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向日葵―命の花―  作者: 藍川 透
入院4日目
37/47

電話と約束。

 お待たせいたしました。

 先輩と会った三日後、県大会の予選があった。惜しくも決勝進出は逃してしまったけれど、中学校生活最後の年にとても良い思い出ができた。


 そんな昼下がり、私は練習が終わった後に後輩のみんなや、はるちゃんとお喋りに花を咲かせていた。……とはいってもそのほとんどが、『どうやったらドリブルで早く攻め上がれるのか』とか、『シュートの確率を上げるにはどうしたらいいのか』とか、といったバスケに関係する相談だったけど。

 本当なら大会も終わったし、私たちがバスケ部にいる意味は、もう無い。だけど、すぐにバイバイっていうのも寂しい。だから、夏休み終わりまでは練習に参加することにしていた。


「うーん……ボールを見なくても高さを保てるくらいに感覚を覚えるしかないかな。それと、基本的なことだけどボールを前につくこと。練習すれば絶対できるようになるよ。シュートも、似たようなことしか言えなくて申し訳ないけど、やっぱり練習かな。そのうち感覚でわかるときがくるから」


 一週間くらい前に先輩に言われたことを反省して、的確なアドバイスをできるように頑張ってるつもり。


「なるほど、やっぱり練習するしかないですね……。でも、先輩に言ってもらえるとほんとに出来る気がしてきました。がんばりますね!」


「私も頑張ります」


 本当に良い後輩ばかりで、毎日部活が楽しい。でも、夏休みももうすぐで半分が終わる。みんなと部活できるのも、あとほんの少しの間だけ……。でも、お別れまでにひとつでも多く、楽しい思い出をみんなと作りたいな――。

 そう思うと、自然に笑みが零れてきた。


「さーちゃん、どうしたの? にこにこしてるよ?」


 はるちゃんが早速指摘してきた。


「うん、あとちょっとで私たちも引退だけど、それまでに楽しい思い出いっぱいつくりたいなって」


「そうだね、ボクもそう思うよ……ちょっと寂しいけどね」


 私が考えていたことを言うと、はるちゃんは、ふんわり微笑んで答えてくれた。やっぱりみんな、同じ気持ちなんだね。


 はるちゃんは自分のことをボクって呼ぶ。見た目は普通に女の子らしいけど。ボクっ娘ってやつかな? 似合ってるし、良いと思うけどね。

 ちなみに私は、自分の下の名前が男の子みたいであまり好きじゃない。それで、はるちゃんには笹原からとって『さーちゃん』って呼んでもらってるんだ。

 他の友達にも、出来るだけ苗字か、苗字からとったあだ名で呼んでくれるように頼んでいる。

 叶先輩も、はじめの頃は下の名前にちゃん付けで呼んでくれてたけど、いつからか気を遣って苗字で呼ぶようになった。それは、少しだけ勿体なかったかもって思ってるんだよね……。



「私も寂しいです……」


「わたしも……」


 一緒に話していた後輩の二人は、しょんぼりと俯いてしまった。でも、


「大丈夫だよ! 卒業まではまだあるし、学校では会えるから。たまには部活にも顔出すよ」


「みんなが頑張ってる姿をボクも見てたいしね」


 私とはるちゃんが言うと、


「そうですよね!」


 と二人とも笑顔になってくれた。


 ――そのとき、私の携帯の着信音が鳴った。好きなアーティストの歌のオルゴールバージョンだ。そういえば、叶先輩もこのアーティスト好きだって言ってたな……。そんなことを思いながら、三人に断って電話に出る。三人に会話が聞こえない程度に離れた。


「もしもし」


『よぉ笹原、久し振り。……今大丈夫か?』


 電話から聞こえてきたのは、大好きな人の声。


「先輩……! はい、大丈夫です、ど、どうしたんですかっ!?」


 さっきから先輩のことばかり考えていたせいか、緊張していつも通り話せない。最近、ことあるごとに先輩のことを思い出してしまう。正直、こんなに人を好きになったことが今までなかったから、戸惑ってる。


