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向日葵―命の花―  作者: 藍川 透
閑話(検査入院まであと3日)
22/47

部長。

 最長記録かもしれない……。

 あの時は泣いたな、それにしても。


 急に思い出した。

 

 昨日発売だった、俺が好きなアーティストのCDを買いに行った帰りの電車の中で、だ。


 近所ではどこも売り切れで、中心地にある、大きいCDショップまで行って(ようや)く買うことができた。

 

 なんでこんな、なんの関係もないときに思い出したのかは、かなり疑問だったが……よくあることだ。特に気にも止めずに、もう少し思い出してみることにした。


 あれだけ身も世も無く泣きじゃくったのは何年振りだったろうか。


 かなり追いつめられていた。しかし、話してしまえば何事もなかったかのように落ち着くことが出来た。我ながらなかなか単純な造りになっていると思う。


 あの時は、計画も作戦も関係なく、ただ自分の都合で先輩に頼ろうとしただけだった。

 もうどうしようもない、誰かに聞いて欲しい、そう思った時、浮かんだのが何故か先輩の顔だった。

 優しく促し、ゆっくり話を聞いてくれる。それは今も変わらないのだろう。きっと、これが最大にして最高の先輩の美点だ。


 しかし、よく考えると頼ることが出来たのも、あれで最後だったのかもしれない。

 有阪となんとかして恋人同士にさせることが出来たら、今までのように気軽には話し掛けにくくなるだろう。

 有阪も先輩もそんなことを気にするような人ではないが、流石にやりにくい。いつまでも俺がいたのでは、いつかは邪魔になってしまうだろう。


 先輩への憧れを好意だと勘違いしていた時期もあった。いや、もしかしたら一時期は本当に好きだったのかもしれない。


 しかし、自分で憧れだと認識したその時から、好意という感情は憧れに変わっている。今は先輩に憧れ以上の気持ちを抱いてはいない。


 問題は今と結果だ。過去と過程ではない。


 なんとかして成功させてやる。意地でもだ。


『先輩、有阪のことどう思ってますか』

 

 そう聞いたとき、本人は何でもなさそうに答えたつもりだったのだろうが、顔は赤く染まっていた。

 ずっと思っていたが、かなりわかりやすい。お互いに気付かないのが不思議で仕方がない。


【お降りのお客様は――――】


 すっかり聞きなれた電車のアナウンスが耳に流れ込んできた。かなり夢中で考え込んでいたようで、駅名のアナウンスを聞き逃してしまった。顔を上げ、電光掲示板を見る。そこには、俺が降りるつもりにしていた駅名が表示されていた。

 やがて電車が止まり、数人が席を立つ。俺も数人に混ざって立ち上がり、電車を降りる流れにのって降車した。


 駅を出ると、そこはもう見慣れた風景だ。

 今日は、いつもと違う道を通って帰ろうと思った。

 

 いつも通る大通りや交差点を避けて、道を二本中に入って進んでいくと、家までの途中に俺が通っていた中学校がある。

 なんとなく、その前を通って行こうと思った。


『頑張って行こーっ!!』

『はいっ』

『声出そーっ!!』

『はいっ』


 中学のすぐそばまでくると、ランニングをしている女子テニス部の集団とすれ違った。 

 見知った後輩の顔もいくつかあったな。向こうは必死で気付いていなかったが。

 

