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付与術師の異世界ライフ  作者: 畑の神様
タール村編
10/93

アリスの危機

 


 

 アリスは一人、闇夜に閉ざされた森を駆ける。

 追っ手の姿は見えない。いや、今は見えないと言った方が正確か。

 奴らはじきに追い付いてくる。

 今姿が見えなのも、クリスが一人、囮として残ったおかげだ。

 それがなければ、ここまで逃げてくることすら叶わなかっただろう。

 クリスの考えなど、彼が“二手に分かれる”なんて提案を持ち出した時点でわかっていた。

 彼はそんな無責任な判断はしない。

 どんなに意地悪でも、どんなにいたずらをしても、どんなに自分本位でも、いざというとき、彼は優しいのだ。

 そんなことは長い付き合いのアリスが一番わかっている。

 だから、彼が万が一にも、“アリスを囮にして自分(クリス)が助かる可能性”なんてものがある案を提案してくるはずがないのだ。

 あれはおそらく彼の精一杯の意地。

 きっと自分も怖かっただろう。

 逃げ出したかっただろう。

 それでも、彼は最後に男を見せた。

 ならば、アリスにできることは、その勇気に報いることだけだった。

 


「エマちゃん、クリス君、みんな……待っていて欲しいです。

 絶対に、絶対に助けを呼んできますです。

 だから、だからぁぁ……ッ」



―――どうかそれまで無事でいて欲しい。


 そう祈るように願いながら、アリスは走り続ける。

 既に体力の限界なんてとっくに超えている。

 普段走り慣れていない足は悲鳴を上げているし、視界もおぼつかない森の中を無我夢中で走ってきたから体中あちこち傷だらけだ。

 ふと、もう諦めてしまってもいいのではないかと、そんな誘惑にかられる。

 どんな走ったって、どうせあの追っ手からは逃げられない。

 自分は少女で、彼らは大人。

 身体能力には無視できない差がある。

 であれば、やがて追い付かれるのは必然。

 いくら走って逃げたところで、それはただの延命措置に過ぎない。

 きっと、どんなに全力を出したところで、自分は村にたどり着くよりも早く、彼らにとらえられてしまうだろう。

 だが、それでも諦めるわけにはいかなかった。

 アリスがここにいるのは一人の力ではない。

 エマ、クリス、そして村の子供達……。

 みんなの犠牲の上に、アリスはこの場を走っているのだ。

 なら―――逃げるわけにはいかない。

 アリスがここで全てを諦めることは、みんなの命を諦めることと同意。

 この場でアリスが無為に捕まってしまえば、みんなの命は本当の意味で潰えることになる。


―――それだけは、許容するわけにはいかなかった。



「はッはッ……もう、少し……もう少しの、はず、です。

 あと少し、このまま逃げ切れれば……」



 村まではそう遠くない。

 それに間違いはない。

 確かに、このまま追っ手の姿が見えないまま、あと数分逃げ切ることができれば、それも不可能ではなかった。

―――だが無情にも、その時は唐突に訪れた。

 


「みぃーつけたぁぁあ」

「ひッ……」

 


 愉悦を含んだ叫びを伴って、背後から男が駆けてくる。

 そのあまりの恐ろしさに、思わずアリスの口から小さな悲鳴が漏れた。

 その少女の怯える姿を前に、男はいっそう愉悦の色を濃くする。

 


「いや、いやです……こっちに来るなですぅ……」

「ははは、そう言われると、逆にそっちまで行きたくなっちゃうなぁ!!」



 男は叫ぶと、また速度を上げる。

 アリスも懸命に駆けるが、それでもその差はぐいぐいと詰められていく。

 最早、アリスが男に捕まるのも、時間の問題であった。



「はッ、はッ、はッ―――お母さん、お父さん、みんなぁ、誰か……誰か助けてよぉッ」

「はははッ誰も来ないさッ!! 助けなんか来やしないッ!!

