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向日葵―命の花―  作者: 藍川 透
入院4日目
43/47

涙。

「有阪」


 叶がやって来るのを正面玄関で待っていた僕は、声の方を見た。ちょっと特徴のある声だし、ずっと聞いていれば声だけでわかるようになる。


『叶、なかなか来ないから叶にまで何かあったのかと思ったよ。はやく、お姉さんのところに行こう』


 そんなことを言おうとして、そこにいた叶の顔をみた。

 言おうとした言葉が全部引っ込んでしまった。その姿に驚いて。

 いつも、しっかりと地面を踏んで真っ直ぐ立っていると思っていた叶が、酷く小さく、弱く見えた。

 傘を持っているのにずぶ濡れで、ここまで来られたのが不思議なくらいに沈んでいた。

 隣には、叶よりはましだけど充分雨に濡れている女の子。なんとなく叶に似ているところがあるようにも感じる雰囲気をまとっている。

 いつもなら女の子のほうが叶よりは弱いんだろうけど、多分今日の叶は、この子にここまで連れてきてもらったんだと思う。

 叶に教えたのは失敗だったかも。

 最近、わかってきたことがある。叶は心身ともに強いほうだけど、多分その強さは『慣れ』だ。今までいろんな辛いことがあったことと、その原因を、言わばデータとして覚えておいて、次からは同じ轍を踏まないように動く。そうやって動く人は多いだろうけど、叶はそれが顕著なんだ。だから今まで起こった事がないトラブルなんかに遭うと、パニックって呼べるレベルで慌てて、深いダメージを負う。

 それでも高いプライドと周りに心配をかけまいとする優しさとで、なんとか落ち着けるように頑張ってるから、気づく人は少ない。

 だけど、ある程度長く付き合ってみると、少しの様子の違いでわかるようになってくる。

 今日は嬉しそうだなぁとか、元気ないなぁとか。叶はあんまり表情が豊かじゃないから、時間がかかったけど。

 いろいろわかってたのに、呼んだのは間違いだったかもしれない。

 だってほら、ここに立ってるのは本当に叶なのかなって疑いたくなるくらい、いつもと違う。そんな感情むきだしの表情とか、自信の欠片もない瞳とか。

 見えるもの全部が、いつもの叶じゃなかった。


「あぁ、やっと来た。雨で大変だったね……」


 それだけを言って、僕はお姉さんがいるところまで叶たちを案内した。

 やってきたのは、いつも僕やお姉さんが入院している棟とはべつの棟。経過をみて一時退院できそうな人や検査入院をしている人が多い、僕たちがいる棟とは違う。症状が急に重くなったりした人がいる棟だ。


「ここだよ、お姉さんの病室」


「……うん」


 頷いたものの、叶は入ろうとはしなかった。


「大丈夫だよ。今は落ち着いてるらしいし、目も覚めてるから……」


 ドアのほうに叶の背中を押しながら言うと、強ばっていた身体から力が抜けるのがわかった。しばらくしてから、ゆっくりとドアに歩み寄って、恐る恐るって様子で引き戸を開けた。


 部屋の奥に目をやると、ベッドにいるお姉さんと目が合った。


「琥珀くん……来てくれたんだ。ありがとう」


 お姉さんが微笑んで言った。少し顔が青白い以外は、いつもどおりだ。

 叶は、ふらふらと力ない足取りでお姉さんに近づいた。


「大丈夫、なんですか……? 急に倒れたって……」


 ほっとしたのか、叶の声が少し湿っている。顔を見てみると瞳に涙がうっすら浮かんでいた。


「大丈夫よ。琥珀くん泣き虫になったね〜。ほら、泣かないでよ」


 ちょっとかがんで、とお姉さんに言われ、叶がベッドの横にしゃがんだ。

 お姉さんに頭を撫でられて、頼りなく肩が震えている。泣いてるみたいだ。


「無理ですよ、泣くななんて。俺、本気で心配して……」


「ごめんね。後輩泣かせちゃうなんてダメな先輩だね」


 叶は手の甲で涙を拭った。少し乱暴な拭い方だった。


「お願いだから、黙っていなくならないでくださいよ。先輩は、……俺にとっても大切な人なんです」


 先輩は、の後の言葉の繋ぎ方が不自然だった気がした。なにか、違う言葉を言うつもりだったのかな。


「やだ、照れちゃうよ〜」


 お姉さんは両手を頬に当てて、恥ずかしいよ、と笑った。


「ほんとに、よかった……っ」


 それは、ようやく絞り出したみたいな掠れ声で、叶が心からよかったと思っているのが伝わってきた。

 叶は小さい子供みたいにぼろぼろ泣いている。叶でも、こんなに泣くことがあるんだなぁなんて思った。


「よしよし」


 お姉さんに頭を撫でられて、泣きながら微笑んだ。

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