衝撃。
我に帰った時、目に飛び込んで来たのは、階段の踊り場でぐったりと横たわる叶の姿だった。
◆◇◆◇
目の前に広がる光景を、一瞬理解することが出来なかった。
床に飛び散った赤いモノは一体何?
叶の頭部から額、瞼にかけて伝う、同じ色の液体は何?
どうして叶は動かない?
――――僕は一体何をしたの?
ショックで思考が飛んだ後、凄い勢いで頭が回り始める。
理解したくない事実を理解するのに、そう時間は掛からなかった。
「か……の、…?」
掠れた声が唇から漏れる。
急ぎ階段を降り、叶の側に寄る。
あまりの事に声を上げるのも忘れて、ただただ叶の肩を揺さぶった。
触れた肩の体温に、少しだけ安堵する。
けれど。
それと同時に、触れた血の生温かさに、その時初めて自分がどんな大変なことをしてしまったのかを突き付けられた気がした。
「―――う」
苦し気な呼吸音が聞こえたかと思うと、叶の眉根が寄せられる。
血に濡れた瞼が震え、薄く開かれた。
「……ぃたっ!!」
叶は僕を見て、何かを言おうとした様だったが、痛みに小さく叫び、右頭側を押さえる。顔をしかめながら、彼は上半身を起こす。
「…あの、ごめん、その…本当に―――」
謝って済む事だとは思っていない。でも、何か言わなければならないと思った。自分もあまり状況が呑み込めていない中で、咄嗟に出てきた言葉が謝罪の言葉だったのだ。
「……の」
叶が何かを呟いた。
「え?」
聞き返しても返事は無い。
叶がゆらりと立ち上がった。
次の瞬間、凄い衝撃と共に視界が白く染まる。
僕の身体は後ろに押され、階段の最後の一段に背中をぶつけた。
顔に痺れるような痛みがある。
そんな僕には目もくれず、叶は乱暴に手の甲で額の血を拭うと、階段を降りていった。
無言で殴られたのだとわかったのは、叶の姿がすっかり見えなくなった後だった。
口も利いてもらえないほどに、怒らせた。
それは叶の力の強さや、一瞬僕を見た時の無表情を見れば明らかだった。
当たり前だ、と心の中の僕が嘲笑う。
そう、当たり前だよね。
――――階段から突き落としたんだから。
自分が自分で怖くなった。
自分の中に、こんな独占欲があったことが――ではない。
臆病な自分が、人に危害を加える程に必死になっていることが。
日を追うごとに、炎が大きくなる。冷たい、真っ黒な嫉妬という名の炎。
「――――怖いよ」
小さく呟く。動悸が激しい。瞬く間に苦しくなって、その場に座り込んだ。
――――あぁ、まただ。
「叶……ごめん」
視界がぼやけ、生温かいものが頬を滑る。
泣きながら、発作が治まるのを待つ。
こんなところで謝ったって聞こえる筈無いのにね。
折角出来た友達も、こうやって無くして……。
許してもらえるわけないじゃない。
書いていたら途轍も無く長くなってしまったので、2話に分けます。