『ちょっ……お前噛みすぎ』


 笑われた。

 でも、くすくす耳元で笑われると、余計に緊張してしまう。また噛みそう……。


「す、すみません……。えっと、何のご用で?」


『お隣さんからケーキ貰ったんだけど、俺甘いもの食えねぇから……』


「はい」


『お前にやろうと思ってな。……甘いもの好きだっただろ?』


 すごく嬉しい言葉に、思わず大きな声で返事をしてしまった。


「大好きです! いいんですか!?」


 大好きな先輩と、大好きなケーキ。こんな最高な組み合わせってないよ。幸せだなぁ……。


『声でけーよ。そんなにケーキが好きか』


 はっ、と呆れたような笑い声が聞こえた。


「だって、美味しいじゃないですか。甘くって……見た目だって可愛いし。幸せな気持ちになれますし」


 甘いものが食べれない人には分からないのかな? この感じ。

 ――なんて、私がひとりで考えているうちに、先輩が驚くようなことを言い出した。


『そっか。じゃあ、俺んちで食うだろ? 途中まで迎えに行こうか? 何時くらいになりそうだ?』


 最初はよく意味がわからなかった。だから、携帯を耳にぴったりと押し付けて聞き返した。


「先輩、今……なんて?」


『だから、いつ俺の家に来れそうだ? って言ったんだけど……』


 いつ、俺の家に来れそうだ? 


 先輩の、家に? 私が、お邪魔して、一緒にケーキを……先輩の……家……。


『笹原ー?』


 どんな家なんだろう? なんとなく、黒とかでかっこよく統一されてそう……、どんな服着ていこうかな? どうしよう、緊張してきたぁ……!


『さーさーはーらーぁ』


 っていうか、何話したらいいんだろう? 絶対ドキドキしてまともに喋れないよ。


『笹原っ!』


 びくっと肩が跳ねた。なんとなく、いつも怒られてた時を思い出してしまった。

 相変わらず聞こえやすい声……耳元で怒鳴られるとかなりきついけど。


「は、はいっ」


 慌てて返事をする。思わず背筋が伸びて、その場で気を付けの姿勢を取ってしまった。

 しかし、怒られるかと思いきや、携帯からは噎せるような先輩の声しか聞こえない。しばらく咳き込んでいたけれど、咳混じりに『ちょっと待ってくれ』と聞こえたきり音が遠退いた。先輩が口から携帯を話したらしい。


「先輩……?」


 怒鳴ったから喉にきたのかな? でも部活ではいつも大声出してたし、慣れてそうなのに……少し、心配。

 けれど、しばらくして、


『悪い……。もう大丈夫だ』


 と、先輩が電話に戻ってきた。その声は掠れてもいなければ上擦ってもいない、いつも通りの先輩の声。

 たまたまだったのかな。そう私は納得した。そういうときもあるよね。喉の調子悪かったとか……。でも、それなら無理させたってことだし、悪いことしちゃったな……。


「先輩、すみませんでした」


『なんだよ急に……』


 驚きと不思議さが混ざったような声がこちら側に届く。


「あの、大声出させちゃって」


『ばぁか、お前のせいじゃねぇよ』


 いつもより、語尾が優しい。こういうときの先輩はいつもそう。一生懸命、責任感じさせないように気を遣ってくれてるんだろうな……。他の人にはわからなくても、私にはわかるよ。いつも、先輩のことを目で追ってた。


