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付与術師の異世界ライフ  作者: 畑の神様
タール村編
12/93

激情

 

 彰は子供達と別れると、単身来た道を戻っていく。

 自分の存在は未だ男達にはばれていない。

 なら、その利点を自ら捨てることはないだろう。

 そう考えると、彰は自らに再び≪透明化≫をかけ、その存在を隠し、広間へ向かう。



(さてさて、大見え切ったはいいが、この状況……どうすっかなぁ……)



 迂闊に仕掛けては事を仕損じる可能性がある。

 彰は自分の姿が見えないとわかっていながら、念のため、岩陰に身を隠して広間の中の様子を伺う。

 広間では、先程の男たちが檻へと向かった男の帰りを待っていた。



「ガハハッ、いやぁ全く楽しみで仕方がねぇなぁ、さて、今日はどうやって遊んでやろうかね?」

「お頭ぁ、腹パンを一発入れて大人しくさせてから好き放題にいたぶってやるのなんてどうです?

 あまりの痛みに無表情になって壊れていく姿は中々に見ものじゃないかと思いますが?」


―――ギリッ


 彰の拳が無意識に握りこまれた。

 今すぐにあいつらを殴りに行きたい。

 そんな衝動が彰を駆り立てる。

 しかし、彰は一度深呼吸をし、はやる気持ちを無理矢理に押さえつけた。

 


(落ち着け、ただ冷静に、冷徹に状況を把握しろ。

 無感情に全てを見通せ、今ここで無茶をさらせば、守りたい誰かに危険が及ぶかもしれないんだ。

 それだけは避けなくちゃいけない……)



 彰は淡々と状況把握に徹し続ける。

 だが、その間にも盗賊達は好き勝手な会話をし続けていた。



「ガハハッ、バカ野郎、一人くらいなら構わねぇが、それをやったら売り物にならなくなっちまうだろ?

 玩具として飼ってやってもいいが、その遊び方じゃどうせ長くはもたねぇだろうしな。

 それじゃあせいぜい二、三日後には魔物の餌になるのがオチだろうよ」

「なるほど、確かにそうですね。流石はお頭だ」


 ―――ガリッ


 食いしばった歯が嫌な音を立てた。

 ふざけている。あんな会話を許してはならない。否、許せるはずがない。

 奴らにとってエマ達は商品、所詮物に過ぎないと、壊れたらそれまでだと、奴らはそんなふざけたことを宣っている。

 許してはならない。わかっている。

 だが、この状況は仕掛けるのにはリスクが大きすぎた。

 彰は状況を打開する策を編み出すべく、湧き上がる衝動を必死に抑え込みながら分析を続ける。

 


(流石は大所帯だな、みんなしっかり武装していやがる。

 剣、槍、斧、杖その他諸々……どれも古びてるけどしっかりしてるな。

 いや、古びているからこそ怖いんだ。

 あれはあいつらがそれだけ場数を踏んできた証だ。

 特に杖、ここが異世界ということを踏まえると、奴らは予想以上の脅威になる可能性がある。

 さて、この状況で最も効果的な一撃は……)



 耐える。耐え続ける。

 それが安全な、確実な勝利につながると信じ、ふざけたことを宣る者どもを粛正するのはまだもう少し先なのだと、全力を尽くして思考を冷たく保っていた。

 だが、



「ガハハッ、まぁそれに、それじゃあガキの泣き叫ぶ声が聞けねえだろ?

 必死に抵抗するガキを、問答無用で蹂躙するのが醍醐味ってもんなんじゃぁねぇのか? ええっ、どうよ?」

「お頭も物好きですね。だが、悪くないです……ヒヒッ。

 まぁいたぶるのは散々あの小僧で楽しみましたから良しとします。

 いやぁ、あれは楽しかったなぁ、あちこち蹴って殴られてボコボコのくせに、“この先に一歩も行かせねぇー”とかなんとかカッコつけちゃってぇくくくッ……。

 ありゃ傑作でしたな、最後は痛みで泣きじゃくってましたけどねぇ、ひゃはははッ」

「ガハハッ、なんだそのガキは? 少しはプライドってやつがないのか?

