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向日葵―命の花―  作者: 藍川 透
閑話(検査入院まであと3日)
21/47

決壊。

 長くなっております。


 一瞬、こちらの手違いで消えてしまいましたが、内容は全く同じです。

 病室のドアが、控えめにノックされた。

「はぁい」

 返事をすると、引き戸が開けられる。


 そこにいたのは、特に意外な人物といったわけでもなかった。

「……先輩」

 そう私を呼んで、その人は病室に入ってくる。

 意外な人物ではなかったけれど、その表情はこれまで見たことがない程に沈んでいた。

 身内の誰かが、亡くなったのかと思ったくらいだった。


「琥珀くん……。どうしたの?」

 私はベッドに上半身を起こし、黙ってお見舞いの人用の椅子に座った琥珀くんを見る。

「……」

 静かに首を横に振った琥珀くんの髪が、窓から差し込んだ光を受けて、淡く輝く。

 それがどこか儚くて、今にも泡になって消えてしまいそうな錯覚に襲われる。

 いつもは、年下とは思えない程にしっかりして見えるこの後輩が、今は酷く小さく見えた。

 何かあったのは明らかだった。

 でも、言いたくなければそれでも良い。

 他愛ない話をして、落ち着くことってきっとあるから。


「…………」

「……」


 無言で、見つめあうこともせず、ただ同じ空間にいる。

 そんな時間が十分くらい続いた。


 琥珀くんは、強く唇を噛み締めて何かを耐えるような表情をしている。

 やがて、伏せていた目が上がり、視線がぶつかった。

「……先輩、」

 小さく呟いた声は、僅かに震えていた。


 敢えて返事はせずに、目で促した。


「俺、間違ってますか」

 縋るような声音。


「何があったの?」

 昨日の夜、何を食べたのか聞くのと同じくらいに自然に尋ねる。

 こういうとき、相談された側があまり深刻に取りすぎると逆効果だ。

 

「……俺……が、」


 何かを言おうとして、また黙る。

 長めの前髪を掴んで、くしゃっと押し潰している。

 琥珀くんの喉が何度か上下に動いて、唾液を嚥下する。必死に落ち着こうとしているのがわかった。


「……失敗、したのが悪かったんです」


 失敗。

 その言葉と琥珀くん。

 私が、その二つのキーワードで思い浮かべられることは、なかった。


「……仕方ないんです……恨まれて当然なんです……俺なんか」


 膝の上で握った拳が、小刻みに震えている。


「ダメだな……。なんか今、精神的にきてて……すみません……。急にこんなこと言われても、困りますよね……」


 そう消え入りそうな声で言った。

 無理に笑おうとして、失敗してる。

 琥珀くんが上手く笑えないほどって、相当だよね。


「……病んでるなぁ、俺」

 琥珀くんは、背中を丸めて顔を両手で覆う。


「いつもだったらここまで気にしないのに」

 溜め息をついて、琥珀くんが顔を上げる。


 ほんと、どうかしてますよね……今日の俺。


 そう言った琥珀くんは、立ち上がった。


「今日は、もう帰ります。早めに寝て、気持ち戻さないと……」


「え? でも、まだなんで落ち込んでるのか聞いてないのに」

 

 本人の口から聞かないと、何もわからないのに。


 また、そうやって抱え込んでるの?

 ここに来たってことは、少なからず人に話を聞いてほしかったからなんじゃないの?

 そう言おうとしたのよりも一瞬早く、琥珀くんが力無い声で言った。

 

「……言ってどうなることじゃないんです。……ちょっと、甘えてました。先輩に話せばなんとかなるんじゃないか、なんて。でも、そんなわけないですよね」


 自分を否定された気がした。

 先輩には何もできない、そう言われたように感じた。


 少し、ショックだった。


 泣きそうな顔をしてる後輩が、今にも零れそうなくらい瞳に涙を溜めている後輩が、頼ることができないほど……私は頼りないの?

 

 そうなの? 


「お邪魔しました」

 

 そう言って出て行こうとする琥珀くんの背中に、叫んだ。


「待ちなさいよ!!」

 

 びくり、と肩を跳ねさせて、琥珀くんが立ち止まる。


「話してみないと、わからないでしょ?」

 今度は、これ以上ないくらい優しく言ったつもりだ。


 琥珀くんがゆっくりと振り返る。


「……いいんですか? 多分泣きますよ、俺」


「泣けばいいよ」


「野郎の号泣なんか……見れたものじゃないですよ」


「聞かせてごらん」


 琥珀くんは、静かに引き返してきて、元々座っていた椅子に再び座った。


「言ってごらん」


 促して、頭を撫でる。


 

 彼の頬に、一筋の水滴が伝う。


 

 やがて、小さな声で打ち明けはじめた。

 お読みいただき、ありがとうございました!!


 感想やレビューなど、お待ちしております。



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