部長。
最長記録かもしれない……。
あの時は泣いたな、それにしても。
急に思い出した。
昨日発売だった、俺が好きなアーティストのCDを買いに行った帰りの電車の中で、だ。
近所ではどこも売り切れで、中心地にある、大きいCDショップまで行って漸く買うことができた。
なんでこんな、なんの関係もないときに思い出したのかは、かなり疑問だったが……よくあることだ。特に気にも止めずに、もう少し思い出してみることにした。
あれだけ身も世も無く泣きじゃくったのは何年振りだったろうか。
かなり追いつめられていた。しかし、話してしまえば何事もなかったかのように落ち着くことが出来た。我ながらなかなか単純な造りになっていると思う。
あの時は、計画も作戦も関係なく、ただ自分の都合で先輩に頼ろうとしただけだった。
もうどうしようもない、誰かに聞いて欲しい、そう思った時、浮かんだのが何故か先輩の顔だった。
優しく促し、ゆっくり話を聞いてくれる。それは今も変わらないのだろう。きっと、これが最大にして最高の先輩の美点だ。
しかし、よく考えると頼ることが出来たのも、あれで最後だったのかもしれない。
有阪となんとかして恋人同士にさせることが出来たら、今までのように気軽には話し掛けにくくなるだろう。
有阪も先輩もそんなことを気にするような人ではないが、流石にやりにくい。いつまでも俺がいたのでは、いつかは邪魔になってしまうだろう。
先輩への憧れを好意だと勘違いしていた時期もあった。いや、もしかしたら一時期は本当に好きだったのかもしれない。
しかし、自分で憧れだと認識したその時から、好意という感情は憧れに変わっている。今は先輩に憧れ以上の気持ちを抱いてはいない。
問題は今と結果だ。過去と過程ではない。
なんとかして成功させてやる。意地でもだ。
『先輩、有阪のことどう思ってますか』
そう聞いたとき、本人は何でもなさそうに答えたつもりだったのだろうが、顔は赤く染まっていた。
ずっと思っていたが、かなりわかりやすい。お互いに気付かないのが不思議で仕方がない。
【お降りのお客様は――――】
すっかり聞きなれた電車のアナウンスが耳に流れ込んできた。かなり夢中で考え込んでいたようで、駅名のアナウンスを聞き逃してしまった。顔を上げ、電光掲示板を見る。そこには、俺が降りるつもりにしていた駅名が表示されていた。
やがて電車が止まり、数人が席を立つ。俺も数人に混ざって立ち上がり、電車を降りる流れにのって降車した。
駅を出ると、そこはもう見慣れた風景だ。
今日は、いつもと違う道を通って帰ろうと思った。
いつも通る大通りや交差点を避けて、道を二本中に入って進んでいくと、家までの途中に俺が通っていた中学校がある。
なんとなく、その前を通って行こうと思った。
『頑張って行こーっ!!』
『はいっ』
『声出そーっ!!』
『はいっ』
中学のすぐそばまでくると、ランニングをしている女子テニス部の集団とすれ違った。
見知った後輩の顔もいくつかあったな。向こうは必死で気付いていなかったが。
正門の前まで来る。
校門の奥に聳え立つ校舎を見上げる。
生徒数が多い為、中学校ながら五階建てになっている。
ただ、全盛期よりは生徒数も随分減り、使っていない教室もかなりあった筈だ。
「あれっ!?」
物思いに耽っていると、かなり近くで声がした。
「?」
見ると、俺から一メートルほどのところに、馴染みのある顔があった。
これだけ近くまで来ていたのに、気付かなかったのか。どうやら俺は、考え始めると周りが見えなくなるらしい。見直すとしよう。
「笹原じゃねぇか。久し振りだな」
練習着姿でにこにこと微笑む後輩にそう言った。
「ほんと久し振りですねー。相変わらず綺麗な顔してるじゃないですか。女の私にも少しは分けて欲しいです」
俺の頬をむにむにと引っ張ったりつついたりしながら、笹原は笑った。
「やめろ、馬鹿」
笹原の手首を掴んで、離させる。
「良いじゃないですか。褒めてるんですよ?」
