歯切れの悪い言葉。
時計はいつの間にか六時半近くを指していた。
途中、会話が途切れたりもしたが、なんだかんだ言ってこいつとの関わりは楽しい。少なくとも、つい時間の確認が疎かになるくらいには。
「もう六時半になるな。時間大丈夫か?」
多少の惜しさを感じながらも尋ねた。
こいつは時間を全く気にしていないようだから、俺が言わなければいつまでも気づかなさそうだが、そんな俺のわがままで帰りを遅くさせることはできない。
「え? あっ……!」
時計を見て慌てている。
「そろそろ帰るか?」
「はい、そろそろ失礼します!」
この慌て振りをみると、門限を過ぎているのだろうか。
「門限過ぎてる?」
「時間気にしてなくて……。門限6時なんです」
笹原のお母さんは、何度か見かけたことがあるし、少しなら会話もしたことがある。娘を大切にしているのがすごく伝わってくる人で、大切にしているが故に厳しい人だった。
このまま帰せば、笹原はこっぴどく叱られてしまうのではないだろうか。
「送るわ」
俺が提案すると、笹原は、ぶんぶんと手を振った。
「いいです、申し訳ないです。近いですし、一人で大丈夫です!」
「俺も時間気にしてなかった。俺にも悪いところあるし、門限過ぎたらお前怒られるだろ? 俺のせいで怒られたら、それこそ申し訳ない。送る」
多少の強引さを含んで、一気にまくし立てた。
笹原は、まだ「でも……」などと決めかねているようだ。
しかし、俺が僅かな物音に気づいて窓を見たときに、この口論の軍配は俺にあがった。
夏に特に多いゲリラ豪雨らしく、激しい雨が降っていた。
夏場は、晴れていればまだ明るい六時半という時間も、雨のせいで真っ暗だ。傘もなしに帰れはしないし、女の子が一人で外を歩く明るさではない。
「傘も貸すし、ここは大人しく送られとけ」
真っ暗で危ないから、とか心配だから、とか、そういう言葉が自然に出れば良いのだが、代わりに出たのはなんとなく上からの、偉そうな言葉だった。
「すみません……」
申し訳なさそうに俯く後輩の姿に胸が痛む。なんで俺はこんな言い方しか出来ないのだろう。
「……ほら、行くぞ」
笹原がバッグを持つのを待って、傘を掴んで部屋の外に出る。
エレベーターを利用して、一階まで降りた。ロビーを通り抜けてマンションの外に出たところで、今まで黙っていた笹原が口を開いた。
「あの、先輩……叶、先輩」
何故か俺の名前を呼び直したのを疑問に思い、隣にいる笹原に目をやる。
「ん?」
「あの……」
何か言おうとしては口ごもり、口を閉じる。一分ほど繰り返していただろうか。
「どうしたんだよ」
こいつらしくもない。いつもハキハキしているのに。
「先輩、今……す、好きな人とかいるんですか?」
好きな人。
好き、だった人。
前園先輩。今は、違う。
好き、じゃない……はずだ。
少し間を置いて、答えた。
「今はいないけど」
つーか、そんなこと聞いてどうすんだ。
なんだなんだ、恋バナってやつか? いや、男もするけど、なんで今? 答えちまったけど。
内心首を捻りつつ笹原を見遣ると、もそもそと、「そうなんですか……」と言った(ように聞こえた)。
「でも、先輩、モテそうじゃないですか」
あ、これ完全に恋バナの流れだ。
「俺モテてるとか思ったことねぇけど」
自分でモテてるとか思って行動してるやつなんか嫌だわ。ナルシストか。
「えっ、そうなんですか? 告白されたりしないんですか?」
「しないよ」
最後に告白されたのいつだっけ? たしか、中学入ってすぐ。そこから三年間、全くモテてねぇよ。
「そうですか……じゃあ、その……」
何を言いあぐねているのか、かなり歯切れが悪い。
無言のまま、かなりの距離を歩いた。もう、笹原の家もすぐそこだ。
「もうすぐ着くぞ」
何か言いたいことがあるのなら、さっさと言ってくれ。そう心で付け加えた。
「先輩、……私、先輩に聞いてほしいことが……あるんです」