 まったく滑稽で仕方がねぇな、なぁ、てめぇらもそう思うだろ?」



 頭がそうして部下たちに促すと、“かかか、違ぇねぇ”“ガキのすることはわかんねぇなぁ!”“まったくなにがしたかったのかって感じだな”などと、口々に言うと一緒に笑い始めた。

 中にはそれを直接見たのか、その光景を思い出し、笑い転げるものも数人いる。


―――ブチッ


 その光景を前に、彰の中で猛る感情を抑えていた何かが音を立てて千切れた。

 


(特性付与―――≪高速化≫)



 どうすればいいのかなんてわからない。

 作戦なんて思いつかないし、突破口に心当たりなんてない。

 だがそれでも、確実にわかっていることが一つ。

 それは、

 


(―――俺は今、なんとしても奴らをぶん殴らなきゃいけないってことだっ!!)



 付与の切り替わった彰の肉体が可視化する。

 しかし、盗賊達はまだ彰の存在に気づかない。

 踏み込む。力の籠った一歩に、ジャリッと音がなったが関係ない。

 足音が立つことなど先刻承知。

 既にその程度のことは気にしていない。

 頭にあるのは奴らを殴るという決意のみ。

 直後、彰は一気に最初にクリスを蔑んだ男の元へと駆けだした。

 ≪高速化≫により速度を強化された彰の体は盗賊達の知覚速度すら追い抜き、一瞬にして男の懐に侵入する。



「なッ―――」



 ここでようやく男が驚愕の表情を浮かべたが、もう遅い。

 彰の拳は既に振りかぶられている。



「―――お前にクリスを笑う資格はねぇッ!!」



 そして、インパクトのその瞬間、彰は術を≪怪力化≫へと切り替え、渾身の力で拳を振りぬいた。



「ぐぼはッ―――」



 吹き飛ぶ姿は砲弾の如く。

 ≪高速化≫により速度を、≪怪力化≫により力を得た彰の拳は男をやすやすと弾き飛ばした。

 殴られた男は為す術もなく飛んでゆき、背後の壁に衝突してようやく止まった。

 彰はそれを確認すると、ゆっくりと向き直り、反省するように頭をかきながら告げた。



「あ~やめだやめだ。やっぱりこそこそ隠れて、我慢だの、作戦だのなんてのは俺の性に合わねぇな。

 まったく俺は何似合わねぇことをしてるんだか……むかつく敵がいるならぶん殴ればいい、ただそれだけのことじゃねぇか」



 目の前で起きた突然の出来事を飲み込めず、茫然とする盗賊団一同。

 しかし、頭である男はいち早く気を取り直すと、気の抜けた表情で佇む彰へと声を張り上げた。



「おい、ふざけた事ぬかしてんじゃねぇぞクソガキッ!!

 てめぇいったいどこから入ってきやがったッ!?」

「ふざけた事をぬかすなだと……? そいつは俺のセリフだ」



 ぎろりと、盗賊団一同を鋭い視線で見回すと彰は続ける。



「人が黙って聞いてれば好き勝手言いやがって……あいつらは物じゃねぇんだぞ!?

 それをやれ商品にするだ? 玩具にするだ? 挙句の果てには壊しちまうだと?

 ふざけるのも大概にしとけよ、この大馬鹿野郎どもがッ!!」

「ごちゃごちゃぬかしやがってッこの人数相手にたった一人、大馬鹿はてめぇの方だろうがぁぁぁッ!!」



 彰の話の途中で我に返ったか、ここでようやく盗賊の手下の一人が侵入者を叩きのめそうと、大声で叫びながら武器である剣を抜き、彰の右方から切りかかってくる。

 きっと無駄に張り上げた声には威圧の意もあるのだろう。

 だが、その程度の圧では威圧とは呼べない。

 彰はその姿を一瞥することも無く、即座に≪硬質化≫を右腕に付与、振るわれた剣を素手で掴み取った。



「……は?」



 刃を持つはずの剣が素手に掴まれているという事実に茫然とする盗賊。

 いや、それがただ掴んでいるだけで、血の一滴でも流れているのでもあればもう少し驚きも薄れたかもしれない。

 だが、彰の腕は素手で刃物を握りこんでいるのにも関わらず、血の一滴すら(・・・・・・)流れていない(・・・・・・)のだ。

 そんなことはありえない。人体と刃が拮抗するそれはありえるはずのない事象。

 だが、術により硬化された彰の腕はそれを容易に可能にする。

 