「うるさい。男が綺麗言われて喜ぶかよ。……それはそうと、もう練習終わりか? テニ部は今からみたいだったけど」
笹原を軽くいなし、どう見ても帰ろうとしていることに抱いた疑問をぶつける。
「はい。バスケ部は朝からだったんで。テニ部は午後からなんじゃないかな」
時計の時間は午後一時過ぎ。
なるほど、確かにそのくらいの時間だ。
「ふうん。どうだ? 頑張ってるか」
同じ部の先輩として、聞いておかなければいけない気がした。
「頑張ってますよ!! 県大会まで進んだんです」
「あ、だから夏休みも練習か。お前三年だもんな。なんで引退じゃねぇんだって思ったんだよ」
この中学校の運動部は普通、一学期の終業式の日に三年生の引退が決まっている。
ただ、試合を勝ち抜けば、どこかの試合で負けるまで三年生は在籍することになる。
「今年は強いのな」
俺達がいた頃は、地区大会突破がやっとだった。
今年のキャプテンは頑張っているとみた。
「はい。みんな気合い入ってます」
「へぇ。キャプテンは誰だ?」
みんなを県大会まで連れていけるやつは。
「私です」
「は?」
目の前で、笹原が殆んど無い胸を張って何か言った気がした。
「だから、私がキャプテンですっ」
「は……お前、が?」
「はい!!」
信じられない。
「嘘だろ。練習きついとか言ってすぐ泣いてたくせに。ランニングでも一番早くへばってたの知ってるぞ」
「ほんとです!! 信じてくれないなら……」
笹原はポケットを探って携帯を取り出すと、どこかにかけ始めた。
「もしもし? はるちゃん? あのね、今叶先輩に会ったんだけど……。うん、そう。まだ学校。……それでね、いくら私がキャプテンだって言っても信じてくれなくて。今代わるから、ちょっとなんとか言ってくれないかなぁ? うん、今。お願いしますっ!!」
一通り会話を終えると、俺に携帯を突きつけてきた。
「代わんのかよ……。つか、相手誰だよ」
通話口を塞ぎながら笹原に訊ねる。
「前園 遥香ちゃんですよー」
陽依奈先輩の妹。そういや、あの子もバスケ部だったな。
「あ、そ。もしもし? 前園か。久し振り」
『叶先輩。お久し振りです。お元気そうでよかったです』
「お前もな。……まぁ、それは良いとして。笹原がキャプテンとか嘘だろ」
『ほんとですよ』
「お前らグルか。グルなんだな、それで二人で組んで俺をからかおうと……。俺は絶対騙されねぇからな」
あの泣き虫がキャプテンだと? 地球が逆さに廻ってるって言われるほうが、まだ信じられる。
『嘘じゃありませんよぉ。信じてあげてください。部員からもすごく信頼されてて、良いキャプテンなんですよ?』
前園妹の声は真剣なものだった。
「お前がそこまで言うんなら本当なのか……?」
『ほんとですって』
俄には信じがたいが、どうやら本当らしい。
「そ、か。あいつが女バスのキャプテンとはな……。おかしなこともあるもんだな」
先代男バスキャプテンには信じられませんよ。
「もう!! 返せ!!」
前園妹ともう少し話そうとしていたら、笹原に携帯を引ったくられた。
「ちょ……っ」
「もしもしはるちゃん? 説得してくれてありがと。うん。じゃ、また明日ね」
通話を切った。
「ったく。なんなんだよ……」
携帯を再びポケットに仕舞う笹原を睨む。
「先輩が信じられないとか嘘だろとか言うからですー」
すごく腹の立つ顔。腹の立つ言い方。
「ふん。じゃ、精々頑張れよ。女バスキャプテンさん」
ひらひらと手を振った。
「あ、の……!!」
「ん? なんだ」
笹原に呼び止められた。
「えっと、その……」
笹原はさっきとはうって変わって、何故かもじもじしている。
「なんだ、さっさとしろ」
こっちが信じなかったのも悪かったが、携帯を引ったくられたことで少し苛々している。
「一緒に、帰りませんか」
すごい仏頂面で、そっぽを向きながら笹原は言った。
「あぁ、別に良いけど……」
怒ったと思ったら一緒に帰ろう?
……なんだか、掴めないやつだ。
しかも、続く。
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