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たまには、寄り道でも

 入学して、一ヶ月が過ぎた。

 あれから色々あって、御子神はもちろんのこと、他にも沢山の友達ができ、サークル活動(御子神に誘われてアウトドア同好会に入った)も充実し、なんとサークル内で初めての彼女もできた。来週初めてのデートに出かける。

 これを順風満帆と言うのだろう。俺は静かに笑う。


「おーい水里!なにやってんだよ!早くこっち来て肉食えよー!」


 サークルの同期が俺を呼ぶ。今日は新入生歓迎を兼ねて河原でバーベキューをしている。


「おう!悪い悪い!」


 返事をすると、川を眺めていた彼女がこちらを向いて微笑んだ。


——キャンパスライフ、エンジョイしてます!——




 ◇ ◇ ◇




 ……という夢を見たんだ。


「……であるからして、この関数によって傘の曲面が……」


 今は数学の講義中。決して河原でバーベキューなどしていない。教壇に立つ先生は、何故か教室の忘れ物であるはずの人の傘を使って、よくわからない関数の解説をしている。室内で傘を開き、スーツを着たバーコードおじさんという図はなかなかシュールだと思う。傘が女物であることも違和感絶賛仕事中である原因。

 もうお気づきだと思うが、彼女も当然いない。そんな一ヶ月そこらでできるわけがないでしょう。彼女なんて。

 あ、でもアウトドア同好会に入ったのは本当(御子神に誘われたのではなく、先輩に拉致されたんだけど)。でも活動には一度も参加していない。実は本当に新入生歓迎を兼ねた河原でバーベキューという素敵な企画があったが、風邪をひいてインドアに居た。そのあとすぐにまたキャンプに出かける企画もあったのだけど、寝坊により不参加。前夜に眠れないからと録り貯めていたアニメを消化していたからこんなことに……。

 御子神はというと、実はガイダンス以来一度も会話していない。メールもしていない。だいたい用事もないのにメールなんてするの?普通。するならどうやるのか教えてほしい。切実に。

 でも一応、キャンパスですれ違う時は「よう」「(無言で手を上げて返す)」くらいの絡み(挨拶とも言う)はしているので、存在は認識されているようだ。


「えー、じゃあ少し早いけど、今日はここで終わりましょう」


 教室のあちこちから「よしっ」と小さな歓喜の声が上がる。俺も内心「よしっ」と呟いている。

 時間は四時前。今日の講義はこれが最後なので、あとは帰宅するだけだ。


——せっかくだし、たまにはなんか食べてから帰ろうかな——


 荷物をまとめて教室を出ると、みんなとは反対側の裏門の方に向かって歩く。裏から駅を目指すと、途中にハンバーガーショップがある。そこで100円のハンバーガーを買おうと思う。ささやかな幸せだ。




 ◇ ◇ ◇




 ハンバーガーショップにはまだそんなに客は多くない。「まだ」というのも、大学周辺はビジネス街なので、五時を過ぎると腹を空かせたサラリーマンで店が溢れる。ちなみに電車もすごいことになる。そうなる前に帰りたい。


「いらっしゃいませー!こちらへどうぞー!」


 レジを受け持つ女性店員の明るい声が店内に響く。もう片方のレジにはおにぎりみたいな顔をした巨漢……じゃなかった、おばさんが無愛想な顔をして立っていた。

 普通に考えて、さっきの女性店員の方に行くよね。

 その女性店員のレジに行こうとすると、突然現れたサラリーマンが先にレジについた。


——なんだいまの!こいつはニンジャか!?——


 てっぺんの禿げた頭を見ながら心の中で言う。まあ、外国人からすると日本人はみんなニンジャらしいから、そう考えればこのサラリーマンもニンジャだ。とすると、俺もニンジャなわけだが、このサラリーマンには勝てない。多分下忍と火影くらいの実力差はある。お話にならない。

 だって、この人ビックマ○ク注文してるもん。セットで。しかもポテトとドリンクLサイズで。100円ハンバーガーのつもりでいた俺には敵わない。物語終盤まで薬草を使い続けるような奴だもの。乞食精神と呼ぶべきか。


