昔話と強盗。
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「お前ら!! そんなにプロレスごっこや取っ組み合いがしてぇなら、どっか武道部に行けって前にも言った筈だ!!」
あまりに相談に来る部員が多いから、こっそり俺が覗こうとしたら、いきなりそんな叶の怒鳴り声が聞こえてきてね。
ドアを少しだけ開けて覗いてみたんだ。
そしたら、なるほど。男バスのメンバーのほとんどが床で技かけあって遊んでた。
俺が居たときは、確かに練習になってたかって言われると否だけど、そこまで酷くなかったように思った。
それに、なんだかおかしかった。
叶がこれだけ厳しくやってるんだから、てっきり叶が怖すぎて、部員が泣き付いてきてるんだと思ってたんだ。
言うことはみんな揃って、
『叶部長のことを、なんとかしてください』
だったし。
そう思っても無理ないよね?
詳しく聞かせてって言っても、
『これ以上は言えません』
だったからね。
でも、思ってたのとちょっと違ったんだ。
叶が怖すぎて抑圧されてるっていうんじゃなくて、みんなが徹底的に叶に反抗してるって感じだった。
色々気になったし、思うところもあったからね。みんながいない隙に部室に行ってみたんだ。
まぁ、状況を見て立てた予想通りというか、なんというか……。
後輩たちは、
『叶部長に対する嫌がらせを、なんとかしてあげてください』
ってことが言いたかったんだよね。
ちょっと全部のロッカーを開けてみたら、一人の二年……つまり、叶と同学年だね。そいつのロッカーからノートが出てきた。
どんな嫌がらせをするとか、どんな方法で反抗するとか、そんな事が細かく書いてあったよ。
ついでに、叶のユニフォームが窓から投げ捨てられてて、あの裏って水捌けが悪いから……年中できてる水溜まりっていうか、泥溜まり? そこに全身浴させられてたよ。
ノートはわかりやすく、部室のベンチの上に置いといたよ。
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「じゃあ、全部先輩が……。ユニフォーム洗ってくれたのも先輩だったんですか……」
あの時、綺麗に洗われたユニフォームがハンガーに掛けてロッカーの淵に吊るしてあり、ロッカーの扉には、
『投げ捨てられて泥々になっていたので、洗っておきました』
というメモが挟まっていた。名前がなかったから、いままでわからなかった。
「うん。ノートを見た叶がどうするか気になったから、部活が終わる時間にもう一回部室に行って、裏から覗いてたんだけど……」
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「……これ、どういうことだ?」
地を這うような凄い低音な声が聞こえて……うん、かなり怖かったよ。
「それは……っ」
多分首謀者なんだろうね、ノートを持ってた子の可哀想なくらい焦った姿が見えたよ。
「『6/7 部員全員でボイコットする』
……『6/10 パス練で徹底的に一人狙いする』
……『6/17 全てに反抗する。ユニフォームを捨てる』
……なかなか面白いノートじゃねぇか。なーぁ?
……ぶっ殺されてぇか」
叶はノートを適当に拾い読みして、優しい声で言ったんだけど……最後のところで一気に声のトーンが落ちて……うん、怖かった。
「誰だ? こんな楽しい遊びを提案したカスは。言ってみろ。俺も一緒に遊んでやるから。もーーーっと!! 楽しい遊び、教えてやるからよぉ!!」
叶は手近にあったロッカーを叩いたんだけど、凄い音がしてね。
ガンとかガシャンとかじゃないよ? バキ、とか、メリ、みたいな感じで。見てみたら、ロッカーが変形してた。
「おいこら、言え。誰だ?」
俺に相談しに来た部員のうちの一人に、叶が訊ねた。
多分、一年生だね。
「……えっと、その……それは……」
「誰だ?」
「……そんなこと喋ったら……っ、僕も同じことされるかも……しれない、から」
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「あの時、叶あの子に何て言ったの? 言われた途端、急に話はじめたじゃない。あの子」
「あぁ……。『絶対巻き込まないから安心しろ。なんかされたら俺に言え』って」
「うわ、男前」
笹原が言い、先輩はくすくすと笑った。
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「…………部長に嫌がらせしようって言い出したのは、司野宮副部長です……」
「ふざけんなぁぁぁ!!」
名前バラされてかっとなったんだろうけど、流石にいきなり一年生に掴み掛かるのはいただけないからね。俺も止めに入ろうとしたんだよ? でも、それより先に――――
「ふざけてんのはどっちだ!!」
叶が二人の間に割り込んだ。
叶が司野宮の両手首を掴んだかと思うと、司野宮の腹に膝蹴り入れて床につき倒してた。
「いい加減にしろよてめぇ……っ!!」
それから、司野宮の胸倉掴んで立たせて、凄んで。
司野宮が泣きながら謝るのに、そう時間は掛からなかったよ。
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「へーっ、先輩って喧嘩強いんですか?」
笹原が意外そうに訊いてきた。
「別に、普通だと思うけど」
「心も強いですよねー。そんなことされたら、私だったら泣いちゃいます」
「…………」
その前の日に、心が折れて号泣してたなんて、口が裂けても言える筈がなかった。
泣いて、吹っ切れてからの先輩の話なんだよ。
その時、ウエイトレスが俺たちの注文を運んできた。
「苺のショートケーキと、アッサムティーです」
「あ、それ私ですっ」
笹原が自分の注文である旨を伝える。
「どうぞ。……チョコレートケーキと、アイスココアです」
苺のショートケーキと紅茶を笹原の前に置き、チョコレートケーキをアイスココアを先輩の前に置く。
先輩はインパクトが強くて覚えていたようだ。
「アイスコーヒーです」
俺の前に置く。
「以上でお揃いでしょうか?」
にこやかに確認され、俺は頷く。
代金は全て俺が支払わなくてはならない。
俺が内心溜め息をついているとも知らず、ウエイトレスはさりげない動作で伝票を残し、去っていった。あのさりげなさはかなり凄いと思う。
ちなみに、別に支払いを浮かせようと思ってケーキを頼まなかったわけではない。
「んーん。このショートケーキおいしーい!! 叶先輩、なんでケーキ頼まなかったんですか?」
笹原がケーキの感想を述べながら訊ねてきた。
「もしかして、お財布的に? 私のちょっと食べます?」
「いや、い……」
拒否する暇もなく、口に捩じ込まれた。
や ば い !!
