爆笑。
『あぁ、別に良いけど』
少し眉根を寄せて、怪訝そうな顔をしながらも、先輩が言った言葉。
やばい、嬉すぎる!!
◆◇◆◇
「やっぱお前、変なやつだな。さっきまで機嫌悪そうだったのに……」
少し先を歩きながら、先輩が言う。
「変なやつって……!! なんですかそれ」
先輩に追い付いて、抗議。
「別に今だけのことで言ってんじゃねぇよ。やっぱっつったろ」
「じゃあ、更にわかりません。今までに、先輩に変だって言われることした覚えなんて、ありませんよ」
先輩は、口元に軽く握った拳を持っていき、くっ、と吹き出すのを堪えている。
なんで何気ない仕草ひとつ取っても絵になるんだ?
先輩は綺麗って言ったら怒るけど、私、今までに綺麗って言葉がこんなに似合う人に会ったことがない。
「よく言うよ。あの中学、本入部は六月だろ?」
一見脈絡のないことを言う先輩。
私は、一応頷く。
しかし、先輩の言葉は続いた。
「じゃあ、お前らは殆んど三年の部長と関わる機会なんかなかっただろ。
明らかなバトンタッチは二学期からとはいえ、次期部長は六月で決まってたし。
それにあの部長、仕切る練習とか言って、六月頭から俺に丸投げしてたし。殆んど顔も出してなかったからな」
そう言えば、女バスのキャプテンがギリギリまで顔出してたのに比べて、男バスのキャプテンは殆んど顔を見たことがない。
「仮入部の時にちらっとしか……。優しそうな人でしたよね」
「いや、ダメだ。優しすぎて、俺に回ってきた時には部が滅茶苦茶になってた」
そう言えば、最初はまともに練習にもなってなかったっけ。
「だからさ、お前らは部長が俺になってからの男バスしか知らないわけだろ、殆んど。
なら、俺が至極真面目に練習に取り組んでた頃じゃなくて、あいつら扱き倒して鬼部長って呼ばれ始めてからの事しか知らないわけだ」
笑いを堪えているような顔をして、先輩は言い切る。
「まぁ、そうですね」
あの頃は、いつも体育館に怒鳴り声が響いていた。
「だったら、なんで俺に話し掛けてきた?」
先輩が言っているのは、多分私と先輩が初めて話した時――私が本入部してすぐの頃のこと。
「男バスのコートに、私のボールが入っちゃったからです」
「あれだけ怖がられて、誰も寄り付こうとしなかったのによ。お前は怖くなかったのか?」
「怖かったですけど……取ってもらうしかなかったし」
私がそう言うと、先輩は弾けるように笑いだした。
「……勝手に入るとか、思い付かなかったのかよ……っ!! 本物の馬鹿だな……っ」
お腹を抱えて、涙を滲ませている。
「だって!! 先輩に怒られると思ったんです!!」
そんなに笑うことないじゃないか!!
「はは、あはははっ!! コートに入って……っ、怒られるって……!! そこまで怖がられてたのかよ……っ!! 傑作だな……っ」
先輩は、私の肩に手を置いて、尚も爆笑。
正直、先輩の笑いのツボがわからない。
滅多に笑わないのに加えて、たまに笑ったかと思うと、人とずれている。
それに――先輩の顔が、こんなに近くに……。
私が大好きな髪も少し手を伸ばせば、簡単に手に取ることができるだろう。
私が大好きな色――。
先輩の髪は、色素が薄いのか、黒くない。
茶色っていうのとも少し違う。金髪と茶髪の間くらいかも知れない。
低めの声が耳元で甘く響いて、洗剤かな……なんか、優しい香りがした。
とにかく、全部が近かった。
大丈夫かな? 顔赤くなってない?
「……それに……頼んで取ってくれないほど怖い人じゃないかもって、思ったから……」
私が呟くと、先輩は笑いを収めて目を丸くした。肩から手が離れて、先輩との距離が元に戻る。少し、残念だった。
「なんでそう思うことになるんだよ。部員張り倒してたんだぞ?」
「初めてのランニングの時、私が遅れて置いて行かれそうになってて……。
女バスの部長も部員も、みんな無視だったのに、頑張れって……根性見せろって……男バス先に行かせてまで言ってくれて、一緒に走ってくれて……。
だから……!!」
だから、そんな先輩が好きです。
あの時、本当に救われた。
でも、先輩は私のことなんか相手にもしてない。
部活の後輩としか見てない。
そういう対象には見てない。
だから、いいんです。
付き合いたいとか、思ってないし。
たまに会った時に少しお話しできたら、それで充分。
私は幸せですから。
「……単純」
私が想いを巡らせていると、少し間を置いて、先輩が呟いた。
そう言った先輩の顔は、何故か少し切なそうに見えた。
「先、輩……?」
前話とともに、閑話的なものと思っていただいてもいいかも知れません。
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