「おまえ、まさか魔法使い―――」

「―――それから、もう一つ」


 ―――パキンッ


 彰は握った剣をそのまま握力のみで握りつぶし、へし折ると、頭を含む男達に本物の威圧を放つ。

 威圧にあてられた盗賊達は皆一様に閉口すると、思わず一歩あと後退し、冷や汗を浮かべた。

 そんな盗賊達を気にもかけず、彰は続ける。



「お前ら、クリスを笑ったな?」

「が、ガハハッ く、クリスだぁ? そいつはあれか、無様に嬲られた例の情けねえガキのことを言ってんのか?

 あれはまた滑稽な話じゃねぇかよ、威勢よく刃向かってきたくせに結局最後は泣きじゃくりながらボコボコにされるなんて、これを笑わずに何を笑えっていうんだよ、なぁてめえらッ!!」



 頭が威圧を受けながらも笑みを浮かべ、彰の言葉に答える。

 その言葉が手下たちに我を取り戻させ、口々に“ああその通りだ”“そんな馬鹿な話があるかよ”“情けねぇやつだ”などと言って笑い始めた。

 盗賊達の嘲笑に包まれる広間。

 それを、



「―――何がおかしいッ!!」



 彰の怒声が一蹴する。

 


「クリスはたった一人で自分よりも遥かに大きな男たちに立ち向かっていった。

 それはきっと怖かったはずだ。痛かったはずだ。逃げ出したかったはずだ。

 いや、きっとあいつにはそうして全てを投げ出して逃げる選択をすることもできたはずなんだ」



 そう、きっとクリスには選ぶことができた。

 アリスを見捨てて、自分が助かる。そうして男であるクリスが村を目指す……そんな選択もできたに違いない。

 それならクリスは体を張らなくても済むし、もしかすると逃げ切れる確率も高かったのかもしれない。

 子供達としては誰かが村までたどり着ければよかったのだから、それでもよかったはずなのだ。



「……でも、あいつはそうしなかった。

 あいつは、クリスはただ一人、お前らに立ち向かい、囮となることで、アリスを逃がす道を選び取ったんだよ。

 その決断を褒めることこそすれ、嘲笑うなんてことはありえない。

 例えその結末がどのようなものであったとしても、その決断は褒められなければいけないはずなんだ。

 その意思を嘲笑うことを―――俺は絶対に許さないッ!!」

「ガハハッ “許さない”だと? てめぇ状況が理解できてんのか?

 例えてめぇが魔法使いなんだとしても、こちらにもその手合いはいる。

 そもそもこの人数差だ。いくら多少腕に覚えがあろうと、お前たった一人で何ができるってんだぁ?

 お前、うちのアジトに乗り込んできて、ここまでのことをしでかしてくれたんだ。当然、覚悟はできてるんだろうな?」

「そっちこそ覚悟はできてるんだろうな? 俺の恩人に手を出した罪、ここで贖ってもらうぜ」



 彰は頭に対し、そう答えると、攻勢の構えを取る。

 その姿を見た頭の額に青筋が浮かぶ。

 この数差にこの余裕、頭の目には彰の姿が自分達を貶しているようにしか映らない。

 それは頭の一組織のトップとしてのプライドに傷をつけた。



「戯言をッ!! 殺っちまえ、お前たち!!」



 頭の一言を引き金に、広間に集っていた盗賊達は一斉に各々の武器を取り、彰に殺到する。

 


