫大丈夫。わかってるよそのくらい!!」
「……そうか、わかった。もう言わないさ。ただ無理はしないようにね。それじゃあ銀貨一枚をそこの袋に入れて椅子に座ってくれ」
「おっけー」
青年はそんな意味のわからない言葉を返すと、銀貨を袋に入れて、椅子に座った。
アームストロングは「いいカモを見つけた」とでもいうかのように笑みを強くする。
それは相手がだれであろうと一切の容赦をしないという彼の意思の表れだった。
「おう、ボウズ、治療院送りになってもこっちは責任もたねぇからな?」
「だから子ども扱いすんなって。大丈夫、心配しなくていいよ、でも―――それはそっちも同じだからな?」
青年の生意気な物言いにアームストロングの頭に青筋が浮かぶ。
「ほぅ……面白いこと言うな、ボウズ。
―――後悔するなよ?」
「あぁそういうのいいから早くやろう、その方がわかりやすい」
二人はそんな会話をかわすと、手を組み、準備する。
青年を除くその場の全員がアームストロングの勝利を疑わない中、
「―――レディー、ゴー!!」
売り子の男により、戦いの幕が切って落とされた。
そして、次の瞬間、観衆は自身の目を疑った。
見るからに体格でアームストロングに負けているはずの青年。
その青年が―――アームストロングをひっくり返していたのだから。
この言葉に比喩はない、文字通り、アームストロングはひっくり返され、仰向けになっていた。
対して青年は汗一滴も流さず、何事もなく椅子に座っている。
―――勝敗は誰の目にも明らかだった。
「「「―――ウォォォォオオ!!」」」
予想外の結果に沸き上がる観衆。
対象的にアームストロングと売り子の男は唖然とし、開いた口が塞がらない。
それも仕方がない、わざわざこの辺で一番の筋力を持つ男を探し出し、売り上げを出そうとしていた売り子の男しかり、自分の筋力に絶対の自信を持っていた男しかり、彼らの今日の収入は0であることがこの瞬間、決定したのだから。
「さて、こいつはもらってくよ♪」
そう言って賞金もとい、彼らの稼ぎを全て持って颯爽と去っていく青年。
それに続くように観衆もこれ以上面白いものが見れそうに無いことを察し、その場から散っていく。
あとに残されたのは自信の誇りを粉々に砕かれた元チャンピオンと、「あ~今日の飯どうしよう……」と途方にくれる売り子の男だけだった……。
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「もぅ~またアキラは勝手なことをして!!」
「……アキラ、勝手にいなくなっちゃ…やだ……」
「ご、ごめん……でも一稼ぎしてきたんだから良いじゃんかよ~」
と、二人と合流して早々に怒られる青年こと、鬼道 彰。
「よく言うよまったく、力自慢大会なんて付与術使える彰に勝てる人なんかそうそういるわけないよ」
「……むしろ…相手が心配……」
「いや、お前ら、もうそれ逆に相手に失礼だからな?」
さらりとチャンピオンをけなす二人にツッコミを入れる彰。
「そんなことよりも早く今日の宿探そうよアキラ」
「……ふかふかのベッド…凄く…楽しみ」
しかし、二人は彰のそんなささやかな主張そっちのけで事を話始める。
「お前ら俺の意見をそんなことで切り捨ててこれから泊まる宿に思いを馳せるなよっ
なんか虚しくなってきちゃうだろうがっ」
「さ、行こっか、ノエルちゃん♪」
そう言ってリンはノエルに手を差し出す。が、しかし……。
「……え、あなた…だれ?」
「まさかの裏切りっ!?
というかそれ以前にボク認知されてなかったんだ……ぐすっ」
ノエルのあなた誰発言にショックを受け、泣き出してしまうリン。
どうやら彰達に突き放されるのはリンにとってはかなり辛いことらしい。
まぁとはいっても泣くのはどうかという感じだが……。
とにかく、リンが泣き出した事に焦った彰は、慌ててリンにフォローを入れる。
「あああ!! まてまてまて、大丈夫だからっ 認知されてるからっ!!
というか一週間も一緒に居て認知されてないってよっぽどだぞ、それっ!?」
「―――ボクよっぽどだったんだ~!!」
「どうしてそうなんのっ!?
ノエル、お前からも何かフォローを……って、なんか泣いてるリンをツンツンして遊んでやがるっ!?
