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向日葵―命の花―  作者: 藍川 透
入院4日目
41/47

歯切れの悪い言葉。

 時計はいつの間にか六時半近くを指していた。

 途中、会話が途切れたりもしたが、なんだかんだ言ってこいつとの関わりは楽しい。少なくとも、つい時間の確認が疎かになるくらいには。


「もう六時半になるな。時間大丈夫か?」


 多少の惜しさを感じながらも尋ねた。

 こいつは時間を全く気にしていないようだから、俺が言わなければいつまでも気づかなさそうだが、そんな俺のわがままで帰りを遅くさせることはできない。


「え? あっ……!」


 時計を見て慌てている。


「そろそろ帰るか?」


「はい、そろそろ失礼します!」


 この慌て振りをみると、門限を過ぎているのだろうか。


「門限過ぎてる?」


「時間気にしてなくて……。門限6時なんです」


 笹原のお母さんは、何度か見かけたことがあるし、少しなら会話もしたことがある。娘を大切にしているのがすごく伝わってくる人で、大切にしているが故に厳しい人だった。

 このまま帰せば、笹原はこっぴどく叱られてしまうのではないだろうか。


「送るわ」


 俺が提案すると、笹原は、ぶんぶんと手を振った。


「いいです、申し訳ないです。近いですし、一人で大丈夫です!」


「俺も時間気にしてなかった。俺にも悪いところあるし、門限過ぎたらお前怒られるだろ? 俺のせいで怒られたら、それこそ申し訳ない。送る」


 多少の強引さを含んで、一気にまくし立てた。

 笹原は、まだ「でも……」などと決めかねているようだ。

 しかし、俺が僅かな物音に気づいて窓を見たときに、この口論の軍配は俺にあがった。

 夏に特に多いゲリラ豪雨らしく、激しい雨が降っていた。

 夏場は、晴れていればまだ明るい六時半という時間も、雨のせいで真っ暗だ。傘もなしに帰れはしないし、女の子が一人で外を歩く明るさではない。


「傘も貸すし、ここは大人しく送られとけ」


 真っ暗で危ないから、とか心配だから、とか、そういう言葉が自然に出れば良いのだが、代わりに出たのはなんとなく上からの、偉そうな言葉だった。


「すみません……」


 申し訳なさそうに俯く後輩の姿に胸が痛む。なんで俺はこんな言い方しか出来ないのだろう。


「……ほら、行くぞ」


 笹原がバッグを持つのを待って、傘を掴んで部屋の外に出る。

 エレベーターを利用して、一階まで降りた。ロビーを通り抜けてマンションの外に出たところで、今まで黙っていた笹原が口を開いた。


「あの、先輩……叶、先輩」


 何故か俺の名前を呼び直したのを疑問に思い、隣にいる笹原に目をやる。


「ん?」


「あの……」


 何か言おうとしては口ごもり、口を閉じる。一分ほど繰り返していただろうか。


「どうしたんだよ」


 こいつらしくもない。いつもハキハキしているのに。


「先輩、今……す、好きな人とかいるんですか?」

 

 好きな人。

 好き、だった人。

 前園先輩。今は、違う。

 好き、じゃない……はずだ。

 少し間を置いて、答えた。


「今はいないけど」


 つーか、そんなこと聞いてどうすんだ。

 なんだなんだ、恋バナってやつか? いや、男もするけど、なんで今? 答えちまったけど。

 内心首を捻りつつ笹原を見遣ると、もそもそと、「そうなんですか……」と言った(ように聞こえた)。


「でも、先輩、モテそうじゃないですか」


 あ、これ完全に恋バナの流れだ。


「俺モテてるとか思ったことねぇけど」


 自分でモテてるとか思って行動してるやつなんか嫌だわ。ナルシストか。


「えっ、そうなんですか? 告白されたりしないんですか?」


「しないよ」


 最後に告白されたのいつだっけ? たしか、中学入ってすぐ。そこから三年間、全くモテてねぇよ。


「そうですか……じゃあ、その……」


 何を言いあぐねているのか、かなり歯切れが悪い。


 無言のまま、かなりの距離を歩いた。もう、笹原の家もすぐそこだ。


「もうすぐ着くぞ」


 何か言いたいことがあるのなら、さっさと言ってくれ。そう心で付け加えた。


「先輩、……私、先輩に聞いてほしいことが……あるんです」

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