裏表画用紙。
わかってる。私は一生この病院で過ごさなくちゃいけないことくらい。わかってるよ。悠樹といつまでも一緒にいられるわけじゃないことくらい。きっと今はああ言ってても、いつか彼女ができて――――私から離れちゃうんだよね。ううん、わかってるんだよ。彼女ができて離れるんじゃない……きっと、悠樹がいなくなって離れ離れになる確率のほうが高いんだ。そう――――悠樹が…………。
……どうしていなくなるか、なんて、言えないよ。
◆◇◆◇
「そっか……」
そんな気の利かない返事しか出来なかった。本当はもっと励ますとか、『そんな事言っちゃダメ』って叱るとか――――色々出来たんだと思う。でも、出来なかった。だって、悠樹の気持ちは痛いほどわかるから。
健康な人からすれば、『どうして努力もせずに諦めるんだ』って思うかもしれない。けれど、悠樹のそれは努力して治るものじゃない。生まれつきの、心臓の右心室が極端に小さいというハンディキャップは、手術でも簡単に治せるものじゃない。心臓のどこかの部屋が小さいということ自体は、そんなに珍しいことではないらしい。ただ、悠樹の場合が異例の小ささだった。何かの拍子に少しでも拍動のリズムがずれれば大変な事になる。今、こうして生きているバランスを保つのが精一杯の大きさ。むしろここまで生きてこれたのは奇跡に近いと――――お医者さんが言った。悠樹も言っていた。
そんな事情を知っているからこそ、軽々しく言葉をかけることが出来なかった。
「……うん」
悠樹はそう頷く。
沈黙。
少し重いと感じた。
「……」
「……」
悠樹は、宙を見つめて何か考えを巡らせているようだった。その澄んだ瞳に、どんな風に景色が映って、どんな気持ちを抱いているんだろう。――――しかし、そんな暢気なことを考えていられたのも、十数秒後までだった。
悠樹が、眉を顰めた。声を掛けようと口を開きかけたその瞬間だった。
小さい咳が悠樹の口から漏れた。それだけなら、なんて無いこと。けれど、気管に埃でも入ったのか、なかなか咳が止まらないのが良くなかった。少しずつ、でも確実にずれて行く呼吸のリズム。
「……っか、は……」
悠樹は苦しげに、それでもリズムを正常なものに戻そうとする。祈るようにワイシャツの胸の辺りを両手で握っている。ここまでいくのに僅か15秒。
私はようやく我に返った。
「ゆ、悠樹……っ!?」
床に蹲った悠樹に慌てて駆け寄る。吹き出した冷や汗が悠樹の手を、頬を、首筋を、じっとりと湿らせる。
「……大、丈…夫…」
背中を摩ろうと背中に手を置くと、途切れ途切れにそう言われた。やんわりとした拒絶だった。
「で、でも……」
どうみても大丈夫な様子ではない。
「……っ……」
ついに悠樹がぐったりと床に手を付く。
「悠樹!!」
上手く身体に力が入らないらしい悠樹は、腕だけでなんとか身体を支えている。私は何か無いかと部屋を見回す。何を探しているかもよくわからずに、ただ首を振り回すようにして部屋中を見回した。
悠樹は何を思ったのか私の肩に手を置き、注意を促してから震える指先で私のベッドの上を指した。
ベッドの枕元にあるコンセントには、どこの病院のどの部屋にも設置されている――――一般にナースコールと呼ばれるスイッチが接続されていた。
私は、飛びつくようにナースコールを握り、必死でボタンを押し込んだ。
電子音が、部屋中に響き渡った――――――――。
お読みいただき、ありがとうございました! 誤字・脱字・言葉の誤用などありましたら、お知らせください。