旅立ち
―――――あれから数日。
子供達を盗賊達の魔の手から救い、単騎にて盗賊団を壊滅させた彰は村の英雄となっていた。
たった一人で数十人の構成員を要する盗賊団を壊滅させたのだ。
彰がみんなに感謝され、称えられるのは当然の流れであった。
もっとも、当の彰はと言えば、そのように英雄視された経験などあろうはずもなく、かなり面映ゆい思いをしていたりする。
また、事後報告としては、彰が助け出した王都の子供達は一旦村の人たちの手で保護されるということになるらしい。
子供達は皆王都への帰還を望んでいるらしいが、何しろ今のタール村にはその方法が存在しないのだ。
稀にやってくる行商人に一緒に連れて行ってもらうという手も無くはないだろうが、何しろ人数が多い。
一度に全員連れて行ってもらうというわけにもいかないだろう。
自分が助けたのだ。最後までその面倒を見てあげる責任がある。
何とかしなければなと、彰は考えていた。
そして、助け出した村の子供達には元より好かれてはいたが、そこからさらにより一層気に入られてしまったらしい。
中でもアリスやエマの好感度上昇は凄まじく、その程はと言えば……
「アキラお兄ちゃんのお嫁さんになるのはエマだよ!!」
「違うよぉ、アキラお兄ちゃんのお嫁さんになるのはアリスなのですぅ!!」
「アキラお兄ちゃんは絶対エマの方が好みだよ!!
いつもアキラお兄ちゃん私の事見て優しく笑ってくれるもん!!」
「そんなのただの勘違いなのですぅ!! アリスなんてなでなでしてもらったことあるのですぅ!!
あれはきっとアリスのことが好きだからなのですぅ!!」
「エマだよ!!」
「アリスですぅ!!」
『ぐるる……』
「いやいや、ちょっと待てお前らッ!!
その話の流れだと俺完全にただのロリコンの変態野郎になっちゃってるよねッ!?」
などという言い争いを村の各所で繰り返し、彰の心をズタズタにしていたりする。
そんなやり取りを見させられた村の男の子達はそれを悔しそうに見ていたとかいなかったとか……。
知らぬうちに多くの心労を抱えることとなった彰。
しかし何よりも、最も彰を悩ませていたものがある。
それは……、
「おいおい~これでおわりかぁ~?ものたりねぇ~な?」
「なっなんだと~なぜたおれないんだぁ~」
「こんどはこっちからいくぞぉ~」
これが今、村の男の子達の間で空前絶後の大ブームを巻き起こしている遊びのワンシーンなのだが、お分かりいただけただろうか?
要するに男の子なら一度はやったことがあるであろう『仮面○イダーごっこ』、あれと同じように『アキラお兄ちゃんごっこ』が大流行してしまったのだ。
彰からすれば皆が自分のものまねをして遊んでいるのだ。
穴があったら入りたいとはまさにこのこと。
しかも、どうやら彰の戦闘をかなり見ていたらしく、彰のセリフをしっかりと再現している始末。
正直、彰はもう恥ずかしくてもう死にそうだった。
えっなんでそんなことで?って思う人は自分のものまねを子供達がしているところを想像してみて欲しい。
それでも恥ずかしくないという人は恐らくメンタルがダイヤモンドでできていると思うので誇っていいだろう。
とにかく、そんなこんなでタール村はひとまず日常?を取り戻していた。
そして彰は遂にこの日、かねてから考えていた自分の決断を告げるため、マリナ達の家でマリナ、エリック、そしてエマとテーブルを囲んでいた。
「それでアキラ、私達に話って?」
そのマリナの質問に少しの間うつむいていた彰だったが、やがて意を決したかのように顔を上げると自分の考えを告げた。
「マリナさん、エリックさん、エマ、俺この村を出ようと思います」
「そうか……」
「アキラの話を聞いてからいつかそう言うだろうとは思っていたけどね……」
『アキラの話』とは何かというと、彰は子供達をどうやって助けたのかという質問に対する言い訳が思いつかなかったうえに、子供達が彰の武勇伝を広めてしまったので自分のことを隠すのを諦め、村の皆に自分の素性を打ち明けたのだ。
異世界から来たこと、付与術という能力が使えること、森の中を彷徨ったことなど……全てである。
あっさり打ち明けたと思われるかもしれないがそれは彰がいろいろと助けてくれたこの村の人々を心から信頼しているからこそだ。
みんなの反応は様々だったが、結局は皆信じてくれた。
そしてその彰の決断を聞いて、『とうとう来たか…』という感じのマリナとエリックだが……
―――――ドンッ!!