 正門の前まで来る。

 校門の奥に(そび)え立つ校舎を見上げる。


 生徒数が多い為、中学校ながら五階建てになっている。


 ただ、全盛期よりは生徒数も随分減り、使っていない教室もかなりあった筈だ。


「あれっ!?」


 物思いに耽っていると、かなり近くで声がした。


「?」


 見ると、俺から一メートルほどのところに、馴染みのある顔があった。


 これだけ近くまで来ていたのに、気付かなかったのか。どうやら俺は、考え始めると周りが見えなくなるらしい。見直すとしよう。


笹原(ささはら)じゃねぇか。久し振りだな」 


 練習着姿でにこにこと微笑む後輩にそう言った。


「ほんと久し振りですねー。相変わらず綺麗な顔してるじゃないですか。女の私にも少しは分けて欲しいです」


 俺の頬をむにむにと引っ張ったりつついたりしながら、笹原は笑った。


「やめろ、馬鹿」


 笹原の手首を掴んで、離させる。


「良いじゃないですか。褒めてるんですよ?」 


「うるさい。男が綺麗言われて喜ぶかよ。……それはそうと、もう練習終わりか? テニ部は今からみたいだったけど」


 笹原を軽くいなし、どう見ても帰ろうとしていることに抱いた疑問をぶつける。


「はい。バスケ部(うち)は朝からだったんで。テニ部は午後からなんじゃないかな」


 時計の時間は午後一時過ぎ。

 なるほど、確かにそのくらいの時間だ。


「ふうん。どうだ? 頑張ってるか」


 同じ部の先輩として、聞いておかなければいけない気がした。


「頑張ってますよ!! 県大会まで進んだんです」


「あ、だから夏休みも練習か。お前三年だもんな。なんで引退じゃねぇんだって思ったんだよ」


 この中学校の運動部は普通、一学期の終業式の日に三年生の引退が決まっている。

 ただ、試合を勝ち抜けば、どこかの試合で負けるまで三年生は在籍することになる。


「今年は強いのな」


 俺達がいた頃は、地区大会突破がやっとだった。

 今年のキャプテンは頑張っているとみた。


「はい。みんな気合い入ってます」


「へぇ。キャプテンは誰だ?」


 みんなを県大会まで連れていけるやつは。


「私です」


「は?」


 目の前で、笹原が殆んど無い胸を張って何か言った気がした。


「だから、私がキャプテンですっ」


「は……お前、が?」 


「はい!!」


 信じられない。


「嘘だろ。練習きついとか言ってすぐ泣いてたくせに。ランニングでも一番早くへばってたの知ってるぞ」 

 

「ほんとです!! 信じてくれないなら……」


 笹原はポケットを探って携帯を取り出すと、どこかにかけ始めた。


「もしもし? はるちゃん? あのね、今叶先輩に会ったんだけど……。うん、そう。まだ学校。……それでね、いくら私がキャプテンだって言っても信じてくれなくて。今代わるから、ちょっとなんとか言ってくれないかなぁ? うん、今。お願いしますっ!!」


 一通り会話を終えると、俺に携帯を突きつけてきた。


「代わんのかよ……。つか、相手誰だよ」


 通話口を塞ぎながら笹原に訊ねる。


前園 遥香(まえぞのはるか)ちゃんですよー」


 陽依奈先輩の妹。そういや、あの子もバスケ部だったな。


「あ、そ。もしもし? 前園か。久し振り」


『叶先輩。お久し振りです。お元気そうでよかったです』


「お前もな。……まぁ、それは良いとして。笹原がキャプテンとか嘘だろ」


『ほんとですよ』


「お前らグルか。グルなんだな、それで二人で組んで俺をからかおうと……。俺は絶対騙されねぇからな」


 あの泣き虫がキャプテンだと? 地球が逆さに廻ってるって言われるほうが、まだ信じられる。


『嘘じゃありませんよぉ。信じてあげてください。部員からもすごく信頼されてて、良いキャプテンなんですよ?』


 前園妹の声は真剣なものだった。


「お前がそこまで言うんなら本当なのか……?」


『ほんとですって』


 俄には信じがたいが、どうやら本当らしい。


「そ、か。あいつが(じょ)バスのキャプテンとはな……。おかしなこともあるもんだな」


 先代(だん)バスキャプテンには信じられませんよ。


「もう!! 返せ!!」


 前園妹ともう少し話そうとしていたら、笹原に携帯を引ったくられた。


「ちょ……っ」


「もしもしはるちゃん? 説得してくれてありがと。うん。じゃ、また明日ね」


 通話を切った。


「ったく。なんなんだよ……」


 携帯を再びポケットに仕舞う笹原を睨む。


「先輩が信じられないとか嘘だろとか言うからですー」


 すごく腹の立つ顔。腹の立つ言い方。


「ふん。じゃ、精々頑張れよ。(じょ)バスキャプテンさん」


 ひらひらと手を振った。


「あ、の……!!」


「ん? なんだ」


 笹原に呼び止められた。


「えっと、その……」


 笹原はさっきとはうって変わって、何故かもじもじしている。


「なんだ、さっさとしろ」


 こっちが信じなかったのも悪かったが、携帯を引ったくられたことで少し苛々している。


「一緒に、帰りませんか」


 すごい仏頂面で、そっぽを向きながら笹原は言った。


「あぁ、別に良いけど……」


 怒ったと思ったら一緒に帰ろう?

 ……なんだか、掴めないやつだ。


 しかも、続く。


 お付き合いいただき、ありがとうございました。


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