 ほぅら、さっさと諦めて捕まっちまえば楽になれるぞ、お嬢ちゃん」



 最早普段通りの口調を保つ余裕すらない。

 だが、もう村までの距離はかなり縮まってきている。

 もしもたどり着けなくとも、せめて、せめて自身の叫び声が聞こえれば、

 そう一縷の願いを託して、アリスは声を張り上げながら走り続けた。

 しかし、それが限界だった。

 直後、アリスに悪寒が走る。

 それが、自分の足が木の根にひっかったのだと、そう気づいた時には既に手遅れだった。

 既に重心が前へと向かってしまっていたアリスは為す術もなく地を転がった。



「うぅ……、ま、まだ……」



 痛む体に鞭を打ち、再び駆けだそうとするアリス。

 だが、その一瞬の遅れはこの場において致命的だった。



「ひひひ、追い付いたぞ、お嬢ちゃん」

「――ッ!!」



 背後から聞こえる声にアリスは戦慄する。

 体があまりの恐怖に震えだす。

 それでも、アリスが恐る恐る背後に視線を向けると、一足、二足の距離に、みすぼらしい服装の男が下卑た笑みを浮かべて立っていた。

 


「あ、あ……ああ……ッ」

「へっへっへ、もう諦めな、大丈夫抵抗しなきゃ痛くしねぇよ」

「や、やめて……こ、こないで……」



 弱々しく言いながら、アリスは手近にあった石を手に取り、男へと投げつけた。

石は見事に盗賊の男の顔に命中し、血が流れる。

 それが、アリスの精一杯の抵抗。

 しかし、この状況に限って言えばそれは悪手に他ならない。

 怪我をさせられたことで、先の下卑た笑みとは一転し、盗賊の男の顔が怒りに彩られた。



「ちッくしょうッやりやがったなこのガキぃッ!!」

 ちょっと痛い目見してやらなきゃわからねぇみてぇだなぁッええッ!?」

「ひッ……」



 アリスの必死の抵抗は盗賊にあった遊び心を消し飛ばした。

 最早、男は容赦しない。

 この場にてアリスを痛めつけ、自分の思うがままに蹂躙してからアリスを連れていくだろう。

 生きて連れていかれればそれでもまだましな方。

 最悪、アリスはこの場で尊厳を踏みにじられた後、無様に嬲られ死に至る。

 だが、結局どちらに転んだとしても、アリスが最早無事では済まないことは確定的だった。



「どれ、まずはその手足を切り落とそうか。

 そうして一切の抵抗ができなくしてからゆっくりと俺がしつけてやる。

 大丈夫、どうせ痛いのなんて最初だけ、じきに自分が何なのかもわからなくなって、自意識なんか直ぐに壊れちまうさ!!

 安心しろ、後は俺たちが飽きるまで、ペットとして可愛がってやるからよぉ?」



 男はゆっくりとこちらへ近づきながら、腰の剣を抜く。

 暗闇に白銀を揺らめかせながら、男は一歩、また一歩と近づいてくる。

 きっと、この距離を詰められたとき、アリスは男の言った通りの一生を送ること位になるのだろう。

 自分が望んでいた当たり前の幸せ、愛する人と家族を作り、幸せに暮らす。

 そんな未来を永遠に奪われることになる。

 男が目の前までやってきた。

 数瞬後には、絶望が始まる。

 なら、せめて、せめて幸せだった日々の最後に見るのは、大好きだった皆の顔がいい。

 アリスは男が剣を振るのと同時に、視界を閉じ、幸せだった日々を思い出す。

 楽しかった毎日。

 家族で過ごした幸せな日々。

 エマやクリスや皆と遊んだ楽しい思い出。

 そういえば、最近そこに加わった男の人もいたっけ。

 変な格好で、大きな男の人だったけど、不思議と怖いとは感じなかった。

 あの人も、心配してくれているのかなぁと思う。

 そして、エマやクリス達の顔を思い浮かべると……やっぱり申し訳ない気持ちになった。

 何しろ、きっとアリスはここで終わる。

 それはつまり……。



(ごめんね。クリス君……私も約束守れないみたい……)



 アリスはそうして最後に、心の中で謝りながら、最後の時を待った。

 だが……、


(……あれ、痛いのが来ない……?)



 いくら待っても覚悟した傷みは訪れない。

 一瞬傷みすら感じることなく、自分は死んでしまったのかと思ったが、そういうわけでもないようだ。

 なにしろ、まだここまで無理をしたことで、各所に出来た怪我、その刺すような痛みはちゃんとある。

 不思議に思うアリス。

 いったい何が起こったのだろうか?