「こちらのレジへどうぞ」


 おにぎり顔が無愛想に言う。

 さすがにスルーするのは気が引けるので、渋々おにぎり顔のレジに向かう。

 おにぎり顔は「注文あくしろよ」という顔でこちらを見ている。絶対仲間にはしない。


「えー……チーズバーガーをひとつ」


 さっきのサラリーマンに対抗して、100円ハンバーガーではなく120円チーズバーガーに変更。20円頑張った。


「はい?」


 おにぎり顔は表情ひとつ変えずに返してきやがった。「はい?」じゃねーよ。こっちが「はい?」だよ。厨房が騒がしいので注文が聞き取れなかったのだろうが、さすがに「はい?」はないだろ。店長、こいつどうなってんだよ。


「チーズバーガーを、ひとつ」


 今度はさっきよりも大きな声ではっきりと言った。


「チーズバーガーをひとつ。店内でお召し上がりですか」


 店で食うか他所で食べるか選べと。特に考えてなかったが、チーズバーガーひとつに座るほどでもないので、歩きながら食べることにしよう。


「いえ、持ち帰りで」


「120円になります」


 硬貨を渡して横にずれて待つと、すぐにバーガーが奥から出てきた。なんでこんなに早く出来上がるのか気になる。

 おにぎり顔はその太い指でバーガーをわし掴みにすると、紙袋に投げ入れ、こちらを一切見ずに「チーズバーガーのお客様」と言いながら紙袋をドンと置いた。

 酷すぎる。おにぎり顔ってか、おにだよ、鬼。

 俺、もう火曜日の四時前後にはこのマ○ク来ないわ。




 ◇ ◇ ◇




 店を出て、紙袋を漁りながら帰る方向を見ると、見覚えのある後ろ姿が角に消えていくところだった。多分、御子神だ。


——これはチャンス!久々に一緒に帰ろう!——


 御子神が消えた角に向かって足早に歩き出す。

 なんて声かけるべきか、「やぁ、久しぶり」?いや、久しぶりってなんか変だよな。ナチュラルに肩を叩いて「よっ」でいいか?いいか。よし。これでいこう。

 角を曲がると、さっきよりも近い距離に御子神の後ろ姿があった。が、直後に異変に気づく。


——横にいる女性はどなた?——


 何かを察し、電柱の陰に隠れるようにしながら歩調を一気に落とす。引き返すという選択肢は不自然に思えたのでとらなかった。今でも十分不自然だが。かなりゆっくり歩いているのに、それでもなかなか距離が開かない。角を曲がってやたら近い距離にいたのは、俺が早歩きしたのももちろんそうだが、横の「それ」とゆっくり歩いていたからか。

 そしてなんだろうか。この奇妙な興奮と罪悪感。そんなことよりももっと速く歩いてくれ。ついでに絶対後ろを見ないでくれ。これ気づかれたら「え?なんでこんなところにいるの?」ってなるじゃん。それはこっちの台詞だよ!

 いや待て、俺はなにか大きな勘違いをしているのかもしれない。あの二人が恋人同士だと決めつけていたが、俺たちはもう大学生。別に付き合ってなくても男と女で一緒に帰るのは大学生クオリティだ!まだ決めつけるのは早い。

 それにしても、横の女の子かわいい。綺麗に束ねられた髪と、その両サイドから覗くなだらかな肩のライン、時折見える線の整った横顔。見覚えがある気がする。同じ授業とってたかな?

 その時である。なんとなくさっきからやけに近かった二つの手が繋がった。一瞬ドキッとした。

 なんだ今の!男女が手を繋いでいるのはもちろんみたことあるが、手を繋ぐ瞬間というのは小学校の体操を除くと初めて見た。こんなにドキッとするものなのか!うらやましい!

 なにはともあれ、これではっきりした。何でもないのに男女が手を繋ぐはずがない。正真正銘、二人はカップルだ。よりによって御子神が。

 高校からの相手だろうか。否、奴は二浪していると言った。その線もなくはないが薄い。そもそも女の方は見覚えがある。同じ授業受けてたような気もするし、となると大学入ってから……?

 まだ一ヶ月だよ……?この差はなんだ……?

 いいなぁ御子神さんよぉ。俺を見てみろよ。お前さんは横のかわいい彼女の手を握れるが、俺が握れるのはせいぜいこの120円のチーズバーガーだ。残念だったな、俺。

 邪念を何故か自分に送りながら二人に接触しないように歩くと、細い横道が見えた。二人を目で追いながら、そこに退避。

 細道に入ると、紙袋を開け、チーズバーガーを取り出す。まだほんのり温かい。包装をとると、ちょっと放置しすぎたのかバンズに水滴がついてしまっている。

 あとはなにも考えず、機械のようにひたすらチーズバーガーを口に運んだ。


「……悪くないね」

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