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向日葵―命の花―  作者: 藍川 透
閑話(検査入院まであと3日)
26/47

昔話と強盗。

 

****


「お前ら!! そんなにプロレスごっこや取っ組み合いがしてぇなら、どっか武道部に行けって前にも言った筈だ!!」


 あまりに相談に来る部員が多いから、こっそり俺が覗こうとしたら、いきなりそんな叶の怒鳴り声が聞こえてきてね。


 ドアを少しだけ開けて覗いてみたんだ。


 そしたら、なるほど。男バスのメンバーのほとんどが床で技かけあって遊んでた。


 俺が居たときは、確かに練習になってたかって言われると否だけど、そこまで酷くなかったように思った。


 それに、なんだかおかしかった。


 叶がこれだけ厳しくやってるんだから、てっきり叶が怖すぎて、部員が泣き付いてきてるんだと思ってたんだ。


 言うことはみんな揃って、


『叶部長のことを、なんとかしてください』


 だったし。


 そう思っても無理ないよね?

 詳しく聞かせてって言っても、


『これ以上は言えません』


 だったからね。


 でも、思ってたのとちょっと違ったんだ。


 叶が怖すぎて抑圧されてるっていうんじゃなくて、みんなが徹底的に叶に反抗してるって感じだった。

 

 色々気になったし、思うところもあったからね。みんながいない隙に部室に行ってみたんだ。


 まぁ、状況を見て立てた予想通りというか、なんというか……。


 後輩たちは、


『叶部長に対する嫌がらせを、なんとかしてあげてください』


 ってことが言いたかったんだよね。

  

 ちょっと全部のロッカーを開けてみたら、一人の二年……つまり、叶と同学年だね。そいつのロッカーからノートが出てきた。 


 どんな嫌がらせをするとか、どんな方法で反抗するとか、そんな事が細かく書いてあったよ。


 ついでに、叶のユニフォームが窓から投げ捨てられてて、あの裏って水捌けが悪いから……年中できてる水溜まりっていうか、泥溜まり? そこに全身浴させられてたよ。


 ノートはわかりやすく、部室のベンチの上に置いといたよ。


****


「じゃあ、全部先輩が……。ユニフォーム洗ってくれたのも先輩だったんですか……」


 あの時、綺麗に洗われたユニフォームがハンガーに掛けてロッカーの淵に吊るしてあり、ロッカーの扉には、


『投げ捨てられて泥々になっていたので、洗っておきました』


 というメモが挟まっていた。名前がなかったから、いままでわからなかった。


「うん。ノートを見た叶がどうするか気になったから、部活が終わる時間にもう一回部室に行って、裏から覗いてたんだけど……」


****


「……これ、どういうことだ?」


 地を這うような凄い低音な声が聞こえて……うん、かなり怖かったよ。


「それは……っ」


 多分首謀者なんだろうね、ノートを持ってた子の可哀想なくらい焦った姿が見えたよ。


「『6/7 部員全員でボイコットする』

 ……『6/10 パス練で徹底的に一人狙いする』

 ……『6/17 全てに反抗する。ユニフォームを捨てる』

 ……なかなか面白いノートじゃねぇか。なーぁ? 