 アリスはそれを確認すべく、恐る恐る眼を開く。

 しかし、眼を開いた先、そこにはあり得ない姿があった。


 それは―――盗賊の男の剣を素手で受け止めている男の姿。


 彼はこの辺では見たこともない絵柄とデザインの黒い服を着ている。

 また、彼の髪は黒く、その大きな背中はアリスに不思議と安心感を与えてくれる。

 アリスは、彼のことを知っていた。

 見間違うはずなどない。なにしろ、あんな変な服を着ている男はアリスの知る限りただ一人。

 それは最近、突如として村にやってきた男の人。

 不満を言いながらも、結局はアリス達と遊んでくれる根は優しい男の人。


 そして……一緒にいると何故か安心できる、そんな男の人。


―――そう間違えるはずがない。


 その姿は紛れもなく彼―――彰の姿だった。




◆◆◆◆




(間に合ったみたいだな……)




 彰はアリスの危機に間一髪間に合ったようだと安心する。



(チッ、邪魔が入ったか。まぁいい、ガキが一人増えたどころでどうにでもなる。

 ついでに連れ帰って労働奴隷として売りさばいてやれば多少は儲けにもなんだろ)



 盗賊の男は一度下がって距離を取ると、彰を見て、そう分析する。

 突然現れたから驚きはしたが、所詮は子供に違いはない。

 じきに仲間も追い付いてくるだろう。

 多少力があろうがなんだろうが、囲んでしまえばなんとでもなる。

 と、なれば、後は時間を稼ぐのみ。

 男はそう思考すると、彰へと時間稼ぎのための質問を投げかけた。



「おい、兄ちゃん。悪いことは言わねぇ、大人しくそのガキを引き渡しな、そうすればお前は見逃してやるからよ?」

「……大丈夫か、アリス?」

「わ、私は大丈夫なのです……。でも、みんなが、みんながぁ……」



 しかし、彰はその問いかけに取り合うことはせず、アリスへと声をかける。

 アリスの体には無数の細かな傷があった。

 それだけじゃない。

 着ている服はそこら木の枝に引っ掛けたのかと何ヵ所も破けてボロボロ、顔や髪の毛は土で茶色く汚れてしまっている。

 その姿からだけでも、いかに彼女がなりふり構わずここまで駆け抜けてきたのかが見て取れた。

 間違いなく、大丈夫であったはずがない。

だが、それでも彼女は自分は大丈夫だと言ったのだ。

その上、彼女は今、何より捕まったみんなの安否を気にかけている。

 ならば、その思いに答えないわけにはいかない。



「アキラお兄ちゃん、お願いしますです……みんなを、みんなを助けて―――」



 アリスは泣いていた。

 だが、それは自分本位の涙ではない。

 捕まったみんなを思うが故のものだ。

 きっと、彼女は今多くの犠牲の上にここにいる。

 彼女を襲う自責の念は想像を絶するものだろう。

 それはとても……この歳の子供が背負うべきものではない。

 彰はアリスを落ち着かせるように抱きしめ、頭を優しくなでた。



「ふぇ……?」

「大丈夫、大丈夫だアリス。ここまでよく頑張った。

 あとのことは俺に任せろ、俺が必ずみんなを助け出してやる。

 だから……もう、無理するな」

「あ、ああ……アキラお兄ちゃん、怖かった、怖かったよぉぉぉ―――」



 アリスは溜めこんだ思いを吐き出すように、彰の胸元で咽び泣いた。

 彰は彼女の頭を優しく撫でながら、ただ黙って受け止める。

 だが、そんな状況を盗賊の男が看過し続けるはずがなかった。



「てめぇ、俺を無視してガキとじゃれるとはいい度胸じゃねぇか、あ゛あ゛!?」

「…………」

「なんだ、黙ってねぇでなんとか言ったらどうなんだ、このクソガキがぁ」



 彰は当初の目的も忘れ、激情に任せて叫び声を上げる男を冷ややかに一瞥すると、アリスに優しく諭すように声をかける。



「アリス、危ないから少し下がってろ」

「ひっく、ぐす……でも……アキラお兄ちゃん……」

「俺なら大丈夫だから……な?」



 アリスは彰の目を見てコクリと頷くと、とっとっとっ、と小走りで背後の茂みに身を隠した。

 彰はアリスが隠れたのを見届けると、盗賊の男に向き直り、静かに問いかけた。



「なぁ、お前らは子供達を攫っていったいどうするつもりなんだ?」

「……は? “どうするつもりだ”だと……?

