誤解と暇ではなくなった少年。
今から会いに行くよ。
どうか僕の話を聞いて欲しい。ねぇ、嫌われたと思ったのは僕の気のせいだと嬉しいんだけど……。
◆◇◆◇
飛び出すように家を後にしたところまでは良かった。しかし、僕は家からすぐのバス停で、家を出て10分近く経った今も立ち往生していた。理由は至って単純なものだった。
平日の昼間は、バスの本数が少ないことを考えていなかったのだ。2時台のバスは1時間に1本。しかも、さっき出たばかり。
次のバスは3時13分。ため息をついて、携帯電話で時間を確認する。
「2時19分・・・・・・」
ダメだ、後1時間近くある。恨みがましく携帯電話と時刻表を交互に睨み付けてみても、時間が矢のように過ぎることも無ければ、時刻表の2時の欄にもう1本のバスの時刻が現れることも無かった。
まさかこの炎天下の中、後1時間も待つ訳にもいかない。たった10分で髪の毛は汗で湿ってぺったりと頬や首筋に張り付いている。熱が籠って暑苦しいことこの上無い。1時間も待っていたら、気分が悪くなりそうだ。
自分の計画性の無さに舌打ちしたくなりながら、僕は仕方無く元来た道を引き返し、自宅の玄関の前に再び立った。
呼び鈴を鳴らす。すぐに、
『はいはい、どちら様ですか~?』
と、のんびりした声で返事があった。
「僕だよ。開けてー」
インターフォン越しに応対するおばあちゃんに言うと、
『あらあら、悠ちゃん? ちょっと待ってね。今開けるよ』
と返事があり、宣言通り5秒で玄関のドアが開けられた。
「ただいま」
ドアを開けてくれたおばあちゃんに挨拶をすると、いきなりタオルを頭に被せられ、おばあちゃんは、そのままわしわしと僕の髪を拭き始めた。
「うわっ。な、何?」
「凄い汗だよ。ちゃんと拭きな」
僕より小さいおばあちゃんが背伸びでタオルを動かすのは大変そうだったから、とりあえずタオルを受け取って、家に入ることにした。
僕はおばあちゃんと暮らしている。おばあちゃんは、僕のことをとても可愛がってくれていて、毎日が楽しいのはおばあちゃんのお陰だろうと思う。
リビングのソファーに座ると、おばあちゃんはキッチンに駆け込んでいった。
「麦茶注いであげようねぇ」
カウンターからのんびりとした口調で言うおばあちゃんの手には、既に麦茶が注がれたコップがあった。
・・・・・・そんなの自分でやるよ、と断る暇も無かった。
「はい、どうぞ」
ソファーの前にあるローテーブルに良く冷えていそうな麦茶が置かれる。
「ありがとう、おばあちゃん」
お礼を言って1口含む。暑さで渇き、ねとついていた口の中が一気に涼しくなった。
「ところで」
コップをテーブルに置き、一息つくと、すぐ隣から声がした。ふと目をやると、おばあちゃんが座っていた。いつ来たのか全く気付かなかったので、内心かなり驚いた。
「さっき出て行ったばかりなのに、どうして帰って来たの?」
今更と言えなくもない質問をおばあちゃんがしてきた。
「バスが3時まで無かったから・・・・・・」
実際に口に出してみると、なんともまあ間抜けな理由だ。
「そうだったの。おばあちゃん、てっきりしんどくなったのかと思って・・・・・・」
心配したよ、とおばあちゃんは僕の頭を撫でてほっとため息をつく。
「そうじゃないよ。全然何ともないから……大丈夫だから」
おばあちゃんは心配性だ。僕はおばあちゃんを安心させたくて、笑顔を作った。
「そう、良かった。悠ちゃんはおばあちゃんの生き甲斐だからねぇ」
おばあちゃんは、僕につられたように、にこにこと笑ってそう言った。
「生き甲斐って……大袈裟だよ」
苦笑交じりに僕が言うと、おばあちゃんは真面目な顔で首を横に振った。
「え……?」
いつもにこにこして、優しい顔のおばあちゃんが、そんな顔をするのは珍しい。僕は驚いて思わず声を上げた。
「悠ちゃんが、今ここに元気でいてくれるだけで、おばあちゃんは幸せなんだから」
おばあちゃんは、つぶらな瞳を伏せて、言う。その声からは、おばあちゃんの気持ちを推し量ることは出来なかった。
「だから」
おばあちゃんは勢いよく顔をあげて言った。その表情は、いつもの笑顔で……。
「悠ちゃんはおばあちゃんより長生きするんだよ」
推し量ることは出来なかったけど、僕はおばあちゃんを悲しませないように頑張ろうと思った。
「……あ」
僕は時計を見て気付く。
「じゃあ、そろそろ行くね」
ソファーの上でそのままになっていたタオルを、洗濯籠に放り込んで僕は家を出た。
「いってらっしゃい、悠ちゃん」
おばあちゃんの優しい声が、僕の背中を送ってくれた。
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