決壊。
長くなっております。
一瞬、こちらの手違いで消えてしまいましたが、内容は全く同じです。
病室のドアが、控えめにノックされた。
「はぁい」
返事をすると、引き戸が開けられる。
そこにいたのは、特に意外な人物といったわけでもなかった。
「……先輩」
そう私を呼んで、その人は病室に入ってくる。
意外な人物ではなかったけれど、その表情はこれまで見たことがない程に沈んでいた。
身内の誰かが、亡くなったのかと思ったくらいだった。
「琥珀くん……。どうしたの?」
私はベッドに上半身を起こし、黙ってお見舞いの人用の椅子に座った琥珀くんを見る。
「……」
静かに首を横に振った琥珀くんの髪が、窓から差し込んだ光を受けて、淡く輝く。
それがどこか儚くて、今にも泡になって消えてしまいそうな錯覚に襲われる。
いつもは、年下とは思えない程にしっかりして見えるこの後輩が、今は酷く小さく見えた。
何かあったのは明らかだった。
でも、言いたくなければそれでも良い。
他愛ない話をして、落ち着くことってきっとあるから。
「…………」
「……」
無言で、見つめあうこともせず、ただ同じ空間にいる。
そんな時間が十分くらい続いた。
琥珀くんは、強く唇を噛み締めて何かを耐えるような表情をしている。
やがて、伏せていた目が上がり、視線がぶつかった。
「……先輩、」
小さく呟いた声は、僅かに震えていた。
敢えて返事はせずに、目で促した。
「俺、間違ってますか」
縋るような声音。
「何があったの?」
昨日の夜、何を食べたのか聞くのと同じくらいに自然に尋ねる。
こういうとき、相談された側があまり深刻に取りすぎると逆効果だ。
「……俺……が、」
何かを言おうとして、また黙る。
長めの前髪を掴んで、くしゃっと押し潰している。
琥珀くんの喉が何度か上下に動いて、唾液を嚥下する。必死に落ち着こうとしているのがわかった。
「……失敗、したのが悪かったんです」
失敗。
その言葉と琥珀くん。
私が、その二つのキーワードで思い浮かべられることは、なかった。
「……仕方ないんです……恨まれて当然なんです……俺なんか」
膝の上で握った拳が、小刻みに震えている。
「ダメだな……。なんか今、精神的にきてて……すみません……。急にこんなこと言われても、困りますよね……」
そう消え入りそうな声で言った。
無理に笑おうとして、失敗してる。
琥珀くんが上手く笑えないほどって、相当だよね。
「……病んでるなぁ、俺」
琥珀くんは、背中を丸めて顔を両手で覆う。
「いつもだったらここまで気にしないのに」
溜め息をついて、琥珀くんが顔を上げる。
ほんと、どうかしてますよね……今日の俺。
そう言った琥珀くんは、立ち上がった。
「今日は、もう帰ります。早めに寝て、気持ち戻さないと……」
「え? でも、まだなんで落ち込んでるのか聞いてないのに」
本人の口から聞かないと、何もわからないのに。
また、そうやって抱え込んでるの?
ここに来たってことは、少なからず人に話を聞いてほしかったからなんじゃないの?
そう言おうとしたのよりも一瞬早く、琥珀くんが力無い声で言った。
「……言ってどうなることじゃないんです。……ちょっと、甘えてました。先輩に話せばなんとかなるんじゃないか、なんて。でも、そんなわけないですよね」
自分を否定された気がした。
先輩には何もできない、そう言われたように感じた。
少し、ショックだった。
泣きそうな顔をしてる後輩が、今にも零れそうなくらい瞳に涙を溜めている後輩が、頼ることができないほど……私は頼りないの?
そうなの?
「お邪魔しました」
そう言って出て行こうとする琥珀くんの背中に、叫んだ。
「待ちなさいよ!!」
びくり、と肩を跳ねさせて、琥珀くんが立ち止まる。
「話してみないと、わからないでしょ?」
今度は、これ以上ないくらい優しく言ったつもりだ。
琥珀くんがゆっくりと振り返る。
「……いいんですか? 多分泣きますよ、俺」
「泣けばいいよ」
「野郎の号泣なんか……見れたものじゃないですよ」
「聞かせてごらん」
琥珀くんは、静かに引き返してきて、元々座っていた椅子に再び座った。
「言ってごらん」
促して、頭を撫でる。
彼の頬に、一筋の水滴が伝う。
やがて、小さな声で打ち明けはじめた。
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