 んなもん売りさばくに決まってんじゃねーか。

 ガキは攫いやすいうえに、その道の趣味のやつには高値で売りさばけるから需要は高ぇんだよ

 まぁ、その内何人かは俺たちが味見して、だめにしちまったりするんだけどなぁッ!!」



 がはは、と男は何が面白いのか高笑いを上げる。

 彰はその姿をただ黙って見つめていた。

 


「ガキの心配をするのもいいけどよぉ?

 お前はまず自分の心配を先にした方がいいんじゃねぇのか?」



 男が嗜虐心混じりにそう告げると、男の背後の茂みからさらに5人程の武器を手にした男たちが歩み出てきた。

 どうやら、後続の者たちが追い付いてきたらしい。

 1対6、数だけ見れば状況は明らかに彰の不利。

 その事態に彰の後ろから覗くアリスは思わず声を上げる。



「あ、アキラお兄ちゃん……こんな、だめです……。

さっきはああ言ったけど、やっぱりお兄ちゃんだけでも……」

「アリス、いいから俺を信じてそこで見てろ」

「でも……」

「安心しろ、この程度の奴らに俺は負けない」

「……わかりましたです。でも、無理はしないでほしいです」

「ああ、ありがとうな」



 アリスはそれだけ伝えると、再び彰の背後の茂みに身を隠した。

 彰は優しく感謝の意を伝えると、男たちに向き直った。



「随分好き勝手言ってくれんじゃねぇかよ、なあ?」

「御託はいいからさっさとかかってきたらどうなんだ?」

「この状況でそのセリフ、女子の前で格好つけるのはいいけどよ、もう少し時と場所を考えた方がいいんじゃねぇのか。

 まぁいいだろ。その減らず口、今に後悔させてやらぁッ!! おい、一斉にかかるぞ、殺っちまえぇぇッ」



 直後、6人の男たちが剣や斧を手に彰へと殺到する。

 アリスは思わず彰が殺される光景すら想像した。

 しかし、当の彰は冷静に状況を分析し、術を起動させる。



(特性付与―――≪高速化≫)



 引き金は頭の中に。

 彰はただただ冷徹に迫りくる男たちを見つめながら、ゆっくりと、引き金を引いた。

 数瞬後、男達が彰を蹂躙する。

 アリスは思わず彰の名前を叫びそうになったが、落ち着いて場を見て気づいた。

 男達が群がった場所、そこに彰の姿はなかったのだ。

 アリスが困惑したその瞬間、後から来た五人の内の一人が唐突に真横へと吹き飛んだ。



「ふぇ……?」

「は……?」



 いったい何が起こったのか、アリスも盗賊の男達も理解が追い付かない。

 だが、ただ一つわかることは、六人のうちの一人が一撃にして再起不能(ノックアウト)されたという事実のみ。

 困惑する男達。だが、その隙を突くようにまた一人、武装した男が為す術もなく吹き飛んだ。



「な、なんだ……いったい何がどうなってやがるッ!?」

「どうも何もないだろう? お前の仲間が二人倒された。

 ―――ただ、それだけの話だよ」

「ッな!? この野郎ッ!!」



 盗賊の男が慌てて声がした方へと剣を振るうが、彰はそれを一瞥のみで軌道を見切り、紙一重で回避して見せた。

 


「―――遅い。そんな剣閃、家の親父に見せたらどやされるじゃ済まないぞ?」

「な、なんだ……なんなんだよぉッ!!」



 男は再び横薙ぎに剣を振るう、しかし、振るった先に既に彰はいない。

 直後、また一人盗賊の男が真横に弾け飛んだ。



「これで三人目、残り半分だ。だめだな、全然だめだ。

 お前らせっかく数的優位だったんだからもっと上手く連携とらなきゃダメだろ?

 それが一斉にかかってきた挙句、全員が敵を見失い、バラバラに行動したんじゃ何の意味も無いじゃねぇか。

 んな人数、いるだけ無駄だ」

「知ったような口をッ!!」



 声の方へ盗賊達は一様に剣や斧を振るうが、それらは全て虚しく空を切った。

 すると今度は斧を持っていた男が頭から地面にめり込んだ。



「っと……やっべ、≪怪力化≫まで使わなくて良かったか?

 てっきり斧なんて使ってるからタフなのかと思ったらまさか、めり込んじまうとは……あとで引き抜くかね」

「な……なッ!? ありえねぇ、ありえねぇだろうがッ!?

 なんでただの村にこんな化物みてえなガキが居やがるんだッ!?

