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向日葵―命の花―  作者: 藍川 透
入院4日目
46/47

訪問者

前回の更新が半年前になっていることに気づき、愕然としました。お久しぶりです、藍川です。

待っていてくださった方、遅くなりすみません。

感想などで『遅い!』と叱ってやってください。


物語、少し動きます。

 昨日は考え過ぎてあまり眠れなかった。

 起きたのは9時と早くはない時間だったが、ようやく眠りについた頃には4時を回っていたように思うから、5時間も寝ていないことになる。

 普段は少なくとも7時間は寝ることにしている俺にしては短く、寝覚めはお世辞にも良いとは言えない。良いどころか、頭は回らないしなんだか胃がムカムカするしで体調としては最悪だった。やはり寝不足はよくない。

 風呂にでも入ってさっぱりすれば、多少は気分がマシになるかと思い、朝風呂なんて珍しいことをしてみることにした。

 外は今日も雲の出番なしの快晴らしく、まだ10時を回ったところなのに、浴室は電気も必要ないほどに明るかった。いつもは電気を点けて入る時間にしか風呂を使わないので、なんだか新鮮な気分だった。

 シャワーの蛇口を捻り、まだ冷たい水を頭から被った。いつもならこんなことはしないのだが、今日は冷たい水が体を滑っていく感覚が気持ちいい。

 冷水を浴びながら、思考を巡らせる。

 昨日の俺は一体なんだったんだろう。本当に笹原のことが好きなのか? 抱きしめたいと思ったのは、笹原が好きだから……?

 好きなんだとしたらどうする? 告白でもするか? ……いや、ありえない。そもそも、タイミングが悪すぎる。あいつは今から受験に向けて本格的に勉強をしなければならないのだ。それを、変なことを言って邪魔をしてはいけない。……待て、タイミングが悪くなければ告白するのか? そんなわけあるか。そもそも、好きみたいだとは思ったが、好きと決まったわけじゃない。

 好きという気持ちが、どうにもよくわからなくなった。

 今では前園先輩のことを異性として好きだったのかも自信がない。その時は好きだと思っていたが、もしかしたら尊敬と取り違えていたのかもしれない。間違っているのに気づいていなかっただけもしれない。

 そもそも好きってどういうことかが思い出せない。好きの定義があまりにも曖昧で、友情と愛の境目がぼやけて溶け合っている。

 なんとなく好きだと思ったが……後輩として可愛がる気持ちとは違うと感じたが……それがイコール愛してる方の好きなのかは、わからない。

 あんな直感のような、根拠もない、その時の感情だけで断定していいのか? わからない。何も。

 情けないと思った。

 自分のことも満足にわからなくなってしまったことを。理屈でない感情を、素直に認められないことを。人を好きになる感覚が思い出せないことを。

 今の俺はきっとおかしい。新学期から始まるだろう恐ろしい日々に怯えて、あんな山崎なんかからの、からかい半分だろう電話やメールに過剰に反応して。感情の制御が下手くそになって泣いて、そのくせ自分の気持ちがわからない。

 このまま新学期になって、いじめられるようになったら、きっと心はずたずたになるだろう。大したことないと思っていても、どこかで傷つく自分がいるせいで、少しずつ積もる傷が溢れて、心は傷だらけになるだろう。

 そうしたら、今はまだわからなくなっただけで辛うじて持てている、『人への好意』も本当に失くして、笑えなくなって、ひとつずつ感情を失っていくのだろうか。

 中学の頃にも一度体験した、自分の中から感情が消えていく感覚は、もう二度とごめんだと思えるような代物だった。

 確かに自分はここにいるのに、自分が本当に生きていて、ここに存在しているのかすら怪しく感じられるほどに、生きている心地がしないのだ。楽しいとか、可笑しいとか、そういう本来なら笑顔になる状況にあっても、心が感じないのだ。動かない。