甘い味が口の中に広がると同時に、全身が粟立つ。ぞわぞわと背筋を悪寒が這い上がる。
さぁっ、と血の気が引くのが自分でもわかった。
思わず、口元を右手で覆う。
「どうしたの? 叶、大丈夫?」
先輩が心配そうに肩に手を置いてくる。
口の中のものを必死に飲み下し、俺はやっとのことで頷いた。
「甘いもの……ダメなんだけど……」
俺は、息も絶え絶えに言った。
胸の辺りがむかむかする。
吐きそうだ。一口で胸焼けになる。
「……ぇ、え!? ごめんなさいっ!!」
「本当!? 大丈夫なの?」
笹原は全力で謝り倒し、先輩は、未だ口元を押さえて真っ青になっている、俺の背中を擦ってくれた。
アイスコーヒーを半分近く吸い込んだところで、吐き気は漸く落ち着いた。
「ほんとにごめんなさいっ!!」
笹原は未だに頭を下げまくっている。
「もう良いよ。気にすんな」
腹は立ったが、あまりに謝るので可哀想に見えてきた。許してやることにしよう。
「本当ですかっ!? もうしませんから……っ」
「あぁ。次から気を付けてくれれば良いよ」
「良かったぁ」
先輩は、俺たちのやりとりの何が面白かったのかは知らないが、くすくすと笑っていた。
そんな、漸く穏やかな空気が流れ始めた頃、ドアに付いていたベルが激しく鳴り響いた。
物凄い勢いでドアが開かれたようだ。
「なんだ、あの客……」
マスクをし、サングラスを掛け、この暑いのに長袖の上下。しかも黒ずくめだ。
見るからに怪しい。恐らく男。もし、幼稚園児十人に、
『怪しい人を描いてみてください』
とでも言えば、恐らく十人中九人の絵は、あいつになるだろう。店内は男(暫定)が入ってきた途端、しんと静まり返った。
「怪しくないですか?」
「怪しいな」
笹原からの当たり前な質問に当たり前な答えを返す。
男(暫定)がポケットに手を突っ込む。
俺は、素早く携帯の動画撮影モードを起動させる。流石に防犯カメラくらいあるだろうとは思うが、万が一犯人の顔が写っていなかったりしたらどうしようもない。念のためだ。
録画開始時にどうしても音が鳴ってしまうので、全力でスピーカー部分を指で塞ぐという少々間抜けな行動を取る羽目になったが、気にしない。なんとか音は漏れずに済んだ。
テーブルの下から撮影すると、丁度良い具合に撮れる。
右手を最大限に下に伸ばし、その状態を維持するのはなかなかきついものがあったが、そんなことは言っていられない。
男(暫定)は、ポケットに手を突っ込んだまま、レジの前で暫く迷っていたようだったが、やがてポケットから手を出す。
「金を出せ」
声からして、立派に男だった。
ポケットから出した手には、刃渡り二十センチほどの、恐らくサバイバルナイフ。
それを、レジにいた女性店員に突き付けている。
わかりやすく強盗だった。
「売り上げ全部だ。早くしろ!!」
店にそれほどたくさんの客はいなかった。
しかし、客たちはざわつき、店内には不穏な空気が流れ始める。
「窓際のやつはカーテンを閉めろ」
数人が立ち上がり、指示に従いカーテンを閉めた。
店員は、わざともたつき、時間を稼ごうとしているようだった。
すると、不穏な空気に耐えきれなかったのだろう、母親と一緒に来ていた小さな女の子が泣き出してしまった。
「うるせぇ、静かにしろ!!」
二人が座っていた席が、男から近かったのがいけなかった。
あろうことか、男は女の子に平手を食らわせた。椅子から転げ落ち、尻餅をつく女の子。
「なにするんですか!!」
母親が慌てて駆け寄り、女の子を庇うように抱き締めた。女の子はいよいよ泣きじゃくる。
「痛い目みたくなきゃ、大人しくしてろってことだよ」
男は吐き捨てるように言う。
殺意を覚えた。
「ひどい……!」
笹原は信じられないという表情で小さく叫んだ。
「しっ。静かにしてろ」
俺は動画に意識を集中させつつ、人差し指を唇に当てて見せた。
笹原は納得の行かなさそうな表情をしながらも、口をつぐむ。今目を付けられたら、行動を起こしにくくなってしまう。
男の隙を狙う。
凶器はナイフだけのようだ。他にもっと何か持っているなら、自分への恐怖を植え付けるためにも、初めから出すだろう。
一人でもなんとか行けそうだ。
しかし、男は俺より上背があり、力もありそうだ。不意を突くしかない。
しかも、チャンスはそう多くはない。長くなればなるほど、こちらが圧倒的に不利になるのは見えていた。
ただ、自信はあった。
つづく……(汗)
でも、次で終わるはずです……。
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