 素手の一撃で人間を地にめり込ませるなんて、身体強化の魔法使いでもんなのできる奴は少ないはずだぞ!?」

「む、無理だ……こんな奴に勝てるわけねぇ……おい、ここは引いてお頭に連絡しようぜ、それしか―――」

「お、おい馬鹿野郎ッ!!」

「へぇ……お頭、ねぇ?」



 怯えだした男の失言をもう一人が慌てて諫めるがもう遅い。

 これでこいつらの上の立場の男がいるのは確定的になった。

 あとは洗いざらい吐かせるだけだ。

 なら、その役は一人で充分。

 もう一人には御退場願おう。

 盗賊の男が一人逃げ出す、先の情報を吐露した男だ。

 逃がすわけにはいかない、もしもお頭とやらに情報を伝えられれば、みんなを助け出すときに不利に働く可能性がある。



「あ、あああああ」

「―――逃がすかよ」



 瞬時に逃走する男との距離を詰めると、彰は首筋に手刀を一撃、男の意識を落とした。

 


「さてと、残るはお前だけなわけだが、どうだ?

 洗いざらい情報を吐くっていうなら穏便に済ませてやるが」

「は、吐くわけねぇだろうがぁ……」

「なるほど、そっちがそういう態度で来るなら、こっちにも考えがあるぞ?」

「この化物がぁぁあッ!!」



 彰はやけになり、剣を振るってきた男の剣戟をあっさりと回避すると、軽く足を払って地に転がす。

 そのまま剣を握っていた手を足蹴にすると、そのまま剣を手の届かぬ範囲まで蹴り飛ばした。



「子供たちの居場所はどこだ?」

「……け、お、教えてたまるかよ」

「いいか、俺は今あまり余裕がない。黙秘するのはいいが五体満足でいれるとは思うなよ?

 まずは右腕を折る、続いて左。それが終われば両足。そして最後は―――」



 彰は冷徹に視線を男へとむけながら、術を≪怪力化≫に切り替えると、男の顔の薄皮一枚横に全力で拳を突き立てた。

 殴られたを中心に、森の中には一瞬にして小さなクレーターが出来上がる。

 そんな一撃を生身で受ければどうなるか、想像に難くない。



「ひッわ、わかったッ!! 俺が悪かったッ!! 子供達ならアジトに連れてった!

 場所はこのまま森をまっすぐ奥に行った場所、そのあたりにある洞窟、そこが俺たちのアジトだよ。

大きな洞窟だから暗くても行けばわかるはずだ。なぁこれでいいだろ?」

「ああ、上出来だ。これはお礼だ。受取っとけッ」



 彰は男の顔面に能力無しの素の一撃を叩き込んでやる。

 付与無しの一撃でも、幼いころから厳しい修行を続けてきた彰の拳は容易く男の意識を刈り取った。



「ふぅ……、さてと、こんなもんか、アリスーもういいぞ」

「は、はいです……」



 と、アリスがまるで夢でも見たかのような顔でゆっくりと身を隠していた茂みから出てくる。

 アリスは彰のもとまで駆け寄ると、茫然と呟いた。



「アキラお兄ちゃん、こんなに強かったんですね……驚きましたです。

 あんな怖そうな人たちを一人で倒しちゃうなんて……凄すぎです」

「そうか? 俺としちゃちょっと弱すぎてもの足りないくらいだったけどな」

「……アキラお兄ちゃん、これからどうするですか?」

「いいか、アリスはこのまま村に戻ってこのことを知らせてくれ、もう一人でも危険はないはずだ、できるな?」

「はい、大丈夫です! でも、アキラお兄ちゃんはどうするです……?」

「そうだな、俺はちょっと、恩返しをしに行ってくるよ」

「……恩返し、ですか?」

「ああ、そうだ。なんたって命を助けられてるからな。

 受けた恩は返さなきゃダメだろ?」



 アリスは彰が一人で子供達を助けに行こうとしていることを察する。

 普通ならそんなことは不可能だ。

 盗賊のアジト、そこにたった一人で乗り込むなど自殺行為に他ならない。

 だが、彼なら、彰なら何とかしてしまうかもしれない。

 先の戦闘はアリスにそう思わせるのに、充分なものがあった。



「わかりましたです。みんなの事、お願いしますです」

「ああ、任しとけ。みんなは俺が必ず連れて帰ってくる」



 彰はそう告げると、自身に≪高速化≫をかけて、聞き出したアジトの方へと森を駆けだした。


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