灰色の心。
――――え?
◆◇◆◇
何が起こったのか、咄嗟に理解することができなかった。
ただわかったのは、自分がここにいてはいけないということだけだった。
慌ててドアから離れて、どこに行くかも考えずにひたすら足を動かした。
病院から出て、歩いた。ただただ歩いた。歩き続けた。
やがて、疲労感から足が1歩も前に出なくなる。その頃になって漸く足を止めた。
額から流れた汗が目に入りかける。それを拭って顔を上げると、見慣れた景色が目の前に広がっていた。
「……」
町で1番高い丘。
退院してすぐ、学校に馴染めずうまく友達を作れずにいた僕を、よくおばあちゃんが連れてきてくれていた場所だった。
――――無意識にこんなところまで来てたんだなぁ……。
小さい頃はここに来ると元気になれた。明日も頑張ろうって気になれたのにね。
でも、今は――――。
膝を抱えて、膝に顔を埋める。
目を閉じると、さっき見てしまった光景が浮かんでくる。いくら思い出さないようにしても無駄だった。
叶の言葉を聞いて吹っ切れて、お姉さんの病室を訪ねた。ノックをしようとドアに近づくと、叶の声が聞こえてきて――――2人が知り合いだったことを初めて知った。
タイミングを見て入ろうとして、ドアの隙間から覗きこんで……そして、見た。
――――2人がキスをしているのを。
あーあ、僕って本当に馬鹿だね。
今頃になって気付いたって遅いんだよ。
僕の気持ちは憧れなんかじゃなかったんだ。
見せ付けられてから気付いたって遅すぎる。
だって、もうお姉さんは叶に取られた後だったんだから――――いや、違う。取られたんじゃない……。
初めからお姉さんの気持ちは、僕の方になんて向いてなかったんだ。
僕が、2人が知り合いなのを知らなかったように、お姉さんも叶と僕が友達なのを知らなかったんだろう。
それなら仕方無い。ただの幼馴染みに、彼氏の事まで教える必要なんて無いんだから。
叶も、僕が言う『お姉さん』と、自分の彼女が同一人物だなんて夢にも思わなかったに違いない。
誰も悪くない。僕がもたもたしていたのがいけなかったんだ。
いつもそうだ。気付いたときにはいつだって遅いんだ。
持っていたリュックサックから、スケッチブックを取り出した。数ページ捲って、あの向日葵の絵のページを開く。
お姉さんにって描いてたんだよね……。
――――これも、もう意味無いよ。
「……こんな絵」
完成間近のその絵の上に手を乗せ、思い切り力を込めて握り潰した。
けれど、画用紙は固くて、リングに通された画用紙の穴の空いた部分が少し千切れ、紙全体に少し皺が寄っただけで、僕が思ったほどぐしゃぐしゃにはなってくれなかった。
それでも握り潰そうとすると、掌に、ちくりと痛みが走った。
見ると、画用紙の角が掌の端に刺さって、血が滲んでいる。
画用紙にも勝てない現実が、僕の無力さをよく表しているようで、虚しさが増しただけだった。
それに比べて。
頭の中には、天に二物も三物も与えられたような叶の姿が浮かぶ。
整った顔立ち、癖の無い髪、バランスの良い身体。そこに性格も悪くないし、比較的裕福な家庭であることを含めれば、誰でも叶を選ぶだろう。
最初から勝ち目の無い勝負だったんだよねぇ、僕には。
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