誰も何もない部屋で
「ふぅ。やっと寝てくれたわね」
夜中の十一時。中々眠ってくれない息子を、ようやくの思いで寝かしつけた女は安堵の溜息を吐いた。
「それじゃあ行って来るね」
「行ってらっしゃい」
女の傍で子供が寝つくのを見守った男は、海外出張があるため女に別れを告げて空港へと向かうべく出て行った。
「…………」
男が出てしばらく経って。女は少し淋しい思いにとらわれた。
音を立てるのは、自分と、愛する息子の寝息と、昼間にも聞いたニュースを流すテレビしかない。
女は我が子を寝かしつけたダブルサイズのベッドに寄り添うよう腰を下し、息子を起こさないよう良さしく頭を撫でてみる。
そんな時、枕元のマットレスの下からほんの少し、紙の角が覗いているのに気が付いた。
女は「なんだろう?」と突いて紙をマットレス下から抜き取ってみると、それは一枚の手紙だった。
まだ寝るには少し早く、かといって特にすることもなかった女は手紙に書かれていることを一字ずつゆっくり読み始めた。
『この手紙を君が見つける頃には、おそらく僕はこの世にいないか、あまり残された時間が無いんじゃないかなと思う。
僕がこの手紙を書いたのは、心残りとかがあるからじゃない。むしろその逆、心残りが無いからなんだ。
君は上手に隠せていたと思っていたようだけど、実は随分と前から僕は知ってはいたんだ。浮気の事。
表の顔で取り繕ってはいても、裏の顔ではもう僕への愛はすでに冷めてしまっていたのだろうけど、僕の方は全然そんなのじゃなかったんだよ。
君の浮気を知った時は、激しく落ち込んだ。けど、僕には意気地が無かったから、知らんぷりで明るい振りをするしかなかった。
しかし、よく考えてみると、それはお互いにとって良くないことだったのかもしれないと今頃になって思うんだ。
ゴメン。
でも、よかった。
これで僕がいなくなってしまっても君には別の愛する人がいる。君を愛してくれる人がいる。
少なくとも、これで君が寂しい思いをさせなくて済むのだから良かったよ。
息子をよろしく頼む。アイツあれでもパパっ子だったからさ、お願いするよ。
僕は君を愛してる』
女は読んだ手紙を静かに畳む。
「ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ……」
そして女は、誰も何もない部屋へ行って、しばらく泣き続けた。
ところで感動作って、なんでやたらとああも人が死なないといけないんでしょうね。個人的には人殺ししてるみたいで嫌になっちゃいます。
人が死ななくても感動できる大作を一度は作ってみたいもんです。