プロローグ【後編】
「はぁ~何でこんなことに……」
翌日、彰は蔵の前に部屋着に使っている背中に金色の龍が刺繍された作務衣にエプロンとマスクと三角巾を着け、片手にはたきを持って立っていた。
目的はもちろん昨日親父に負けた罰として長年放置されていていた鬼道家の蔵の掃除をするためである。
「大体親父も親父だよな、罰があるなら最初から言えっつーの。あぁー俺の貴重な休日がきえていく……」
彰はそうぼやきながら蔵の扉を開ける。
すると、同時に長年放置されて溜まっていたホコリ達がここぞとばかりに舞い上がった。
「うっわ、ホコリ臭っ! こりゃマスクしてきて正解だったな。
まったく、たまには掃除くらいしろよなぁ~って、それを今から俺がするのか……」
と愚痴りながらも彰は蔵の中の整理に取り掛かり始める。
中には無駄に高そうな壺やなんか血のようなものの付いた碁盤、それから魔法のランプのような物にいろいろ吸い込めそうなひょうたんなどいろいろあったが、それらを次々と適当にはたいたり、はたまたダスト袋にインしたりしていく。
「あぁー腰痛ぇーってか量がおかしいだろ、こりゃ今日一日つぶれるな。
いや、それでも終わるかわかんねぇーぞ、これ……って、ん? なんだこれ」
棚の下に明らかに他よりもかなり厳重に保管されている箱、具体的には鎖で雁字搦めにされている箱を見つけ、手に取る。
彰はそれを振ったりしてみるが音がしない上にやけに軽い。
いったい何でこんなものが鎖で雁字搦めにされているのか、理由がさっぱりわからなかった。
しかし、それ故に中がとてつもなく気になるものの、厳重に開かないようにされた箱はとても一般人にはどうにかできるような品物には見えない。
―――――そう、”一般人には”
「俺、ペンキ塗りたて、触るなって貼り紙見るとつい触りたくなっちゃうタイプの人間なんだよなー。
―――よし、引きちぎるか!」
彰はそう言いながら全身に意識を集中。
不可視の力を全身に行き渡らせるイメージで術を発動させる。
(特性付与―――≪怪力化≫)
その瞬間、彰の体に圧倒的な力が漲り始める。
今なら厳重に閉じられたその箱ですら、なんということはなく開けることができるという確信があった。
彰はそのまま鎖を両手で掴むと、呼吸を整える。
「さてと、鬼が出るか蛇が出るか……とにかくその中身を俺に晒しやがれ!!」
彰がその状態で一息に鎖を引っ張ると鎖はまるで紙ひもを引っ張ったかのように千切れ去った。
彰は付与術を解除すると好奇心に胸を膨らませながら箱のふたを開けて中身を確認する。
だが、中身を確認した彰はその結果に毒気を抜かれた。
なにしろ、異常なまでに厳重に閉じられた箱、その中に入っていたのはただの紙切れだったからだ。
「なんだよ、やたらと厳重に仕舞い込まれてるから何かと思えばただの紙切れかよ……つまんねーの。それにしても変な紙だなこりゃ、なんだこれ、なんかのお札か何かか?」
とりあえず紙切れを手に取って観察してみるとどうやら何かのお札らしい。
ただしお札と言っても、陰陽師とかが使っていそうな感じの文字が書いてあるのではなく、どっちかというと黒魔術とかそっち系のオカルトっぽい魔法陣のような物が書かれている。
しかし、何が書いてあるとしても、書いてある意味やらがさっぱりわからない彰にとってはそんなことは関係なく、結局はただの紙切れでしかなかった。
「うん、どっからどう見てもただの紙切れだな。はぁーなんか損した気分だわ……」
骨折り損のくたびれ儲けだったと、彰はそれを例にのっとってダスト袋にぶち込もうとするが……。
「―――ッ!? なんだ!?」
突然そのお札が輝き始めたのだ。
どうやら何らかの原因でお札の効果が発動してしまったらしい。
そのあまりの輝きに彰の視界が真っ白に塗りつぶされる。
そしてそのまま目の眩むほどの光が彰の周りを覆い尽くし、直後、彼の体は謎の浮遊感に包まれた。
「っ~全く、今のはいったい何だったんだ……って……え?」
ようやく光が収まり、目を開けた彰は絶句した。
だが、それでもなんとか自分を取り戻した彰は震える唇で言葉を発する。
「―――――ここは一体どこなんだ……?」
気がつくと彰がいたのは自分の家の蔵の中ではなく、暗く、深い森の中だった。