プロローグ【前編】
これは作者の初めての連載作品です。
つたないところもあると思いますが頑張っていきたいと思います。
また、多少のストックはあるもののすぐに切れてしまうと思うのである程度進んだ後は更新が遅くなるかもしれませんご了承ください。
しかし、しっかりと完結させたいと思うので応援よろしくお願いします。
「―――――ここは一体どこなんだ……?」
と、ボケーっと周りを見渡しながら鬼道 彰はぼやく。
しかし彰がそうぼやくのも無理はない。
なにしろそこに広がっているのは、出口の見えない広い森、今まで見たこともないような種類の草花、そして見たことのない生き物の数々……。
そんなところに背中に金の龍の絵が刺繍された黒い作務衣にエプロンとマスクと三角巾を着け、片手にはたきを持った状態で放り出されたら誰でもそうなるだろう。
「そもそも何でこんなことになったんだ?」
話しは少し前にさかのぼる……
◆◆◆◆◆
「彰は今日も帰ったら修業なの?」
と、彰の数少ない……というよりも、そもそも二人しかいない友人の内の一人である如月 飛鳥は下校途中に彰へと問いかける。
彼女は彰の幼馴染で、昔からよく一緒遊んでおり、幼稚園・小学校・中学校と続けて彰と同じ場所に通っていた。
俗にいう腐れ縁というやつだ。
高校生になった今も幸か不幸か、その縁は途切れてはおらず、今でもどこかぬけてる彰のお目付け役のようになっている。
「ああ、もちろんそのつもりだッ!!
あの老いぼれめ、いつも俺のことを皮肉気に見下しやがって……。
何が『ふっ……彰もまだまだ子供だなぁ?』だよ!!
今日こそはなんとしてもあのクソ親父に一泡吹かせてやる……ッ」
彰はぐぬぬ……と、唸りながら悔し気に言う。
頭の中では、今でも思いだされた父の小憎たらしい顔が皮肉気に彼を鼻で笑っていた。
と、そんな彰に、横から声がかかる。
「よく何回も負け続けてるのに心が折れないよな、彰は……。
その根性だけなら親父さんにも負けないんじゃないか?」
そんな風に横から茶々を入れてきたのが彰のもう一人の友人、高柳 隆二だ。
彼も飛鳥と似たような境遇の持ち主であり、彰とは腐れ縁の仲である。
いつも無鉄砲に猪突猛進する彰に、それを横から諫める飛鳥、そして、そんな二人を傍観しながらさりげなくフォローする隆二。
性格は誰一人として似通っていないのになんだかんだで息の合う三人組。
それがこの三人なのであった。
「いや、根性なんかで勝ったって意味ないんだよ。
それじゃ俺の気が済まない。
せめてあのむかつく顔に一発ぶち込むくらいはしてようやく少しは気が収まるってもんだ」
「あはは……そこまでしても少し気が収まるだけなんだな」
「当たり前だ!
完全に満足するにはあのクソ親父が俺に跪いて『今まで何度も子ども扱いして申し訳ございませんでした……』って謝るくらいさせないとだな……」
「そんなこと言ってるからいつまでも厳さんに子供扱いされるのよ。
ほんっと昔っから全く成長してないんだから……」
「なぬっ!? 誰が子供だ!!」
『彰だよ』
「声をそろえて答えるな! 俺は子供なんかじゃない!!
もう高校生になって思春期も抜けた立派な大人だ。
計算できるし、字も書けるし、何より強い!