 ……ぶっ殺されてぇか」


 叶はノートを適当に拾い読みして、優しい声で言ったんだけど……最後のところで一気に声のトーンが落ちて……うん、怖かった。


「誰だ? こんな楽しい遊びを提案したカスは。言ってみろ。俺も一緒に遊んでやるから。もーーーっと!! 楽しい遊び、教えてやるからよぉ!!」


 叶は手近にあったロッカーを叩いたんだけど、凄い音がしてね。

 ガンとかガシャンとかじゃないよ? バキ、とか、メリ、みたいな感じで。見てみたら、ロッカーが変形してた。


「おいこら、言え。誰だ?」


 俺に相談しに来た部員のうちの一人に、叶が訊ねた。

 多分、一年生だね。


「……えっと、その……それは……」


「誰だ?」


「……そんなこと喋ったら……っ、僕も同じことされるかも……しれない、から」


****


「あの時、叶あの子に何て言ったの? 言われた途端、急に話はじめたじゃない。あの子」


「あぁ……。『絶対巻き込まないから安心しろ。なんかされたら俺に言え』って」


「うわ、男前」


 笹原が言い、先輩はくすくすと笑った。


****


「…………部長に嫌がらせしようって言い出したのは、司野宮副部長です……」


「ふざけんなぁぁぁ!!」


 名前バラされてかっとなったんだろうけど、流石にいきなり一年生に掴み掛かるのはいただけないからね。俺も止めに入ろうとしたんだよ? でも、それより先に――――


「ふざけてんのはどっちだ!!」


 叶が二人の間に割り込んだ。

 叶が司野宮の両手首を掴んだかと思うと、司野宮の腹に膝蹴り入れて床につき倒してた。


「いい加減にしろよてめぇ……っ!!」



 それから、司野宮の胸倉掴んで立たせて、凄んで。


 司野宮が泣きながら謝るのに、そう時間は掛からなかったよ。


****


「へーっ、先輩って喧嘩強いんですか?」


 笹原が意外そうに訊いてきた。


「別に、普通だと思うけど」


「心も強いですよねー。そんなことされたら、私だったら泣いちゃいます」


「…………」


 その前の日に、心が折れて号泣してたなんて、口が裂けても言える筈がなかった。

 泣いて、吹っ切れてからの先輩の話なんだよ。



 その時、ウエイトレスが俺たちの注文を運んできた。


「苺のショートケーキと、アッサムティーです」


「あ、それ私ですっ」


 笹原が自分の注文である旨を伝える。


「どうぞ。……チョコレートケーキと、アイスココアです」


 苺のショートケーキと紅茶を笹原の前に置き、チョコレートケーキをアイスココアを先輩の前に置く。

 先輩はインパクトが強くて覚えていたようだ。


「アイスコーヒーです」


 俺の前に置く。


「以上でお揃いでしょうか?」


 にこやかに確認され、俺は頷く。

 代金は全て俺が支払わなくてはならない。

 俺が内心溜め息をついているとも知らず、ウエイトレスはさりげない動作で伝票を残し、去っていった。あのさりげなさはかなり凄いと思う。


 ちなみに、別に支払いを浮かせようと思ってケーキを頼まなかったわけではない。


「んーん。このショートケーキおいしーい!! 叶先輩、なんでケーキ頼まなかったんですか?」


 笹原がケーキの感想を述べながら訊ねてきた。 


「もしかして、お財布的に? 私のちょっと食べます?」


「いや、い……」


 拒否する暇もなく、口に捩じ込まれた。


 や ば い !! 


 甘い味が口の中に広がると同時に、全身が粟立つ。ぞわぞわと背筋を悪寒が這い上がる。


 さぁっ、と血の気が引くのが自分でもわかった。


 思わず、口元を右手で覆う。


「どうしたの? 叶、大丈夫?」


 先輩が心配そうに肩に手を置いてくる。


 口の中のものを必死に飲み下し、俺はやっとのことで頷いた。


「甘いもの……ダメなんだけど……」


 俺は、息も絶え絶えに言った。

 胸の辺りがむかむかする。

 吐きそうだ。一口で胸焼けになる。


「……ぇ、え!? ごめんなさいっ!!」


「本当!? 大丈夫なの?」


 笹原は全力で謝り倒し、先輩は、未だ口元を押さえて真っ青になっている、俺の背中を擦ってくれた。

 