『そういうの、ほんと気にしなくて良いから。んで? 何時にどこまで迎えにいけば良い?』


 もう一度そう断って、先輩は話題を元に戻した。


「あぁ……えっと、一回家に帰って着替えてからでも良いですか?」


 最近買ったワンピースを着て行こう。


『うん、わかった。じゃあ準備できたら……家に電話して?』


 先輩のアドレスを私は知らない。先輩も、私のは知らない。知ってるのは先輩の家の電話番号だけ。


「あの、先輩……?」


 前から、ひとつ聞いてみたいことがあった。でも面と向かって聞く勇気はないし、だからといってそれだけの為に電話をするのも気が引けていた。今は、絶好のチャンス。


『ん?』


「ほんとに――」


 だけど、そこから言葉がでなくなってしまった。


『あ? なんだよ。……もしかして家に来るの、嫌か?』


 先輩の声のトーンが、一気に不安げなものに変わる。


「え? あ、」


『ごめん。気持ち悪いよな、いきなり男の家なんか……警戒して当たり前だな』


 なにも言えずにいる間に、先輩はどんどんひとりで反省モードに突入していく。


『やっぱケーキは俺でなんとかするわ。変なこと言ってごめん』


 え!? 嘘、ケーキは!? 食べたいのに……。


「いや、だから……先輩、」


 必死に引き留めようとしても、先輩は聞く耳を持ってくれない。先輩が私をどうこうするなんてちっとも思ってない、疑ってなんかないのに。


『でも、違うんだって。マジで変なこととか考えてなかったし……ただお前がケーキ好きだって言ってたの思い出して……それで、喜ぶかと思っただけで……』


 ケーキって考えて私を思い出してくれたんだ……。なんか、嬉しいかも。

 しかも、慌ててる先輩はなんだか話し方が可愛い。


「先輩、大丈夫ですよ。そんなこと思ってませんから」


『は?』


 先輩は遮られたのに驚いたのか、すっとんきょうな声を上げた。


「先輩が私にどうこうしようするなんて思うわけないじゃないですか……」


 落ち着いて言ってあげると先輩は言った。


『思ってない……? ………………』


 声が小さすぎてなんて言ったのか聞こえない部分もあったけど。


「はい」


 きっぱり言い切った。そのほうが先輩も安心するかなって思ったんだけど……。


『馬鹿!』


 返ってきたのは耳がキーンとするほどの大声だった。しかも、罵倒された。


 私の中で、何かが切れた。


「馬鹿!? なんですかそれ! 先輩が変な勘違いしてるから訂正してあげたのに!」


『全く思ってなかったって、そっちのほうが問題だろ! もっと警戒心持ちやがれ! いつかほんとにどうにかされても知らねえからな!』


「余計なお世話です! 先輩には関係ありませんー」


『んだよそれ! 心配してやってんだろ!?』


 私の中で、先輩への怒りが急速に冷めていった。だって、今の先輩の言葉のなかにすごく嬉しいことが聞こえたから。


「…………」


『おい、』


「………………」


『……なぁ』


「……先輩」


 嬉しくて、頬が緩んでるんじゃないかな。


『な、なんだよ?』


「心配してくれたんですかっ?」


 本当に嬉しい。先輩は優しくて、よく周りを気にしてくれて。将来、こんな人になりたいな……。


『はぁ?』


 先輩の声が少しだけ上擦っているのがわかった。照れてる?


「ありがとうございます、心配してくれて。やっぱり先輩は優しいですね」


 そして、こうやって素直に誉めると、決まって先輩は言う。『勘違いすんな馬鹿』って。



『勘違いすんな馬鹿』


 ほら、当たった。


 ――でも、今日は続きがあった。








『後輩なんだから当たり前だろ』






 だって。なんだか、どうしようもなく悲しくなった。


『私』だけじゃないんだ。


『後輩』なら皆に優しいんだ。


 それって、なんか嫌。

 だって、『私が特別』がいいんだもん。皆に優しくても良いけど、それなら私にはもっと優しくしてほしい。


 皆と同じは嫌――。




 なんだか虚しい。


 わかってたけど、やっぱり私は皆と同じようにしか見てもらえてなかったんだって思うと、悲しくて、虚しくて……。

 いくら皆よりちょっと一緒にお茶したって、家に呼ばれたって、『特別』って思ってもらえなきゃ意味ないじゃん。


 私ばっかり先輩のことが好きで、先輩は私のこと、たくさんいる後輩の中のひとりとしか思ってくれてないんだ。




 それって……苦しいよ――。


 恋って、苦しいんだなぁ……。嬉しくて楽しいことも多いけど、少しのことで気持ちが揺れて。今は、すごく苦しい。



『笹原、どうした?』


 黙ってしまった私に、先輩が聞く。


「先輩――」


 直接、聞かなきゃずっともやもやしてるんだろうな。

 だったら、今日は絶好のチャンス。聞いてみよう。



 私のこと、どう思ってるんですか? って。



「あとでおうちにお邪魔した時に、聞きたいことがあるんです」


『質問? 別にいいけど』


「正直に答えてくれるって、約束してくれますか?」


『質問によるが……』


「約束してください」


 今押さなくちゃ、他に押すところがないから。


『………………』


「先輩」


『……わかった。じゃあ、待ってるから』




 静かに、通話が切られた。


 お読み頂き、ありがとうございました。

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