ほらー、俺大人っ!」
自信満々に偉そうなポーズをとる彰。
しかし、それがかえって子供っぽいということに彰は気づかない。
二人は内心そういうところが子供なんだよなぁ……と、思いながらも、それは言わずに彰の戯言を適当に相槌を打って軽く流す。
三人がそんなバカ話をしながら、歩きなれた学校からの帰り道を歩くこと数分、気が付けば三人は既に彰の家の前に着いてしまっていた。
彰の家はなかなかの豪邸であり、古き良き日本家屋といった感じの家だ。
それは彰が見かけに似合わず中々の名家の子であるという証明だった。
「じゃあな隆二、飛鳥、また学校でな」
「うん、修行頑張って。あと厳さんと綾目さんによろしく」
「まぁ親父さんに一泡吹かせられるように頑張ってね、僕も一応は応援しとくよ」
「ああ、またな!」
そうして二人に別れを告げた彰は無駄に大きな門を開けると、戸の鍵を開ける。
ガラガラと音のする昔ながらといった感じの引き戸を開けて“ただいまー”っと言いながら家に入ると、そこにいたのは畳んだ服を両手一杯に抱えた着物姿の女性だった。
「あら彰、帰ったのね、お帰りなさい。
お父さんならもう道場であなたのこと待ってるわよ」
と彰の姿を見て答えたこの女性の名は鬼道 綾目、彰の実の母親だ。
しかし、その姿は既に出産を終えた一児の母とは思えぬような美しさを維持しており、20代と言われてもしっくりと来てしまうような風貌であった。
「わかってる、直ぐに着替えて行くって親父に言っといて」
彰はそう綾目に答えると自分の部屋へと直行。
身に纏った制服を適当に脱いで放り捨てると、用意されてあった道着への着替えを済ます。
帯がきっちり締まっているのを確認すると、直ぐに修行を開始すべく、父の待つ道場へと駆け足で向かった。
修行とは何の修行か? と言えば、それは彰の家に代々伝えられる“付与術”を使いこなすための修業である。
付与術とは、術の効果の大きさに応じた自分の体力と引き換えにいろいろな属性や特性を体や物に文字通り“付与”することができる術のことだ。
例えば、自分の腕に“炎”という属性を“付与”すればその腕に揺らめく灼熱の炎を纏い、“怪力化”という特性を“付与”すれば自分の身の丈の倍の大きさはある岩石を片手で軽々と持ち上げるような怪力を得る。
いくつかの制限こそあるものの、行使者の意識次第で森羅万象に干渉し、あらゆる属性、性質を与えることができる力。
それこそが鬼道家に代々遺伝的に受け継がれて来た能力だった。
その強大な能力を正しく使いこなすため、彰は父である鬼道 厳に幼いころから厳しい修行を受けているのだ。
今日もその修行のために彰がやってきた道場に入るとそこには厳が正座の姿勢で佇んでいた。
「来たか……遅いぞ、彰よ」
「これでも急いで来たんだけどな……。
まぁいいや、早く始めようぜ親父。
今日こそは一撃入れてやるから覚悟しとけよ」
「ほう……威勢のいいことだ。
もっとも、威勢がいいだけではただの子供にすぎんがな。
どれ、少しは成長したのか、見せてもらうとしよう」
「だから、俺はもう子供じゃねぇ、いい加減その認識改めさせてやる」
「やってみるがいい。やれるものなら……な」
そう言いながら厳は立ち上がると、構えをとる。
その姿に一切の隙は無い。
それどころか、迂闊に彼の領域に立ち入ろうものなら、為す術もなく彼の思うがままにされてしまうであろうことは、想像に難くなかった。
そんなことは百も承知。
彰はそれを自分の身をもって理解している。
だが、踏み込まねば、踏み込まれるのみ。
それは何より怖ろしい。奴の思うように事を運ばれてしまうことは、あの構えに攻め込むことよりも遥かに不利。
それだけは何をおいても避けねばならない。
であれば、答えは攻めの一択のみ。
彰は油断なく攻勢の構えをとると一言、
「―――いくぞ、クソ親父」
「―――ああ、来い、バカ息子」
その交わされた一言を合図とし、彰は弾丸のように走り出す。
彼は驚異的な速さで間合いを詰めると、厳の顔面へと鋭い突きを放った。
その速さは到底常人が対処できるものではない。否、例え武芸の修練を積んできた者ですら対処できるものは少ないだろう。
それ程に洗練された一撃。
しかし、厳はそれを完全に見切っているのか、難なく顔を僅かにずらしただけで薄皮一枚で躱して見せる。
初撃をあっさりと躱され、体勢が乱れる彰。
そこへすかさず“豪ッ”と風を切り裂く音を響かせながら、厳の岩すら容易く砕く一撃が迫った。
常人であればまともに受けることすらかなわぬ豪脚。
されど、彰にはそれを受ける術がある。
彰は自身の左腕に意識を集中させ、心中にてその発動を意識した。
(特性付与―――≪硬質化≫)
左腕が確かな硬度を持つ感覚と幾分かの疲労感。
直後、迫る脚撃を彰が左腕にて受け止める。
およそ人体ではあり得ぬ強度へと変貌した彰の左腕は厳の一撃を何の問題もなく受け止めて見せた。
「ほう、これを受けるか。
だが、安易に術に頼るのは感心できんな。
そんな戦い方では長期戦では不利になるぞ?」
「黙ってろ化物親父がッ
なんなんだその蹴りの威力、“硬質化”してなおこっちの腕の方が痛むとはどういうことだよッ
それで術を使ってないとかなんの冗談だっつーのッ」
「ははは、お前相手に術だと?