 アイスコーヒーを半分近く吸い込んだところで、吐き気は漸く落ち着いた。


「ほんとにごめんなさいっ!!」


 笹原は未だに頭を下げまくっている。


「もう良いよ。気にすんな」


 腹は立ったが、あまりに謝るので可哀想に見えてきた。許してやることにしよう。


「本当ですかっ!? もうしませんから……っ」


「あぁ。次から気を付けてくれれば良いよ」


「良かったぁ」


 先輩は、俺たちのやりとりの何が面白かったのかは知らないが、くすくすと笑っていた。 


 そんな、漸く穏やかな空気が流れ始めた頃、ドアに付いていたベルが激しく鳴り響いた。

 物凄い勢いでドアが開かれたようだ。


「なんだ、あの客……」


 マスクをし、サングラスを掛け、この暑いのに長袖の上下。しかも黒ずくめだ。

 見るからに怪しい。恐らく男。もし、幼稚園児十人に、


『怪しい人を描いてみてください』


 とでも言えば、恐らく十人中九人の絵は、あいつになるだろう。店内は男(暫定)が入ってきた途端、しんと静まり返った。


「怪しくないですか?」


「怪しいな」


 笹原からの当たり前な質問に当たり前な答えを返す。


 男(暫定)がポケットに手を突っ込む。


 俺は、素早く携帯の動画撮影モードを起動させる。流石に防犯カメラくらいあるだろうとは思うが、万が一犯人の顔が写っていなかったりしたらどうしようもない。念のためだ。


 録画開始時にどうしても音が鳴ってしまうので、全力でスピーカー部分を指で塞ぐという少々間抜けな行動を取る羽目になったが、気にしない。なんとか音は漏れずに済んだ。

 テーブルの下から撮影すると、丁度良い具合に撮れる。

 右手を最大限に下に伸ばし、その状態を維持するのはなかなかきついものがあったが、そんなことは言っていられない。

   

 男(暫定)は、ポケットに手を突っ込んだまま、レジの前で暫く迷っていたようだったが、やがてポケットから手を出す。


「金を出せ」


 声からして、立派に男だった。

 ポケットから出した手には、刃渡り二十センチほどの、恐らくサバイバルナイフ。

 それを、レジにいた女性店員に突き付けている。

 わかりやすく強盗だった。


「売り上げ全部だ。早くしろ!!」


 店にそれほどたくさんの客はいなかった。

 しかし、客たちはざわつき、店内には不穏な空気が流れ始める。


「窓際のやつはカーテンを閉めろ」


 数人が立ち上がり、指示に従いカーテンを閉めた。

 

 店員は、わざともたつき、時間を稼ごうとしているようだった。


 すると、不穏な空気に耐えきれなかったのだろう、母親と一緒に来ていた小さな女の子が泣き出してしまった。


「うるせぇ、静かにしろ!!」

 

 二人が座っていた席が、男から近かったのがいけなかった。

 あろうことか、男は女の子に平手を食らわせた。椅子から転げ落ち、尻餅をつく女の子。


「なにするんですか!!」


 母親が慌てて駆け寄り、女の子を庇うように抱き締めた。女の子はいよいよ泣きじゃくる。


「痛い目みたくなきゃ、大人しくしてろってことだよ」


 男は吐き捨てるように言う。


 殺意を覚えた。


「ひどい……!」


 笹原は信じられないという表情で小さく叫んだ。


「しっ。静かにしてろ」


 俺は動画に意識を集中させつつ、人差し指を唇に当てて見せた。


 笹原は納得の行かなさそうな表情をしながらも、口をつぐむ。今目を付けられたら、行動を起こしにくくなってしまう。

 

 男の隙を狙う。


 凶器はナイフだけのようだ。他にもっと何か持っているなら、自分への恐怖を植え付けるためにも、初めから出すだろう。


 一人でもなんとか行けそうだ。


 しかし、男は俺より上背があり、力もありそうだ。不意を突くしかない。

 しかも、チャンスはそう多くはない。長くなればなるほど、こちらが圧倒的に不利になるのは見えていた。

 ただ、自信はあった。


 つづく……(汗)

 

 でも、次で終わるはずです……。



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