「やだ…そんなのやだよ……行かないでよアキラお兄ちゃん!!」
とテーブルを叩いて立ち上がり、泣きながら彰を引き止めるエマ。
それに彰も少し顔を歪めながら答える。
「ごめんなエマ…でも俺は王都から攫われていた子供達を親の元に帰してやりたいんだ……」
「じゃあ返したらすぐ帰って来てよ!!それなら問題ないよねっ!?」
「エマ、理由はそれだけじゃないんだ。
俺は今まで俺の持つ力を全力で使っちゃいけなかった。
使ってしまったが最後、どんな扱いを受けるかわからなかったからだ。
だから俺はこの力を隠してきた……でも、この世界には魔法がある。
魔法があるこの世界でならこの力はそこまで不思議なものではないと思う。
それはつまりこの世界でなら俺は全力を出せるってことだ。
だから試してみたいんだ。この力で何がどこまでできるのか。
もしかしたら何か大きなことができるかもしれないし、何もできないかもしれない……。
でも…それでも挑戦してみたいんだ。自分の限界ってやつにさ。
それに半ばあきらめてるけど自分の世界に戻れる方法も探してみたい。
親父や母さん、それにあいつらも心配してるだろうしな……。
探せるだけ探してみたいんだ。だめかな?」
「でも…でもぉ……」
「やめなさいエマ、アキラを、困らせるんじゃないの……」
エマはマリナに窘められると俯いて黙ってしまう。やがてエマはボソッと彰に質問する。
それに彰はしっかりエマの目を見て答える。
「……また、この村に来てくれる?」
「ああ、もちろん」
「……また会える?」
「ああ、絶対会いに来る」
「……絶対、絶対だよ!?」
「ああ、絶対だ。約束するよ」
「わかった。待ってるよアキラお兄ちゃん」
「そうか、ありが―――ッ!?」
エマはそう答えると突然彰の頬にキスをした。
「え、なッなッ……!?」
突然のことに戸惑う彰。エマはそんな彰の反応を見て―――
「だって私はアキラお兄ちゃんのお嫁さんになるんだもん!」
と泣きながらも最高の笑顔で笑いながら言った。
不覚にもそれに少し見とれてしまった彰だった。
そして少し経ち、彰はキスの戸惑いから立ち直ると今度はマリナとエリックに真剣な顔で告げる。
「マリナさん、エリックさん。俺、勝手なんですけどここを第二の家族だと思ってます。
それで、エマに約束した通り、またここに来てもいいですか?」
緊張しながら二人の答えを待つ彰。
もしかしたらお前みたいなのはもう来ないでくれと言われるんじゃないか?
そんなあり得ないはずの不安が彰の頭をよぎる。
しかし、彰の不安はいい意味で裏切られた。
「勝手じゃないよ、もう私達もアキラのことは家族の一員だと思ってるのよ?だめなわけないじゃない…」
「アキラ君がつらくなったとき、迷ったとき、いつでも帰ってきなさい。ここはもうアキラ君の第二の家なんだから…」
「……ありがとう、ございます…」
その答えに耐え切れず、エマと同じように涙を流す彰。
マリナとエリックの目にも同じように涙が浮かんでいた。
それから少しの間、彰の第二の我が家となったマリナ達の家のリビングでは彰、エマ、マリナ、エリックの嗚咽の音だけが響いていた……。
そしてそれからそのことを村の皆にも話すとお別れの会を開いてくれることになった。
村の皆は彰の背中を押すように激励の言葉を沢山かけてくれ、それはとても心に響くものがあり、彰もそれでかなり泣きそうになったくらいだ。
因みに村の子供達に非常になつかれていた彰は、当然、子供達に『行かないでっ!!』と泣きつかれた。
詳しくは省くが特にアリスの引き止めようはすさまじかったことだけは言っておく。
その夜は彰と村の皆でとにかく騒いだ。
別れの悲しみを吹き飛ばすように、その思い出を胸に刻めるように……。
―――――そしてみんなで騒いだ翌日。
彰は村の皆に別れを惜しまれながら攫われた子供達を連れて王都へと出発した。
タール村編<完>