やめろノエル!! それ以上リンの#心__ハート__#を抉るんじゃないっ!!」
そんな会話をしながら、三人は今日の宿を探して、町を歩いていく……。
―――――彰達が王都から逃げ出して一週間、彼らはなんとか近くの町に到着していた。
もちろん、ここに到達するまでにもかなりの苦難があったのがそれは割愛させてもらおう。
とにかく、彼らはここ、ウォードラスに到着したのだった。
ウォードラスは元々、そんなに大きな町ではなかったのだが、闘技場を作ってから一気に栄え始めた町である。そんな町だから当然、腕に自信のあるもの達が集まってくるのだ。
そして、到着してすぐ、彰が力自慢大会を開催しているのをめざとく発見し、一人でさっさと行ってきて、チャンピオンのプライドと、売り子の男ホクホク顔を粉々に砕いてきたというのが真相である。
そして、合流して宿を探そうとちゃんと動き出してからも、彰がウォードラスの町並みや、闘技場を見て「うぉぉぉぉ――!!」や「かっけぇぇぇぇ――!!」「でけぇぇぇぇ――!!」と一人で子供のようにはしゃいだり、ノエルがいつの間にか居なくなったかと思うと、興味深々といった感じの目で出店の商品を見ていたり、そんな落ち着きのない二人をまとめようとしながら、結局翻弄されてしまうリンがまたまた泣き出してしまったりと、苦労しながらも、なんとか宿を発見したのだった。
「や、やっと着いたぁぁぁ~」
「本当、大変だったよ……」
「……二人とも……もっとしっかりして……」
「いやいやノエルちゃん、キミもぜんぜん人の事言えないからね?」
くたびれながらも中に入り、カウンターへと向かう彰達。
「すいません、二人部屋一室と一人部屋一室空いてますか?」
「ごめんなさいね、今ほとんど満室で、二人部屋一室しか空いてないのよ、どうする?」
「二人部屋……」
「……一室…」
カウンターの女の人のその答えに、目の色を変える若干二名。
「どうするも何も……しょうがないですね……俺はどっかで野宿でもしてくるから二人だけでも……」
「そ、そんなの駄目だよ!!
ア、アキラにだけ今日も野宿させてボク達だけふかふかのベッドで寝るなんて……で、できないよ!! ね、ノ、ノエルちゃん!!」
「……(コクコク)」
と、リンの言葉に無言で頷くノエル。
「そんなこと言ったってなぁ……どうすんだよ、またみんなで野宿するのか?」
「え、えっと……そ、そうじゃなくて……」
彰の問いかけにエルフ耳まで真っ赤になって蹲ってしまうリン。
そこでノエルがその先を代弁するように言った。
「……二人部屋で……みんな一緒に寝る……」
「いやいや駄目だろ、常識的に。」
「……なら…しょうがない……」
残念そうに落ち込むノエル。
「そ、そーだよねっ!! 常識的に駄目だよね!! 常識的に!!
しょうがないよね!! うんうん!!」
「……うん、しょうがない……それじゃあ、リン」
と、そこで言葉を切ってリンの方を向くノエル、そして……。
「……野宿…頑張って」
と、無表情で告げた。
「……え、ボクなの?」
「……もちろん…私はアキラのパートナー……パートナー同士は離れちゃ…ダメ」
「いや、でも……」
「……そもそも…リンは後から参加してきた……いわば後輩…後輩が…先輩を野宿させてベッドで寝るなんて……常識的にダメ」
「うぅぅぅ~」
何も反論出来ずにただ唸るリン。
―――ポコッ!
「―――うにゃっ!!」
「こらノエル、リンをそんなに困らせるような事を言ったら駄目だろ?」
「……でも…アキラだけ野宿なんて……ヤダ」
「そうだよ!! そうなるくらいだったらみんなで野宿するよ!!」
と、軽くノエルを叱った彰は、二人に真剣な顔で反論されたしまった。
(はぁ~、このままだと本当に俺と一緒に野宿するな、こいつら、仕方ない、いざとなったら俺が床で寝ればいいか……)
「わかったよ、じゃあ二人部屋をとろう、お前らにまた野宿させるのはなんか俺が嫌だしな……」
こうして、男一人と美少女二人で一部屋に泊まる事が決定したのだった。
……因みに、その光景をカウンターの女の人がニヤニヤしながら眺めて居たことは秘密である。




