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向日葵―命の花―  作者: 藍川 透
検査入院まで、あと4日
17/47

自暴自棄。

 

 クライマックスは目の前だ。しかし、ネタばらしにはまだ早い。

 

◆◇◆◇

 

「まぁ、座れよ」

 叶にソファーを示された。僕は大人しく従いながら、部屋を見渡して呆気にとられる。

「なんだ? そんな顔して……」

 間抜け面であろう僕に、不思議そうな声で叶は言った。

 

 ……広い部屋だった。高校生が一人暮らしをする部屋とは思えないくらいに。

 30階建ての高層マンションの一室。その12階の2号室が叶の部屋。

 全体に黒っぽい調度品で揃えられているところは、いかにも叶だったが、流石に高校生が住むには常軌を逸した広さだと思う。

 5LDKって、一人でどうやって使うの?


「……ちょっと広すぎない? すごく家賃とか高そうなんだけど」

 ソファーに体が沈む。このソファー、すごく座り心地が良い。

「んー。父親が高校に上がると同時に、部屋と調度品一式買い与えてくれたからなぁ……」

 叶は微妙な表情で言って、そのままキッチンに引っ込んだ。 

「入学祝いだって言ってさ」

 カウンターからこちらを見て、叶が続けた。

 この部屋は、キッチンのカウンターを正面とすれば、ダイニングとリビングが壁なしで隣り合った造りになっている。

 というか、入学祝いが部屋って絶対におかしい。どんな家だ。

「まぁ、いいんじゃねぇの? 最後のプレゼントなんだし」

 困ったように言った叶は、更に気になることを口にした。

「最後の……って?」

 思わず聞き返していた。基本詮索しない主義だけど、興味が勝った。

「うーん、まぁな……。その辺は追々ってことにしといてくれねぇか?」

 やんわりとはぐらかされた。僕も無理に聞こうとは思わなかった。

 きっと、叶にもいろいろ事情があるんだよね……。

「わかった」

 頷くと、叶はいつもの表情に戻る。そして、お盆に乗せた湯呑を持って、こちらに戻ってきた。

 僕の目の前にあるローテーブルに湯呑を置き、

「緑茶だけど……これで良かったか?」

 と、聞いてきた。

「うん。ありがとう」

 お礼を言って一口飲む。緑茶特有の苦さはあまり感じられず、とても爽やかな味がした。

 しかし、叶は同い年とは思えないほどしっかりしている、と改めて思った。

 叶もソファーに腰を下ろす。ローテーブルを挟んで、丁度僕と向かい合う位置にあるソファーだ。

「さて、本題に入るか。……早速だけど、聞きたいことってなんだ?」

 小さく息を吐いて、叶はそう切り出した。

 薄い茶色の瞳が僕を見つめる。

「…………」

 改まって聞かれると、すごく言い出しにくいことだ。


 ――――――お姉さんと付き合ってるの? キスしてるところ、偶然見ちゃったんだけど……。


 なんて、聞けるわけないよね。


「ん?」

 促すように聞き返される。


「あ、の……さ」

「うん」

 叶は口ごもる僕を少しだけ訝しげな目で見ながらも、相槌を打つ。 

「あの……」

「うん?」

 

 ――――――お姉さんと、付き合ってるんですか。

 ……この二言が、どうしても言い出せない。


「言いにくいことか……?」

 叶は僅かに首を傾げて訊ね、更に続けた。

「まぁ、ゆっくりでいいよ。まだ時間あるし」

 

 余裕の差を見せ付けられた気がした。


 自分が見たことを確認するだけで、こんなに必死になっている僕。

 自分を階段から突き落とした相手を強く叱責することもせず、お茶を出す余裕まで見せている叶。


 まさか、僕がこれから言おうとしていることを叶が知るはずが無いから、余裕の有る無しは僕の考えすぎなのだろうけれど、それでも、どうしても比べてしまう。

 自分に自信が無い証拠だろうか。


 しかし、ここで僕が見たことを口にすれば、目の前で余裕の表情を浮かべるこいつを、少しくらい焦らせることができるのではないか。


 少しくらい驚かせてやることができるかもしれない。


 どんな方法でもいい。


 どんなに短い時間でもいい。


 とにかく、こいつから余裕を奪ってやりたかった。


 自分と同じところまで降ろしてやりたかった。   

 

 ただの嫉妬や、羨望以外の何物でもないことは、充分理解の上で。

  

 汚い感情を足掛かりにして、漸く言い出すことができた。


「……お姉さんと、付き合ってるの? 二人がキスしてるところ……偶然見ちゃったんだけど……」


 叶の表情が、変わる。

 しかし、それは僕が見たかったものではなく。


「……キス? なに言ってんだよ。馬鹿じゃねぇの?」


 口端を吊り上げた、


「他の病室へやと見間違えたんだろ」


 余裕そのものの笑みだった。


「聞きたかったことってまさか、それか?」

 呆れたような、馬鹿にしたような声。明らかに笑いを含んでいる。


「――――っ!!」


 頭に血が昇って、かぁっと熱くなる。

 自分が好きな人と、自分の友達を、流石に他の人と見間違えたりしない。

 付き合ってるなら、付き合ってるってはっきり言ってくれればいいのに。

 どうして変に隠そうとするんだ? 


「まぁいいや。それだけなら、昼飯まだだったし、どっか食べに――――……!!」

 ソファーから立ち上がった叶の頬を、思いきり殴った。不意打ちだったからか、叶は全く反応できず、転んで床に背中を打ち付けた。そこまで強く殴ったつもりはなかったけれど、怒りの力は計り知れない。


「ってぇ……っ! 何しやがる!」

 叶は珍しく怒鳴った。すぐに立ち上がって、きつく睨み付けてくる。

「ふざけないでよ! 見間違えるわけないでしょ!? 自分の友達と自分の……!!」

 好きな人のことを。

 そう言い掛けて気付き、すんでのところで口をつぐんだ。

「自分の……なんだ?」

 叶は冷ややかな目で僅かに僕を見下ろす。

「自分の……好きな人が、キスしてるところなんか!!」

 いつもの僕なら、絶対に言わなかった。でも今は、どうにでもなれ――――そんな気分だった。

 もうどうでもいい。そんな風にすら思っていた。

 だから、予想外だった。


「――――やっぱりな」

 ついさっきまでの怒りや、冷ややかな目からは想像もつかないような、どこか満足気な笑みを浮かべて発せられた、叶のその言葉は。

 

◆◇◆◇


 恋人同士ハッピーエンドまで、もう少し。

 告白ラストイベントまで、あといくつ切っ掛けが必要なんだ?

 

 お読みいただき、ありがとうございました。

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