自暴自棄。
クライマックスは目の前だ。しかし、ネタばらしにはまだ早い。
◆◇◆◇
「まぁ、座れよ」
叶にソファーを示された。僕は大人しく従いながら、部屋を見渡して呆気にとられる。
「なんだ? そんな顔して……」
間抜け面であろう僕に、不思議そうな声で叶は言った。
……広い部屋だった。高校生が一人暮らしをする部屋とは思えないくらいに。
30階建ての高層マンションの一室。その12階の2号室が叶の部屋。
全体に黒っぽい調度品で揃えられているところは、いかにも叶だったが、流石に高校生が住むには常軌を逸した広さだと思う。
5LDKって、一人でどうやって使うの?
「……ちょっと広すぎない? すごく家賃とか高そうなんだけど」
ソファーに体が沈む。このソファー、すごく座り心地が良い。
「んー。父親が高校に上がると同時に、部屋と調度品一式買い与えてくれたからなぁ……」
叶は微妙な表情で言って、そのままキッチンに引っ込んだ。
「入学祝いだって言ってさ」
カウンターからこちらを見て、叶が続けた。
この部屋は、キッチンのカウンターを正面とすれば、ダイニングとリビングが壁なしで隣り合った造りになっている。
というか、入学祝いが部屋って絶対におかしい。どんな家だ。
「まぁ、いいんじゃねぇの? 最後のプレゼントなんだし」
困ったように言った叶は、更に気になることを口にした。
「最後の……って?」
思わず聞き返していた。基本詮索しない主義だけど、興味が勝った。
「うーん、まぁな……。その辺は追々ってことにしといてくれねぇか?」
やんわりとはぐらかされた。僕も無理に聞こうとは思わなかった。
きっと、叶にもいろいろ事情があるんだよね……。
「わかった」
頷くと、叶はいつもの表情に戻る。そして、お盆に乗せた湯呑を持って、こちらに戻ってきた。
僕の目の前にあるローテーブルに湯呑を置き、
「緑茶だけど……これで良かったか?」
と、聞いてきた。
「うん。ありがとう」
お礼を言って一口飲む。緑茶特有の苦さはあまり感じられず、とても爽やかな味がした。
しかし、叶は同い年とは思えないほどしっかりしている、と改めて思った。
叶もソファーに腰を下ろす。ローテーブルを挟んで、丁度僕と向かい合う位置にあるソファーだ。
「さて、本題に入るか。……早速だけど、聞きたいことってなんだ?」
小さく息を吐いて、叶はそう切り出した。
薄い茶色の瞳が僕を見つめる。
「…………」
改まって聞かれると、すごく言い出しにくいことだ。
――――――お姉さんと付き合ってるの? キスしてるところ、偶然見ちゃったんだけど……。
なんて、聞けるわけないよね。
「ん?」
促すように聞き返される。
「あ、の……さ」
「うん」
叶は口ごもる僕を少しだけ訝しげな目で見ながらも、相槌を打つ。
「あの……」
「うん?」
――――――お姉さんと、付き合ってるんですか。
……この二言が、どうしても言い出せない。
「言いにくいことか……?」
叶は僅かに首を傾げて訊ね、更に続けた。
「まぁ、ゆっくりでいいよ。まだ時間あるし」
余裕の差を見せ付けられた気がした。
自分が見たことを確認するだけで、こんなに必死になっている僕。
自分を階段から突き落とした相手を強く叱責することもせず、お茶を出す余裕まで見せている叶。
まさか、僕がこれから言おうとしていることを叶が知るはずが無いから、余裕の有る無しは僕の考えすぎなのだろうけれど、それでも、どうしても比べてしまう。
自分に自信が無い証拠だろうか。
しかし、ここで僕が見たことを口にすれば、目の前で余裕の表情を浮かべる叶を、少しくらい焦らせることができるのではないか。
少しくらい驚かせてやることができるかもしれない。
どんな方法でもいい。
どんなに短い時間でもいい。
とにかく、こいつから余裕を奪ってやりたかった。
自分と同じところまで降ろしてやりたかった。
ただの嫉妬や、羨望以外の何物でもないことは、充分理解の上で。
汚い感情を足掛かりにして、漸く言い出すことができた。
「……お姉さんと、付き合ってるの? 二人がキスしてるところ……偶然見ちゃったんだけど……」
叶の表情が、変わる。
しかし、それは僕が見たかったものではなく。
「……キス? なに言ってんだよ。馬鹿じゃねぇの?」
口端を吊り上げた、
「他の病室と見間違えたんだろ」
余裕そのものの笑みだった。
「聞きたかったことってまさか、それか?」
呆れたような、馬鹿にしたような声。明らかに笑いを含んでいる。
「――――っ!!」
頭に血が昇って、かぁっと熱くなる。
自分が好きな人と、自分の友達を、流石に他の人と見間違えたりしない。
付き合ってるなら、付き合ってるってはっきり言ってくれればいいのに。
どうして変に隠そうとするんだ?
「まぁいいや。それだけなら、昼飯まだだったし、どっか食べに――――……!!」
ソファーから立ち上がった叶の頬を、思いきり殴った。不意打ちだったからか、叶は全く反応できず、転んで床に背中を打ち付けた。そこまで強く殴ったつもりはなかったけれど、怒りの力は計り知れない。
「ってぇ……っ! 何しやがる!」
叶は珍しく怒鳴った。すぐに立ち上がって、きつく睨み付けてくる。
「ふざけないでよ! 見間違えるわけないでしょ!? 自分の友達と自分の……!!」
好きな人のことを。
そう言い掛けて気付き、すんでのところで口をつぐんだ。
「自分の……なんだ?」
叶は冷ややかな目で僅かに僕を見下ろす。
「自分の……好きな人が、キスしてるところなんか!!」
いつもの僕なら、絶対に言わなかった。でも今は、どうにでもなれ――――そんな気分だった。
もうどうでもいい。そんな風にすら思っていた。
だから、予想外だった。
「――――やっぱりな」
ついさっきまでの怒りや、冷ややかな目からは想像もつかないような、どこか満足気な笑みを浮かべて発せられた、叶のその言葉は。
◆◇◆◇
恋人同士まで、もう少し。
告白まで、あといくつ切っ掛けが必要なんだ?
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