崩壊。
――――やっぱりな。
漸く、白状しやがった。
しかし、もう少し焚き付ける必要がありそうだ。
◆◇◆◇
「え……?」
目の前で、満足そうに笑う叶をみる。
まだ、状況がよく理解出来ていない。
「やっぱり、俺の思った通りだ」
「どういうこと……?」
もしかして、僕が自分の気持ちに気付けるようにわざと動いてくれてたとか――――。
一瞬そんな考えが、頭の中に浮かんだ。
でも、もう一度叶の表情を見たとき、そんな考えは粉々に吹き飛んだ。
「叶……?」
僕ならどうだろう。
必死に自分の友達と先輩をくっつけようとして、友達が漸くその気持ちを打ち明けてくれたら……。
きっと嬉しすぎて、ほっとして、言葉も出ない。ただ微笑むしかできない。
それで暫くしてから、よかった、よかったって、頑張って告白して来なよって言う。
でも、叶は違った。
「よかった……ほんと、よかったよ」
確かに、そうは言った。
ただし、くっくっ、と喉を鳴らすように笑いながら。
それは、おおよそ友達の恋の前進を喜ぶ笑いではない気がした。
「どういう、こと……」
さっきと同じ台詞。しかし、僕の気持ちはさっきとは全く違った。
さっきは、純粋な疑問。
今のは、聞けば恐ろしい答えが返ってくるのを知っていながら、それを責める意図で言った言葉。
「……どういうこと、だと?」
叶は、笑いで肩を震わせながら、こちらを見てそう言った。
「今の流れでわかっただろ? 別に俺は、お前と先輩を恋人同士にしてやろうと尽力してた訳じゃねぇってことだよ」
真っ白に、なった。
「でも、良いだろ? 俺はお前が慌てる姿をみて楽しめたし、お前は俺がライバルじゃないことがわかった。利害は一致してんだから。それに邪魔したわけじゃねぇんだし。むしろ感謝して欲しいくらいだな。びっくりするくらい鈍いお前に、自分の気持ちに気付かせてやったんだからさ。ま、ちょっと遠回りにはなったかも知れねぇけどな」
何やら叶は雄弁に語っていたが、僕の耳には殆んど入っていなかった。
「教えといてやるよ。これからお前は頑張るわけだし……。いいこと」
僕の注意が叶の言葉に傾いた。
「キス、してないから」
「は……?」
「だから、キ、ス、してないって」
僕が呆けた声をあげると、叶は『キス』のところで自分の唇をつつきながら、馬鹿にしてるのかと言いたくなるほどゆっくりとそう言った。更に叶は続ける。
「別に先輩に興味無いし。お前の反応が見たかっただけで。だってお前、いちいち面白れぇからよ」
楽しそうに、本当に楽しそうに叶は笑った。言っていることの内容さえ知らなければ、顔の美しさも相まって、その笑顔を見た大多数の人が幸せな気持ちになるだろう。
しかし、僕には叶が悪魔にしか見えなかった。
人が悪魔に見えたのは生まれて初めてだ。
「な、そうだろ?」
叶は俯いた僕の顔を下から覗き込んできた。
しかし、どんな仕草も、表情も、言葉も、僕の怒りに油を注ぐだけのようで、苛々は強くなっただけだった。
「あれ? もしかして、怒ってんのか?」
叶はまた、あの笑いを再発させてそう言う。
「……」
話す気にもなれなかった。
黙って叶に背を向けて、玄関に向かう。
「帰るのか?」
悪びれた風もなく、いつも通りに言ってくる叶に一瞥もくれずに、僕は叶の部屋を後にした。
最後に、これだけを言って。
「お前、最っ低だね」
――――人を手のひらの上で転がして、好きなだけ引っ掻き回して、何が楽しいって言うの。絶対にあんな奴より幸せになってやる。
◆◇◆◇
――ったく。
勢いで告白しに行けよ、馬ぁ鹿。
いつまでも経っても決心付かねぇなら、キレさせて、くだらねぇことごちゃごちゃ考える余裕無くさせるしかねぇだろうが。
お読みいただき、ありがとうございました!
章の区分を悠樹の検査入院までのカウントダウンにしてみました。




