暗褐色。
本当は、わかってる。
僕は死ぬのが怖いんだって。
怖いから、自分で言って誤魔化して……怖くないんだって言い聞かせて、周りにも怖がっていないように見せようとして。
でも――やっぱり怖くて仕方がない。
発作が起こって、『あぁ、今度こそ本当に最後かも』なんて思う度に……もっとしてみたかったこととか、後悔とか、そんなものがいっぱい浮かんできて。
子供みたいだよね? 本当に幼稚で、理由もつかないような訳のわからない気持ち。
でも、仕方ないじゃない。明日生きているかも確かじゃないような、頼りない身体で生きていくには――恐怖に慣れるしか、押し殺すしか、諦めるしか、気付かない振りをするしか……他に方法が無いでしょ。
だから、僕は……一生こうして、自分を騙しながら生きていくんじゃないかな。
それで、自分を騙したまま死んでいくんだよ、きっと。
◆◇◆◇
「もう、平気です。すみませんでした」
僕は立ち上がって言うと、隣にいたお姉さんと、僕の担当医師である藤ヶ谷先生に頭を下げた。そのまま診察室を出て、ロビーまで降りた。
診察室を出たとき、呼び止められたような気がしたけれど、敢えて聞こえなかった振りをした。心が落ち着かなくて、長くあそこに居ても、上手く話せる気がしなかったから。
――――意識がはっきりとした頃には診察室に居て、診察を受けていた。聞くと気は失っていなかったというから、きっと朦朧としていて、言われるままにあの場所に連れて行ってもらったんだろうと思う。お姉さんがナースコールを押してくれて、先生が来てくれたところまでしか覚えていない。
今月に入っての発作はこれが初めてだ。今月はもう起きないかと油断しきっていたこともあって、咄嗟に落ち着くことができずに、慌てて呼吸を戻そうと、急に息を吸い込んだのがかえって発作を長引かせたのだろう。別に誰に言われたわけでもない。自分の身体のことは、自分が一番よく知っているつもりだ。
「……くん」
けれど――――――。
「……樹くん」
問題はそれではない気がする。発作に関することではない何かが、心に引っ掛かる。何だろう? 一体何が?
「悠樹くん!」
「あ……」
思考が遮られた。前から両肩に手を置かれて、覗き込まれてやっと気付いた。ロビーの患者さん達の視線が僕に集まる。かなり大きな声で呼ばれていたらしく、気付いていなかったのは僕だけだったようだ。
「綾瀬さん……? すみません、気付きませんでした」
僕のことを覗き込んでいたのは、看護師の綾瀬さんだった。僕のことを小さい頃からよく知っている。
「もう。さっきからずっと声掛けてたのよ? どうしたの? 考え事?」
初めて会った頃から、物腰柔らかな話し方と、優しい雰囲気は変わらない。
「……はい。ちょっと」
この人と話すと、不思議と気持ちが少し軽くなる。
「そう。相談ならいつでも乗るから、遠慮しないでね」
にっこりと微笑む綾瀬さんは、なんでも知っているような気がする。目を合わせていると、合わせた目から心配事や悩み事が伝わるんじゃないかと小さい頃は思ったりもしたっけ。実際、少し話しただけですごく的確なアドバイスをくれる。とはいえ、そんなことはあるわけがないし、きっと綾瀬さんは人の気持ちにとても敏感な人なんだろうと思う。
「ありがとうございます」
でも、ダメだ。今は、綾瀬さんとも上手く話せる気がしない。
頭を下げて背中を向けようとする。
「待って」
制され、動きを止めてもう一度綾瀬さんに向き直る。
「はい?」
「顔色がよくないよ? あんまり思いつめないようにね。電話でもメールでも直接でもいいから……時間とかも気にしないでいいから。話したくなったら連絡して」
僕より少し背の低い綾瀬さんは、背伸びをして僕の頭を撫でた。小さい頃、よく泣いていた僕に綾瀬さんがしてくれていたことだった。綾瀬さんの手は、昔と少しも変わらずに、温かかった。
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