 まずは笑顔から消えていって、次に涙や悲しみが消え、最後には怨嗟の念と怒りだけが残る。

 最も人間を人間から離れた行動を取らせる原動力と成りうる感情だけを唯一身体の中に溜め込んで、毎日仏頂面で眉間に皺を寄せて、誰も近寄るなと威圧しながら過ごした。

 もし、もしも。あの人がいてくれなかったら。俺は壊れていたんだろう。あのまま怒りすら、怨嗟すら失くして、ただ人間の形をした空っぽの器として生きていたのかもしれない。あの人が話を聞いてくれたから、俺は感情を取り戻し、やりすぎることなく仕返しができた。正しく怒ることができた。

 だが、もう今度はあの人に頼ることはできない。一人で戦わなくちゃならない。一人で、感情を失くすことなく、何も零さずに耐えきることができるのか。不安で仕方なかった。今すでに一つ目の感情を見失いかけている、この俺に。

 ダメだ。今はあいつのことをまともに考えられない。この先訪れる恐怖が目を塞いで邪魔をする。頼りの感情も、思い出せない。手も足も出ない。 ――――この問題は、一旦保留だ。


 思考が一段落したところで我に帰り、自分が今何をしていたかを思い出した。ずっとシャワーを掛かっていた。

 とっくに湯になっていたシャワーを止め、息をついた。風呂に入ると色々なことを延々と考える癖が自分にあったことも一緒に思い出し、選択を間違えたと思った。今風呂に入るべきじゃなかった。考えることが尽きない今の状況と風呂。最悪の組み合わせだった。

 早いところあがって、何かに没頭して考えることをやめようと思った。それに頭を使って考える暇をなくしてしまえ。

 まだ観ていない録画していた映画。読みかけの本。勉強。

 なんでもいい、とにかくほかのことに集中するんだ。そうでなければ悶々と考え続けてしまう。悩んでも仕方ないのはわかっている、しかし心配事は頭の中に居座っていて、ことあるごとに顔を出すのだ。なんとかして頭から追い出さなくては。


 しかし、そんな必要はなくなった。今まで考えていたことがすべて吹っ飛ぶようなことが起きたのだ。


 風呂を出て体を拭いていたときに、インターホンが鳴った。誰もくる予定は無かったから新聞の勧誘かセールスマンだろうと思い、まだ髪を拭いていないこともあり、無視した。しかし、意外にしつこい。もう4回はインターホンが鳴っただろうか。このしつこさは知り合いかもしれない。もし知り合いで、用事で来ていたらいけないので、髪はびしょびしょだったが出ることにした。

 もしセールスでも、風呂に入っている最中だったと言って追い返せる。

 インターホンのモニタを見に行くよりも、玄関まで直接行く方が早い。わざわざキッチンまで戻るのは面倒だ。

 だから、ダイレクトにドアを開けた。

 ……そして、3秒後には自分の行動を激しく後悔した。

「おはよっ!」

 本性を知らなければ人好きのしそうな笑顔を弾けさせて、手は顔の横でひらひらと振る。

 ガンッ!

 無言で、いっそ挟まったとしたら指の数本も折ってやれ、くらいの勢いでドアを閉めたら、脚と手を使って妨害された。脚でドアを止めてそれ以上閉まらないようにし、手で開いている隙間を広げようとしてくる。こっちも懇親の力で閉めているのに、一向にドアの隙間は小さくならない。むしろ開いていっている気がする。

