和解。
「ごめん……っ」
そう言って僕の前で頭を下げる、友人。
かなり深く頭を下げているのと、少し長めの髪の毛が邪魔してその表情を伺うことはできない。
「叶……」
名前を読んでみたけれど、微動だにせず、顔を上げようとはしない。
「ごめん、本当に悪かった……」
そのまま謝る叶の声に、少しの違和感。
いつもの強さがなりを潜めていることが原因のようだった。
いつになく、弱々しい声。同じ声なのに、本人の気持ちでこんなにも違って聞こえるのか――。
「ごめんな。有阪が怒るのも無理ねぇよな……俺、最低だった」
叶は、体の横で拳を握っている。よく見ると、それは僅かに震えていた。
「ごめん……」
「顔……上げて。もういいから」
「もう……いい、……?」
消え入りそうな声と共に、目に飛び込んで来たのは、愕然とした表情の叶。
瞳を大きく見開いたかと思うと、次の瞬間には酷く悲しそうな表情になった。
その姿は普段からは想像もつかないほど儚く、今にもその場に崩れ落ちるのではないかと思った程だった。
「そうだな……。そうだよな、許してもらえなくて当然だな」
目を伏せてそう言い、俯く。
「でも、最後これだけは――」
「待って!!」
叶が最後まで言い終わるのを待たずに、遮ぎった。彼は、大きな勘違いをしている。
僕の大声に叶は、はっとしたように顔を上げた。
「違う、違うよ。もういいってそういう意味じゃなくて……」
「何が、」
何が違うんだ?
きっとそう言うつもりだったのだろう。しかし、叶がそこで言葉を止めたのは――声を出すのをやめたのは何故だろうか。
「許さないって意味じゃないよ……」
「…………ぇ、あ? っと、えっと………、?」
叶の口から意味のない音が漏れる。予想外の返事に、混乱しているらしい。
「そいつは……どういう……」
「いいよ、もう怒ってないから。叶にそこまでさせた僕も僕だったかもしれないし……こうして謝りに来てくれたんなら、もう怒る理由なんてどこにもないでしょ」
「いい、のか……?」
少し拍子抜けしたような声だったが、その表情には安堵感が溢れていた。
「うん。でも、あそこまで悪役にならなくてもよかったんじゃないかとは思うけど」
きっと今の僕の表情は、苦笑いなのだろう。
「もっと素直に応援すれば良かったんだよな……あんだけ屈折しまくってたら伝わらなくて当たり前だ」
「叶は、本気と冗談の境目が見た目に分かりにくいんだよね……」
しかも、意外に演技派だし。
……いや、意外でもないか。あれだけ完璧な笑顔を作れる時点で、ねぇ。
「だろうな」
叶は笑う。それは、少しだけ寂しそうに見える笑顔だった。
「自分と『自分』を別のところに置かなきゃ、やってられなかった。しかも、切り換え自在にな」
しかし意味深長なことを言う叶。
「どういうこと?」
叶は横に流している前髪をすくように撫で、暫く迷った後に口を開いた。
「この前、追々ってことにしといてくれって言ったことがあったな」
「……うん」
「あれ、さ……」
そこで言葉を切り、僕と目を合わせる。
「うん」
「そろそろ言うことにした」
「…………」
何て返せばいいか、咄嗟には思い付かない。結局、頷いて返事に代えた。
「……ごめん、急にこんなこと言われても困るよな……。でもさ、聞き流してくれてもいいから――聞いてるポーズだけでもいいから、話させてくれないか」
合わせた目から読み取れた感情は、決意。
「……わかった。聞くよ」
和解早々、言いたいことが言い合える。
これはきっと、とても良いことなんだろう。
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