「―――上等だ、全員纏めてぶん殴ってやらぁッ!!」



 迫りくる圧倒的な数の暴力。

 それを前にして、彰は一人、臆さずに挑んでいった。




◆◆◆◆





 その頃、残された子達は一人で百人近い敵に挑みに行った彰の姿を思い浮かべながら、こみ上げる不安を払しょく出来ずにいた。

 先の彰の言葉には決断し、答えたものの、やはり彰がたった一人で百人近い相手に勝つ姿がどうしても想像できなかったのだ。

 無論、彰を疑っているわけではない。

 事実、彼は声を上げさせる間もなく、盗賊の男を一人倒している。

 彼はきっと強いのだろう。

 しかし、それでも不安になる気持ちを無くすことはできなかった。



「ねぇ、あのお兄さん、本当に大丈夫なのですか……?」



 王都から攫われてきた子供達、その中でも比較的年長のセリアはそう呟く。

 彼女にはそこまで状況が楽観視できない。

 確かに、助けが来たのはうれしい。

 だが、やってきたのは自分達よりもいくつか年上の男ただ一人。

 彼が奴らに勝てればいいが、もしも彼が負けてしまった場合、自分たちは下手をすると今より酷い目にあわされる可能性がある。

 だが、そんなセリアを安心させるように、エマが声をかけた。



「きっと大丈夫だよ♪ アキラお兄ちゃんならなんとかしてくれるよ」

「そうそう、それにあんたも見たろ? アキラ兄ちゃんが魔法使ってたの」



 それはセリアもこの目で見た。

 彼は姿を消したり、一瞬で人を気絶させたり、傷を癒したりと多彩な魔法を使いこなしていた。

 それは確かに凄いことだ。

 だが、それだけで果たして百人を相手取ることが本当にできるのかと言えば話は別だ。



「それは確かに見てたけど……でも魔法を使える人ならあの怖い男の人達の中にもいるかもしれないよ?

 あの人達たくさんいたし……それに魔法だって万能じゃないと思うんだけど……」

「うーん確かに、それはそうだけどさ……」



 セリアの的を射た意見にクリスは言葉を窮する。

 その姿を見て、今一度不安が子供たちの間に蔓延し始める。

 再び暗い空気が漂い始める中、クリスが名案を思い付いたように“パッ”っと顔を上げた。

 


「よし分かった!! それなら皆でこっそりと見に行こうぜ?

 それなら少しは不安もぬぐえるはずだ。

 それにもしかしたら俺たちにも何かできることがあるかもしれないしな!!」



 と皆に向かって提案するクリス。

 それはいいとばかりに、一同は賛同の姿勢を見せる。

しかし……、



「だめだよクリス君! 

 アキラお兄ちゃんは“ここで待ってろ”って言ってたじゃん!

 勝手なことをするのは危険だよっ!!」



 エマはただ一人、クリスの意見に反対する。

 ここで彰の言葉を無視して、その姿を見に行くことは、彼への信頼を裏切ってしまうような気がしたからだ。

 だが、クリスはそれに強く反発する。



「確かに少し危ないかもしれないな。

 でも、お前はいいのかよ、アキラ兄ちゃんを一人で戦わせても!!

 アキラ兄ちゃんは今、俺達のために一人で戦ってるんだぞ!?

 それを俺たちはただ黙って待ってるだけでいいのか、違うだろ!!

 きっと俺達にも何かできることがあるはずだ」

「でも、だめだよ、私たちじゃアキラお兄ちゃんの邪魔になっちゃうかも知れないでしょ?」

「そんなことあるか! きっと何か、何かできるはずなんだ!!

いや、しなくちゃいけない。

 それがここまで助けに来てくれたアキラ兄ちゃんへの恩返しになるはずだ!

なぁ、そうだろみんな!」

「でも、でもぉ……」



 必死に反対するエマ、だが、場の雰囲気は様子を見に行く方向へと傾いてしまっている。

 エマ一人の反対でそれを押し切ることは難しかった。



「よし、そうと決まったら早速行こう。もちろん、迂闊にばれてアキラ兄ちゃんの邪魔にならないように気を付けながらだぞ!」 



 そういうと、多くの子供たちが歩き出し、それに追従するように全員がそのあとをついて行ってしまった。

 牢のある場所にはエマ一人が取り残される。

 みんなは様子を見に向かってしまった。

 なら、ここで自分だけが言いつけを守っていても、もはや意味はない。

 


「……もう、どうなっても知らないんだからね!」



 そう言うと諦めてエマもクリス達の後ろを追いかけていった。

 



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