 俺も相当な馬鹿力だと自負しているが、こいつもかなり力が強い。若干負けているような気すらして、悔しいことこの上ない。

「……帰れ……!」

「やだ、ね……! 数学、教えてもらうまで……っ、帰らないから!」

「教えねーぞ!」

 力を込めながら喋るため、どうしても声が裏返ったり飛んだりしそうになる。

「いいじゃん、どうせ……! 終わってんでしょ!?」

 ほとんど叫ぶように言いながら更に力を強めて来たので、今のでだいぶドアが開いてしまった。

「くそっ、だいたいなぁっ、メールやら電話やら……勝手に調べてんじゃねぇぞコラ……! 犯罪だ犯罪!」

「え~? だって、叶教えてくれないしっ……!」

「1回警察に突き出してやろうか……っ!?」

「……ふふ、」

 こっちはこいつを家に入れたくなくて必死なのなに、よりにもよってこのタイミングで笑いやがった。 

「なに笑ってんだ……っあ!!」

 一瞬、ほんの一瞬だけだ。瞬きも出来るかどうかの間だけ、こいつの訳のわからない笑みのせいで力が抜けた。そして、こいつはそれを見逃さなかった。

「やったぁ、僕の勝ち!」

 すぐに立て直そうとしたが、そのときにはもう多少無理をすれば入ってこれてしまうくらいまでドアを開けられていた。そこまで行ってしまえばもはや閉めるのは不可能で、締め出すのは諦めるしかない。せいぜい俺にできるのは、玄関まで入ってきた山崎を舌打ちをしながら睨みつけることくらいだった。

「おじゃましまーす!」

 嬉しそうに挨拶をして靴を脱ぎ、少し中まで入ったところで俺を振り返っている。

「ったく。すぐ帰れよ」

 なにが悲しくて新学期から自分のことをいじめると宣言しているやつを家にあげて、勉強を教えなきゃならんのだ。

 廊下の真ん中で待っていて、邪魔でしかたない。腹が立つのを少しでも抑えるために山崎を押しのける。そして廊下の奥まで進み、突き当たりのリビングへのドアをぐいっと押し開いた。渋々、目で入るように促すと、顔をぱっと輝かせてドアをくぐった。

「うわぁ、広いね~」

 テーブルのあたりまで踏み込んで、くるくる回りながら部屋の中を見ている。

「あんまじろじろ見るなら帰れ」

 最高に冷たい声で言い放つと、回るのをやめて大人しくなった。そして、テーブルを見ながら「座っていい?」と尋ねてきた。

「座れば?」

 こいつに優しくすると何かが減る気がする。優しくするだけ損だ。

「はぁい、失礼しまーす」

 そう言って、入口から見て右手前の椅子に腰掛けた。勉強を教えるということで、しかたなく俺は山崎の向かい側に座る。……こうなったら仕方ない、早めに終わらせてお帰り願おう。そして二度とこの家の敷居をまたがせるものか。

 山崎は、いそいそと数学の課題を広げ始めた。

「そもそもなんで俺に……」

 ぼそっと小言を言うと、山崎は顔をあげて笑った。

「うーん、叶の家に行ってみたかったのと……話したかったからかな。電話やメールじゃ無視するじゃん」

「俺はお前と話すことなんてないけどな」

「冷たっ!」

 俺の態度に山崎は目を剥いて驚いた顔を作る。

「当たり前だ。いじめるって堂々と宣言してきたやつに優しくするやつがいるかよ」

 ため息をつきつつ、なんとはなしに前髪を触ろうとして気づいた。ほぼ同時に、山崎も俺の髪を指さして言う。

「さっきから気になってたんだけどさ、叶、髪濡れてるじゃん。お風呂でも入ってたの?」

「うるせぇ。乾かそうとしたとこにお前が来たんだよ」

 もう何を言われても腹が立つ。我ながら、一言話しかけられただけで『うるせぇ』はかなり理不尽だと思う。……でも山崎だしな。

「乾かしたげよっか」

 また意味がわからないことを言い出す。

「は? 誰がお前なんかに触らせるか」

「……そんなに頑なな態度取らないでよ~。さすがに傷ついちゃうよ? 少しは歩み寄ってくれるとかさ」

 机の向こう側で、頬杖をつきながら困ったような顔で笑った。

「お前が変なこと言い出さなきゃ……」

 そこまで言いかけて、止まる。言い出さなきゃ、なんだ?『それなりに仲良くできてたかもしれない』? そんな馬鹿な。心のどこかで、まだ少しくらいは信じたいと思ったりしてるのか?

 ……山崎と仲が良かった時期もなかったわけじゃない。それは事実だ。でも、もうその頃の山崎とはまるで違う。俺が仲良くしていた山崎は、もういない。 

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