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向日葵―命の花―  作者: 藍川 透
夏休み前
4/47

裏表画用紙。

 

 わかってる。私は一生この病院で過ごさなくちゃいけないことくらい。わかってるよ。悠樹といつまでも一緒にいられるわけじゃないことくらい。きっと今はああ言ってても、いつか彼女ができて――――私から離れちゃうんだよね。ううん、わかってるんだよ。彼女ができて離れるんじゃない……きっと、悠樹がいなくなって離れ離れになる確率のほうが高いんだ。そう――――悠樹が…………。

 ……どうしていなくなるか、なんて、言えないよ。


◆◇◆◇


「そっか……」

 そんな気の利かない返事しか出来なかった。本当はもっと励ますとか、『そんな事言っちゃダメ』って叱るとか――――色々出来たんだと思う。でも、出来なかった。だって、悠樹の気持ちは痛いほどわかるから。

 健康な人からすれば、『どうして努力もせずに諦めるんだ』って思うかもしれない。けれど、悠樹のそれは努力して治るものじゃない。生まれつきの、心臓の右心室うしんしつが極端に小さいというハンディキャップは、手術でも簡単に治せるものじゃない。心臓のどこかの部屋が小さいということ自体は、そんなに珍しいことではないらしい。ただ、悠樹の場合が異例の小ささだった。何かの拍子に少しでも拍動のリズムがずれれば大変な事になる。今、こうして生きているバランスを保つのが精一杯の大きさ。むしろここまで生きてこれたのは奇跡に近いと――――お医者さんが言った。悠樹も言っていた。

 そんな事情を知っているからこそ、軽々しく言葉をかけることが出来なかった。

「……うん」

 悠樹はそう頷く。

 沈黙。

 少し重いと感じた。

「……」

「……」

 悠樹は、宙を見つめて何か考えを巡らせているようだった。その澄んだ瞳に、どんな風に景色が映って、どんな気持ちを抱いているんだろう。――――しかし、そんな暢気なことを考えていられたのも、十数秒後までだった。

 悠樹が、眉をひそめた。声を掛けようと口を開きかけたその瞬間だった。

 小さい咳が悠樹の口から漏れた。それだけなら、なんて無いこと。けれど、気管に埃でも入ったのか、なかなか咳が止まらないのが良くなかった。少しずつ、でも確実にずれて行く呼吸のリズム。

「……っか、は……」

 悠樹は苦しげに、それでもリズムを正常なものに戻そうとする。祈るようにワイシャツの胸の辺りを両手で握っている。ここまでいくのにわずか15秒。

 私はようやく我に返った。

「ゆ、悠樹……っ!?」

 床にうずくまった悠樹に慌てて駆け寄る。吹き出した冷や汗が悠樹の手を、頬を、首筋を、じっとりと湿らせる。

「……大、丈…夫…」

 背中をさすろうと背中に手を置くと、途切れ途切れにそう言われた。やんわりとした拒絶だった。

「で、でも……」

 どうみても大丈夫な様子ではない。

「……っ……」

 ついに悠樹がぐったりと床に手を付く。

「悠樹!!」

 上手く身体に力が入らないらしい悠樹は、腕だけでなんとか身体を支えている。私は何か無いかと部屋を見回す。何を探しているかもよくわからずに、ただ首を振り回すようにして部屋中を見回した。

 悠樹は何を思ったのか私の肩に手を置き、注意をうながしてから震える指先で私のベッドの上を指した。

 ベッドの枕元にあるコンセントには、どこの病院のどの部屋にも設置されている――――一般にナースコールと呼ばれるスイッチが接続されていた。

 私は、飛びつくようにナースコールを握り、必死でボタンを押し込んだ。

 電子音が、部屋中に響き渡った――――――――。

 お読みいただき、ありがとうございました! 誤字・脱字・言葉の誤用などありましたら、お知らせください。

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