―――百年早い。子供には生身で十分だとも」
「クソッタレがッ」
彰は心中にて≪怪力化≫の発動を意識すると、自分が受けたのと同じ下段蹴りを繰り出す。
本来なら防御など容易く突き破るそれを厳はあえて彰との間合いを一足にて詰めることで打点をずらし、生身にて無傷で受けきる。
それだけでも神業。
されど、厳はそこで終わらない。
その一足はそのまま攻撃へと繋がっている。
一瞬にして彰の懐まで踏み入った厳はそのまま彰の腹部に正拳突きを放つ。
対する彰はこれを直撃前に自ら後方へと跳躍することで衝撃を逃がすと、距離を取り、体勢を立て直す。
たった数瞬の邂逅。されど、彰の顔には既に僅かばかりの疲労が垣間見えていた。
「どうした彰、もうバテたか?
おかしな話だ。体力面に関しては幼い頃から重点的に鍛えてきたつもりだったがどうやら鍛え方が足りてなかったらしい」
「……んなわけあるか、こちとら自我が芽生えるころにはランニングやらなんやらやらされてきたんだぞ?
あれで足りなかったら何をもってして十分とするのかわからなくなるっての」
「なら、まだまだ余裕があるのだろう?
ほら、そんな距離を取って一息ついてないでさっさとかかってきたらどうだ?」
「……当然、ここからが本番だってーの。
ほら行くぞ親父、第二ラウンドだ」
「ならばよし、どこからでもかかってくるがいい」
その答えを待っていたかのように獰猛な笑いを浮かべる厳。
「―――上等だッ」
彰は厳にそう威勢よく応えると、再び彼へと向かって行った。
◆◆◆◆◆◆
そうやって彰と厳は夜遅くなるまで修業していたが、いつも通り彰が先に立ち上がることができなくなり、修業は終わった。
立ち上がることすらままならない彰に対し、厳は僅かに汗を流している程度。
加えて怪我の残る一撃の寸止め数回、言うまでもなく結果は厳の圧勝だった。
彰はまた勝てなかったと、悔しさを噛みしめながら、乱れた呼吸を整え、少しでも体力を回復させようと試みる。
そんな彰を見下ろしながら、厳は彰へと唐突に質問を投げかけてきた。
「お前、明日は学校休みだそうだな?」
「だ、だったら……なんなんだ……よ……」
「なら罰として明日は倉の掃除をしておけ。
あそこもいい加減なんだかわからないものが増えすぎたからな、ちょうどどうにかせねばと思っていたところだ。
まぁ大変だとは思うがこれも修行だと思って頑張るんだな」
「んな……勝手な……」
しかし、彰の微かな抗議も空しく、厳はそれだけ告げると“夕食にはちゃんとくるのだぞ”と、言い残してそのまま道場を出て行った。
「畜生…何なんだよ、あの…クソ親父、あいつの…体力は…限界ってのを…知らないの…かよ……」
彰はそう息を切らしながらぼやく。
同時に自身の修行不足を実感し、より一層の修行を決意する。
しかし、昼間から延々と神経を擦り減らすような激戦を続けていた彰も十分無尽蔵の体力を持っており、ただ比較対象である厳が化物であるというだけの話なのだが、そのことに本人は気づかない。
「あぁ~あ、俺の、俺の休日が……」
こうして彰の休日は蔵の掃除となって消えることが決定したのだった。